これまで30年以上、排気量にして1000cc以上のリッターバイクに乗ってきた。いずれも車両重量250kg以上の重量車だったが、それでも事故なく、立ちゴケなく乗ってこられたのはバイクを支えられる身体があったからだ。
16歳からバイクに乗り始めて37年目となり、いささかバイクの重さが堪えてきた。現愛車は車両重量288kgで両サイドパニアにトップケース、アクセサリーバーやセンタースタンド、LEDフォグランプ、前後ドラレコなどを追加して、乗り出しは優に300kgを超える。
アドベンチャースタイルながらシート形状に工夫を凝らし、高さこそ810mmと低めながら、フレームが幅広く足つきはそれほど良くない。よってグラッとくると、息をのみ全集中しないと支えられない。そろそろ軽いバイクに乗り換えるか、との思いがよぎる。
そこで目をつけたのは「ミドルクラス以上リッターバイク未満」と筆者が個人的に命名する排気量750~900ccのバイクたち。調べてみるとこのクラス、ピュアスポーツからオンロード、そしてアドベンチャーと種類は豊富にある。トランスミッションにしてもギヤ変速時にクラッチレバー操作がいらない「クイックシフター」は多くのモデルが採用する。

筆者は2010年からDCTモデル2車種に乗ってきたので、次なる愛車は原点回帰すべく一般的なマニュアルトランスミッションで、かつクイックシフター付きモデルから選ぶつもりだ。
先のミドルクラス以上リッターバイク未満から真っ先に手を伸ばしたのは、スズキのアドベンチャーモデル『Vストローム800DE』と『Vストローム800』。2023年3月に国内でも販売を開始したVストローム800DEと、2023年10月に同じく販売を開始したVストローム800は車名からわかるとおり兄弟車でパワーユニットからトランスミッション、フレームの基本骨格などが同一。
しかし、800DEはオフロード走行を、800ではオンロード走行を主な走行ステージとして定めた。よって、ライディングポジションからロードクリアランス、タイヤサイズや足まわり、ブレーキなどの設定が大きく異なる。発売以降、世界中のユーザーから支持されているこの2台に、改めて試乗する機会を得た。
◆一見同じようでも、並べてわかるその違い

並べるとこの2台、結構な違いがある。見た目から強く惹かれたのはDEだ。身長170cm/67kg(フルフェイスヘルメット、インカム、胸部&背部プロテクター/各部にプロテクターの入ったライディングウェア一式で+8kgほど)の筆者が跨がると、両足では足先しか着地しないが、スリムなシート形状に助けられシート高855mmであってもお尻を少しずらせば片足ならべったりと着く。
前/220mm、後/212mmの長いホイールストロークを持ち、ともに伸/圧の調整が可能。後輪はダイヤル式で工具なしに手軽にプリロード調整ができる。
助けられたのは後輪の沈み込み具合。標準状態で筆者が跨がると40mmほど下がるから車両重量230kgの車体を片足ですんなりと支えられる。これなら不整地でグラッときてもなんとか持ちこたえられそうだ。

まずは800DEのエンジンを始動。複数のモデルで採用が進む「スズキイージースタートシステム」のおかげでワンプッシュ始動ができる。クランキングが長くなる冬場の冷間始動時はとくにありがたい。
パパパパパッ、と歯切れの良い音で目覚めた775cc並列2気筒DOHCエンジンは82ps/8500回転、76Nm/6800回転のスペックをもつ。ボア・ストローク比0.83のショートストローク型だ。
出力特性の変更ができる「スズキドライブモードセレクター」はコンフォート向きの「Cモード」を選ぶ。そしてゆっくりクラッチミートすると、想像よりもずいぶんマイルドに速度を上げていく。もっともこれは意図的で、雨天や砂利道など滑りやすい路面での安心感を高めるためだ。また、タンデム時も滑らかな発進ができるし、パニアケースに荷物を満載した際もスムースな発進を手助けしてくれる。
◆豊かな鼓動があるのに振動はない

ということで、続いてスペック通りの性能が引き出せるアクティブ向きの「Aモード」に変更。ちなみにモード変更は左手スイッチ群で操作するがスロットルを閉じていることが作動条件だ。
天候や路面状況が許すのであれば、筆者にはAモードが最適に思えた。ベーシック向きとされる中間の「Bモード」もよく考えられた特性で、各ギヤで伸び感を楽しむようなツーリングシーンでは本領を発揮する。しかし、ミドルクラス以上リッターバイク未満にふさわしいグイッとくる加速感(≠トルク感)を堪能するにはAモードがいい。
それにしても下から上まで、どの回転域でも豊かな鼓動があるのに振動はない。当然ながらバックミラーもブレないので後方視界はいつでもクリアだ。これはエンジンのクランクピン位相を270度としたことと、2軸一次バランサーを備えたことによる相乗効果だ。
具体的には、1つ目のバランサーが第一シリンダーを、2つ目のバランサーが第二シリンダーにそれぞれ働き一次振動を打ち消す。次にこの2つのバランサーをクランクシャフトに対して90度かつ、クランクシャフトから同距離になるように配置して横揺れの要因となる偶力振動を抑制する。

