【トヨタ GRヤリス 450km試乗】公道をどれだけ走っても、本質的に楽しめる局面には遭遇しない

GRヤリス RZ High performanceで450kmを走った。
  • GRヤリス RZ High performanceで450kmを走った。
  • GRヤリス RZ High performanceのフロントビュー。
  • GRヤリス RZ High performanceのリアビュー。
  • GRヤリス RZ High performanceのサイドビュー。
  • GRヤリス RZ High performanceのフロントフェイス。
  • GRヤリス RZ High performanceのテールエンド。
  • 1800mmの車幅ギリギリまで拡張されたトレッドがなかなかの迫力。最低地上高は130mm。
  • タイヤは225/40ZR18サイズのミシュラン「パイロットスポーツ4」。耐荷重性の高いXL規格。

トヨタ自動車の小型ハッチバッククーペ『GRヤリス』をテストドライブする機会があった。1泊2日であったため距離的にはプチ遠出レベルだが、せっかくなのでインプレッションをお届けする。

GRヤリスはトヨタ社内の少量生産セクション、ガズーレーシング(GAZOO Racing)が作出したスポーティカー。開発動機はWRCをはじめとするラリー用のマシンのベース車作り。3ドアハッチバックボディは日本市場向けノーマル『ヤリス』のナローボディ、欧州市場向けのワイドボディとも異なるGRヤリス専用、3気筒1.6リットルターボエンジンも通常のヤリスには存在しないなど、かなり独立色の高い仕様であることが特徴である。

試乗車は「RZ ハイパフォーマンス」。通常のRZよりロール剛性が高められたサスペンションやBBSホイール、トルセンLSD、インタークーラーへの水噴射装置、豪華な内外装やJBLオーディオなどがこれでもかとばかりに盛られた最上位グレードである。ドライブルートは東京を起点とした茨城、千葉の周遊。おおまかな道路種別は市街地3、郊外路5、高速1、山岳路1。路面コンディションは全線ドライ。1~2名乗車、エアコンAUTO。

インプレッションの前にGRヤリス RZ ハイパフォーマンスの長所と短所を5つずつ列記してみよう。

■長所
1. サイトウィンドウグラフィックをはじめスタイリッシュな仕上がり。
2. 荒れ道でも驚くほど柔軟性、追従性の高さを見せたサスペンション。
3. 素晴らしいスタートダッシュおよび中間加速性能。
4. パフォーマンスに対してリーズナブルな燃費。
5. 普通にスペシャリティカーとして通用する内外装の質感。

■短所
1. バランスが良すぎてスポーティカーとしての刺激性は薄い。
2. 致し方ないことだが後席、荷室は狭い。ただし4人乗れなくはない。
3. 乗り心地は固く、一般的な感覚ではロングツーリングには不向き。
4. 後方~斜め後方の視界が悪く、レーンチェンジには少々気を使う。
5. トヨタセーフティセンスを装備しないと衝突軽減ブレーキが付かない。

機能性に徹したチューニングを貫いた『GRヤリス』

GRヤリス RZ High performanceのフロントビュー。GRヤリス RZ High performanceのフロントビュー。

では、インプレッションに入っていこう。GRヤリスは元々WRC(世界ラリー選手権)のホモロゲーションモデルという役割を担わせるために開発されたモデル。開発途中でWRCの規定が変更されて意味が薄れてしまったが、その開発コンセプトゆえか市販車はひたすら速く走ることを目的としたラリーカーライクなフィールを持ったマシンになった。

クルマ作りは徹頭徹尾ウェルバランス重視で、ドライバーがやったことがすべてクルマの挙動に素直に反映される。といって性能面で余裕があるので、シビアな動きは一切なく懐は非常に深い。半面、ステアリングをちょっと切ったときの応答性の高さやコーナリングGを踏ん張り切る実感といった一般的な公道スポーティカーで重視される官能性は低い。そんな味付けをする余裕があるなら、そのぶん速さやドライバビリティの高さに振り向けているという印象だった。

過去、世界の自動車メーカーがさまざまなホモロゲーションモデルをリリースしてきた。有名なところではランチア『デルタ インテグラーレ』、ルノー『5ターボ』、日本勢では日産『スカイラインGTS-R』、トヨタ『スープラ ターボA』等々。それらはもちろん大改造される前のベースモデルであり、味付けはレース車とはまるで異なるもの。あくまでオーナーが一般公道でそういうクルマを転がしている気分に浸れるような演出が優先されていた。

GRヤリスもベースモデルであることは同じなのだが、独特なのはその味付け。基本的には徹底的なバランス重視。サスペンションは固いがストロークをたっぷり使うセッティングで、コーナリング時に無理やりロールを抑制するのではなく素直にロールさせてジオメトリ変化を積極活用する感があった。

