ご存知だとは思うが、ステランティスという巨大の傘の中には、今や14ものブランドがひしめき合っている。イタリアの雄、フィアットもその一つ。自動車がまだ個を主張していた時代のフィアットは、まさにイタリアの巨人であったが、今となってはその凋落ぶりは小人レベルになったと言っても過言ではない。
本国でも販売するモデルは『500』、『600』それに最近デビューした『グランデパンダ』がとりあえずフィアットらしさを醸し出すモデルレンジで、『トポリーノ』はシトロエン『アミ』のイタリア版だし、『ドブロ』もPSAグループのシトロエン『ベルランゴ』やプジョー『リフター』のフィアット版である。まあ『ティーポ』だけは旧きフィアットを象徴しているが、時代遅れ感は甚だしい。
そんなわけだから、今や自動車メーカーがブランド別の個性を主張できる部分といえば、スタイリングのみといっても過言ではなく、あとは同じプラットフォームや同じドライブトレーンからどこまで独自色を作り出せるかにかかっている。
◆プラットフォームで激変した乗り味

600について話をすると、まずボディはほぼほぼ先代モデル(実際には違う)と間違ってしまう、『500X』を焼き直したスタイリングといっても過言ではない近似性が感じられるのだが、むしろそれがフィアットらしさなのかもしれない。500Xの時代は良くも悪くもフィアット流の乗り味が強調されていたが、600となると姿形は似ていても、その流儀は一変する。
大きく作用していたのは、恐らくプラットフォームである。500X時代は元々フィアットとGMが共同開発した、スモールワイドと呼ばれたプラットフォームを使用していたが、600になるとこれがCMP(コモン・モジュラー・プラットフォーム)という、かつてのPSAグループが作り出したプラットフォームを用いるようになった。
昨年、出たばかりのBEV仕様の600に試乗したが、その時も乗り味に関して、良くも悪くもゴム毬の上に乗ったかのように跳ね回る、おてんば娘的乗り心地から、どっしり落ち着いて「これ、プジョーだろ!」という印象を持った、と書いていたが、ハイブリッドになってもその印象は変わらない。良い意味も悪い意味もなく、快適性は高いのである。
◆エンジンにフィアットを思い浮かべることはない

一方で1.2リットルの3気筒エンジンと16kwモーターの組み合わせとなるMHEVのドライブトレーンは、完全にステランティスがB及びCセグメントのクルマに用いているすべてのモデルに完全に共通し、その部分での差別化は正直なところ難しい。音だけ聞いていたら、それがシトロエンなのかはたまたプジョーなのかというところで、フィアットを思い浮かべることはないのである。理由は以前からかつてのPSAが使っていたエンジンだからである。
このエンジンの出自は旧いのだが、実にスムーズに回るエンジンで、モーターのアシストもあって、性能的には侮り難い。とても1.2リットルとは思えない活発さを持っているし、軽快である。ただ、停車時にアイドルストップをした時と、その後再始動した時のショックは寝た子を起こすに十分といえる結構な振動を伴う。
6速のDCTに関してはインバーターやベルトドライブのISGを組み込んでいるから従来とは異なるが、MHEV用に進化発展っせたものだという印象が強い。それでもいったん走り出してしまえばそのスムーズさは文句のないレベルである。
◆快適さとスムーズさは大幅進化

という機械的な話はこれくらいにして、今回はおよそ450kmほどを走ってみた。前述した通り、フィアットとは思えぬ快適でスムーズな乗り心地は、やはりどう考えてもステランティス傘下の恩恵であろう。その分フィアット的乗り味は薄れたが、快適さとスムーズさを取るならばポジティブな評価になる。
例によってフィアットの文字が縫い込まれた白いシートは室内を明るくする。サイドサポートは希薄だが、目を三角にして飛ばすようなクルマではないので、むしろ長距離ドライブでは座り直しなどが楽で疲れにくい。何より甚くシンプルなダッシュボードは、往年のチンクェチェントを彷彿させる(言い過ぎか)。

昔はずらり並んだメーターや物理スイッチがスポーティー車の象徴のようだったが、これはスポーティー車では無く、例えスポーティー車でも、今はほとんどがディスプレイの中に埋め込まれて、物理スイッチはほとんどない。それでも600の場合はエアコンのコントロールやディスプレイのホームボタンなどが物理スイッチとして残る。
因みにこのエアコン・コントロールのスイッチ類はジープ『アヴェンジャー』と共用しているそうで、ステアリングもそうだというがアヴェンジャーの場合は3本スポークなので、必ずしも全く一緒というわけではない。
◆輸入MHEVの中でも安い365万円から

前述した6速DCTのコントロールは、ダッシュボード中央に付くプッシュスイッチで操作する。いったんDレンジに入れてしまえばパドルコントロールも可能だが、リバースの場合はこの押しボタンに頼ることになるのだが、その反応スピードが結構ルーズで、せっかちな自分はPに入れたつもりで足を離すと、実はまだDに入っていてゆるりと前に出て慌てる…などということが数回あった。
居住空間およびラゲッジ容量はまあ必要にして十分。Bセグメントなのだからこんなものなのだが、近年日本の軽自動車の室内があまりにも広いから、日本人ユーザー的には少し不満が残るかもしれない。
移動の多くを高速道路を使った関係で、燃費は17.2km/リットルとまずまずのスコアを記録した。実は輸入車のMHEVモデルとしてはかなりお安い部類で、ベースモデルの価格は365万円。さすがに試乗した上級モデルラプリマは419万円で、オプションが付いた試乗車の価格は431万2100円だが、それでもコスパはとても高いと感じた。

■5つ星評価
パッケージング:★★★★
インテリア居住性:★★★★
パワーソース:★★★★
フットワーク:★★★★
おすすめ度:★★★★★
中村孝仁(なかむらたかひと)AJAJ会員・自動車技術会会員
1952年生まれ、4歳にしてモーターマガジンの誌面を飾るクルマ好き。その後スーパーカーショップのバイトに始まり、ノバエンジニアリングの丁稚メカを経験し、さらにドイツでクルマ修行。1977年にジャーナリズム業界に入り、以来48年間、フリージャーナリストとして活動を続けている。また、現在は企業やシニア向け運転講習の会社、ショーファデプト代表取締役も務める。最近はテレビ東京の「開運なんでも鑑定団」という番組で自動車関係出品の鑑定士としても活躍中。