そして270度クランクなので、ミラーだけでなくハンドルやステップにも二次振動由来のビリビリが発生しない。よって高速巡航時も快適にライディングできる。
出力/トルクカーブ曲線で確認すると、最高出力となる8500回転の手前に2つ、最大トルクとなる6800回転の手前にやはり2つ、それぞれ小さな山があるが乗っていると山/谷は気にならず、ひとたびスロットルをワイドオープンにすれば低いギヤでは9500回転のレッドゾーンまで一気に上りつめる。繰り返しになるが、こうした乗り方でも鼓動はあるが振動はない。
同門車種で270度位相クランクを採用するホンダ『トランザルプ』(754cc並列2気筒OHC/91ps/75Nmでボア・ストローク比0.73、車両重量210kg)も、同じく鼓動があって振動がない。パワフルさではスペック通りにトランザルプだが、全域の滑らかさで比較するとVストロームが一枚上手だ。
◆Uターンもフツーにこなせる800DEの懐の広さ

カーブでの走行特性はどうか? 初期摺動性能に優れるオフロード向けサス特性とセミブロックトレッド面をもつタイヤ、ワイドなハンドルに立ち気味の上半身姿勢と、お膳立てからすれば“向いてない”と思われたが、まったくの杞憂。前90/90-21(外径695.4mm)、後150/70R17(同641.8mm)サイズのダンロップ「TRAILMAX MIXTOUR」(前後ともチューブタイプ)にも助けられ、深いバンク角でもビシッと安定したままスロットルオンでの力強いコーナリングを見せつけた。
前後タイヤで4インチ違う(前輪外径が53.6mm大きい)ため曲率のきついカーブでは倒し込み時に重さ(≠内側に傾斜しようとする力)を感じるだろうと身構えた。しかし800DEではほとんどそれを感じない。同門のトランザルプ(前後タイヤは3インチ違いで前輪外径が25.4mm大きい)では倒し込みの瞬間にわずかな重さを感じていたので、おそらく800DEはさらに手応えを感じると身構えていたもののフルロック(切れ角は左右とも40度)Uターンですら(最小回転半径2.7m)、フツーのバイクのように難なくこなせた。これは日常走行で大きな武器になる。ここでは後輪ブレーキの扱いやすさも光った。
ブレーキは前/直径310mmのダブルピストン、後/260mmのシングルピストン。オフロードで求められるジワッとした初期減速度を生み出しながら、オンロードでは十二分な制動力を発揮した。また、長いホイールストロークの初期沈み込みをイメージした、じんわりとした制動力の立ち上げ(≠レバー操作)さえ忘れなければピッチングが誘発されないのでオンロードも安心して駆け抜けられる。

800DEのメインステージであるオフロード(主に砂利道)も走行できた。ここではスズキトラクションコントロールシステムの「グラベルモード」が真価を発揮する。発進時はトラクション重視で空転を抑え、カーブではスロットル操作に応じた曲がりやすさを生み出すため、30~40%程度(筆者の体感値)の空転を許容して後輪のジャイロ効果を強めつつ、ライダーが向かいたい方向へのトラクションをしっかりと生み出している。グラベルモードの制御はじつに緻密で、絶妙なアングルを保ったまま突き進む。それこそライディングが上手くなったと誤解してしまうほど。
これに初期摺動に優れるサス特性と、ジワッとした初期減速度が生み出せる前後ブレーキの組み合わせだから、安定感をそのままにグイグイ走っていける。また、フレームや燃料タンク形状がスリムだから、スタンディング走行時も膝を中心にしっかり車体を挟み込めるため一体感は高いまま。
ただし、クラスでは軽量な部類だが230kgある。トラコン機能をオフにしてスロットルをラフに開ければツルッと不安定に。過信は禁物だ。
◆体感で2まわり小さい? Vストローム800

続けてオンロード向けのVストローム800に乗り換える。車両重量223kgと7kg軽量。フレームの基本骨格は800DEと同じながら跨がった印象は二回りほど小さく、バイクとの一体感が強まったライディングポジションがとれる。
具体的に800DEと比較すると、ハンドルグリップ位置が15mm内側になり、ハンドルは23mm前に、13mm下へと移動。ステップ位置は7mm上がり、14mm下がった。肝心のシート高は825mmと30mm下げられた。
さぞかし足つきが良くなっただろうと確認したら、800DEよりも足を左右に広げて跨がる傾向になるためその印象は薄い。もっとも足つきそのものは800が断然良くて両足の足先は1/3以上(片足ならお尻をずらさずべったり)着地する。ただ、いざという時の踏ん張りでは、広げた足を意識して踏ん張る必要があった。
走行性能はどうか。エンジンスペックにはじまり1~6速のギヤ比、1次/2次の最終減速比はすべて800DEと同じながら、同じ場面で乗り比べると800はアンダーパワーに感じ、カーブではさらなる余裕も確認できた。