これは明らかにラップタイムを削ることを第一義とするサーキット走行ではなく、刻々と変わる路面のコンディションに対応する必要があり、かつドライバーのミスにも寛容であることが求められるラリーカー的なものだ。表筑波スカイラインのようなバンピーな路面でもまったくと言っていいほど跳ねないし、逆にギャップにタイヤが落ち込むような時でもサスペンションが素早く伸びてタイヤを路面に安定して圧着させ続ける。挙動の連続性が保たれるので、ドライバーはクルマをコントロールしやすいと感じることだろう。

半面、刺激性や官能性は希薄で、速いクルマを御してドライビングしているというエキサイティングさはない。クルマとしてはきわめてハイパフォーマンスでありながら、オーナーを喜ばせるような演出はないのだ。この点はスポーティカーに何を求めるかで好みが分かれるところであろうが、機能性に徹したチューニングを貫いたことはGRヤリスのドライブフィールを独自性の高いものにした。

今日、この手のクルマのメイン市場である欧州ではハイパフォーマンスカーに高額なペナルティ税が課されるようになっており、GRヤリスの属するBセグメントサブコンパクトクラスでは高性能バージョンそのものが姿を消している。ライバルより登場が遅かったために時代のあだ花的なオンリーワンモデルになった格好のGRヤリスは、この手のクルマに乗れる最後の機会をカスタマーに提供するという点でも貴重な一台と言える。

日本の公道の速度域では刺激が薄すぎる

1800mmの車幅ギリギリまで拡張されたトレッドがなかなかの迫力。最低地上高は130mm。1800mmの車幅ギリギリまで拡張されたトレッドがなかなかの迫力。最低地上高は130mm。

要素別にもう少し細かく見ていこう。まずは走りだが、安定性は高速道路、ワインディングロードとも抜群に良かった。高速道路では安定性が高すぎてスピードメーターを見ず体感で走っていると大幅に速度超過しそうになるほど。ワインディングでは前述のようにストロークを積極的に使うサスペンションセッティングのおかげで挙動はわかりやすいしグリップ力の変化は小さいしで、これまた安心感抜群。

またシフトチェンジの際に回転合わせをしてくれる機能がついており、手動変速機(マニュアルトランスミッション=MT)に乗りなれていない人にとってもワインディングを走るハードルは低い。それを使っていればすぐに要領がわかり、自力で自在にシフトチェンジできるようになるだろう。

日本の公道の速度域では刺激が薄すぎていささか退屈に感じられるきらいもある。それを考慮してか、GRヤリスには前後輪の駆動力配分を変更するモードセレクトダイヤルが備えられていて、前輪寄り、中立、後輪寄りの3パターンを選べるという遊びも盛り込まれている。後輪寄りにすればRWD(後輪駆動)的な挙動も楽しめるというわけだ。が、実際に3パターンを切り替えてみたところ、動きが一番自然なのはトラック(サーキット)モードの前50:後50で、前30:後70のスポーツモードは若干わざとらしい。

乗り心地はハードで、アドレナリンが分泌されるような局面以外の普通の道路を普通に走っているときには揺すられ感が強めに出る。ただしハーシュネスカットは存外秀逸で、タイヤのパターンノイズもよく抑えられているため、最低限の快適性は保たれている。チューニングカーを乗り継いできたようなユーザーであれば、むしろ乗り心地が良く感じられるかもしれない。

加速感はダイレクトそのもの、燃費性能もリーズナブル?

GRヤリス RZ High performanceのサイドビュー。GRヤリス RZ High performanceのサイドビュー。

次にパワートレイン。速さ自体は掛け値なしに素晴らしい。GPSを用いて取得した0-100km/h加速タイムの実測値は欧州におけるカタログスペックとちょうど同じ5.5秒。借り物のクルマということで発進時はクラッチをいじめすぎないようにミートして四輪をザザザッと軽く空転させ、運転は下手だがシフトアップだけは早い筆者の運転特性でタイムを詰めた形での数値である。もっとブーストがかかる回転数でロケットスタートを決めればもう0.2秒くらい短縮できそうな感触だった。高速道路での中間加速もブーストのかかりが異常に素早いため、加速感はダイレクトそのものだった。

この1.6リットルターボエンジンは3気筒で、上まで回せばサウンドも3気筒そのものだ。が、試乗車のハイパフォーマンスにオーディオのスピーカーがサウンド成分を混入させるシステムが実装されており、低い回転数を保ったままでアクセルオンにすると、スバルの水平対向4気筒エンジンのような“ドロロロロ”という野太い音に聞こえる。あくまで雰囲気モノではあるが、面白い趣向だった。

満タン法による実測燃費は山岳路、高速道路を含む155.2km区間が12.3km/リットル、平地の郊外路主体に大人しく走った190.6km区間が14.9km/リットル、郊外路と市街地をエコを意識して走った65km区間が12.9km/リットル。オーバーオールでは13.6km/リットル。ロングツアラーとしてみればプレミアムガソリン指定のため燃料代は結構痛いが、ハイパフォーマンスカーを趣味で短距離乗り回すというのであれば性能比で十分にリーズナブルといえる水準であろう。

ロングツーリングを行うようなクルマではない

通常のヤリスに比べてAピラーの傾斜がかなりきつく、視界はいかにもクーペという感じだった。通常のヤリスに比べてAピラーの傾斜がかなりきつく、視界はいかにもクーペという感じだった。