こうした体感上の違いには3つの要因がある。まずオンロード主体としたライディングポジションとサス特性。次に前110/80R19(外径658.6mm)、後150/70R17(同641.8mm)のダンロップ「D614」(前後ともチューブレスタイヤ)がもたらす絶対的なグリップ力。最後にキャスター角とトレール量の違いだ。800では26度と800DEから2度キャスター角が小さくなり、トレール量は124mmと800DEから10mm延長された。
一般的にはキャスター角が小さいと曲がりやすくて、トレール量が長いと直進安定性重視となるが、キャスター&トレールの関係はとても複雑で、車体バランスや重量配分、装着タイヤとの相関も考える必要がある。800では、スパッと切れるハンドリング性能と、フル積載でも安心してロングツーリングが楽しめる性能を両立させる値で設計がなされた。
こうした3つの要因から、800DEとの比較では同じパワートレーンや基本骨格をもつフレームであっても、オンロードでは800がよりかっちりとした走りが体感できる(≠余裕が生まれている)ため、もっとパワーが欲しくなるのだ。
◆オンロードで本領を発揮

800が本領を発揮するオンロードをもう少し走り込んでみた。結論からすると800DEを1とすると800のオンロード走行は1.5倍楽しい。
ラジアルマウント式対向4ピストンの前輪ブレーキは初期からグッと車体を沈み込ませる特性で頼もしい。倒立式フロントフォークは、左右を別構造(左フォークがダンパー&スプリング、右フォークがスプリングのみ)として高剛性化と軽量化が図られた。
これらを頼りにカーブへと向かう。もっともアドベンチャーモデルだから、バンクセンサーは浅めの角度から接地する。よってバンク角はほどほどに安定させてスロットルをあてがい、出口重視のライン取りを組み合わせると気持ち良さが倍増する。
試乗路面は少々荒れていて、フルバンクさせながら連続する凹みを通過する状況だったが、減衰特性に優れた前後サスはスカイフック的に足元だけで吸収してくれるのでヒヤッとせずに楽しめた。

直進での加減速では標準装備の双方向クイックシフトシステムを頼りにシフトアップ&ダウンを繰り返しながら、ときに5速2000回転(約40km/h)あたりでトコトコ走らせた。こうしたツーリングモードでは適度な鼓動と乾いた排気音が小さく耳元に響き、楽しさから一転、和やかムードに包まれる。
800のフットレストには足裏が接地する上面に防振ラバーがあり、また面積も確保されている実用性が高かった。加えて、アップライトなライディングポジションと良好な足つき性能を生み出すスチール製フレームは、パニアケース装着を想定して剛性を高められている。
◆同じ「800シリーズ」に新展開も
今回の試乗では、こうした余力ある走行性能を裏付けに、世界中のライダーがフルパニア&荷物満載で800を走らせる理由がよくわかった。
800DEと800の2台は、ともに十分速く、ミドルクラス以上リッターバイク未満の魅力ある走りが詰まっている。また、ここまで乗り味に違いが出せるVストロームシリーズの奥深さにも改めて感心した。
こうなると、パワートレーンの基本を同じくするスポーツモデル『GSX-8R』、同ストリートファイターモデル『GSX-8S』ではどれほどの違いがあるのか大いに気になる。
さらに、2025年7月4日に発表したストリートバイク『GSX-8T』と、カウル類を備えた『GSX-8TT』にも興味津々だ。まずはGSX-8R/8Sの比較試乗を行いつつ、国内市場でGSX-8T/8TTが発売されることがあれば、こちらの試乗も行ってみたい。

西村直人|交通コメンテーター
クルマとバイク、ふたつの社会の架け橋となることを目指す。専門分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつためにWRカーやF1、さらには2輪界のF1と言われるMotoGPマシンでのサーキット走行をこなしつつ、4&2輪の草レースにも精力的に参戦中。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も積極的に行うほか、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。国土交通省「スマートウェイ検討委員会」、警察庁「UTMS懇談会」に出席したほか、東京都交通局のバスモニター役も務めた。大型第二種免許/けん引免許/大型二輪免許、2級小型船舶免許所有。日本自動車ジャーナリスト協会(A.J.A.J)理事。2023-2024日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。(財)全日本交通安全協会・東京二輪車安全運転推進委員会指導員。日本イラストレーション協会(JILLA)監事。