次に車内。低いルーフと大きく傾斜したAピラーのおかげで、運転席から見る光景はまさにスポーティクーペそのもの。大いにやる気をそそられる視界である。注意すべきは助手席ヘッドレストが邪魔になってリアクォーターウィンドウがほとんど見渡せないため、斜め後方視界が悪いこと。レーンチェンジの際には“見えているつもり”に若干の注意が必要だろう。

スペースは前席については問題ない。ダッシュボード、センターコンソールに囲まれながら圧迫感は強くないという、なかなかいい空間レイアウトだ。シートはホールド性が良く、シート地の滑りも小さい。シートバックの剛性も高く、モータースポーツ走行でもないかぎり横Gの受け止めは三点式シートベルトでもバッチリだ。

後席のほうはあまり実用的ではない。ルーフ後端がかなり下がるフォルムなのでヘッドクリアランスが絶対的に足りておらず、身長170cmの大人だと首を曲げて着座する必要がある。救いは足元空間はそこそこ余裕があること。前席にパセンジャーが乗って普通のシートポジションを取っても後席にはちゃんとレッグルームが確保される。子供や小柄な人を乗せるのであれば何とか4座と見なせるレベルにある。

荷室は手荷物置き場程度のキャパシティ。荷室は手荷物置き場程度のキャパシティ。

荷室は最もネガティブな部分でVDA法による計測で174リットルしかなく、実際も手荷物置き場くらいにしかならない。ただ、GRヤリスはロングツーリングを行うようなクルマではないので、実害は少ないだろう。

試乗車にはADAS(先進運転支援システム)の「トヨタセーフティセンス」が装備されていた。このクルマでクルマ任せのロングドライブをする人は少数派だと思うが、前車追従クルーズコントロール、車線維持はじめ一通りの機能がそろっており、作動もおおむね満足のいくものだった。ただしこれは税込み約25万円のオプションで、装備しないと衝突軽減ブレーキの類を一切欠くことになるのは少々残念なところだ。

まとめ

路面の荒れがきつい表筑波スカイラインを走ってみた。ギャップやアンジュレーションへのサスペンションの追従性はピカイチ。あまりにバランスが良すぎて刺激性、高揚感は希薄。路面の荒れがきつい表筑波スカイラインを走ってみた。ギャップやアンジュレーションへのサスペンションの追従性はピカイチ。あまりにバランスが良すぎて刺激性、高揚感は希薄。

今回のGRヤリスでのドライブは茨城南部の筑波山や千葉東部の犬吠埼を巡るという近場のドライブだったが、これで十分満足というのが筆者の実感だった。筆者は東京~鹿児島ツーリングをはじめ遠乗りを通じてクルマの特性を体で実感するというのがポリシーだが、公道をどれだけ長く走ったところでGRヤリスを本質的に楽しめるような局面には遭遇しそうにないからだ。

GRヤリスは運転行為そのものを楽しむためのクルマであって、遠乗りを楽しむためのクルマではない。料理で言えば心ゆくまで食べたいというタイプではなく、ものすごく美味だが量的にはちょっとで満足するタイプのものだ。そもそも単に高性能というだけでなく丹精込めて作り上げられたハンドメイド的な性格のクルマを単なる移動に使うのはもったいないというものだろう。

その観点で言えば、GRヤリスへの適合性が高いカスタマーの代表格はクルマの操縦を楽しむためにドライブに出かけるような、いわゆる走り屋。および、WRCをはじめとするラリーが好きで、そのイメージがオーバーラップするようなクルマに触れていたいというモータースポーツファンだ。

シフトは6速MTのみ。ヒールアンドトゥなどのテクニックを使わずとも自動で変速先のギア段向けに回転合わせをしてくれるiMTだ。回転合わせのレスポンスはきわめて高かった。シフトは6速MTのみ。ヒールアンドトゥなどのテクニックを使わずとも自動で変速先のギア段向けに回転合わせをしてくれるiMTだ。回転合わせのレスポンスはきわめて高かった。

つい先日、トヨタはGRシリーズの上位機種として『GRカローラ』をプレビューした。実物をまだドライブしていないので単なる印象論だが、モータースポーツをターゲットとして作ったGRヤリスと、モータースポーツで培ったノウハウを投入して高性能車に仕立て上げたGRカローラでは、GRヤリスのほうがはるかにピュアな仕上がりではないかと予想している。

実際にどちらが速いか、どちらが格上かといったことは、GRヤリスのようなクルマには何の関係もないこと。しかもGRヤリスには本編で述べた特性以外に、トヨタのハッチバック車としては『iQ』以来ではないかと思しき緊張感に満ちたスタイリングという特質がある。世界中でBセグメントの小型ホットハッチが絶滅していく中、性能的に歴代の頂点に立つようなクルマとなったGRヤリスは、その種のクルマを味わいたいというユーザーなら迷いなく指名買いでいい、というのが率直な印象だった。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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