『クラウン』くらい切り口はたくさんあるクルマはなかなかない。どこからどう書いたものか迷うくらいである。というか普通にクラウンが伝統ある名前で、ついに70周年だという普通過ぎる書き出しで始めたくなくて、どうしようかと思案しているのが、今ここに書かれている駄文である。
で、どれも話題として触れるに足る中身がある。
・クラウンは70周年を迎えた大名跡であること。そして今トヨタはこういう伝統的ビッグネームを大事にするビジネスをしていること。それはアジアの新興勢力と戦って行くためには積み重ねてきた文化こそが大きな差になるから。
・「群で戦う」宣言をして4車種でスタートするクラウンは、最もスタンダードで、中心車種となるクルマを「クロスオーバー」においているが、車種別けの分類ではクロスオーバーと「スポーツ」がともにSUVになっている。これはクラウンというブランドにとってどういう意味を持っているのか。
・異常に豊富なパワートレインバリエーション。クロスオーバーには通常の2.5リットルハイブリッドシステム THS IIの他に、2.4リットルターボハイブリッドのデュアルブーストハイブリッドシステムと性格の異なる2種類のハイブリッドシステムを搭載。スポーツは2.5リットルのTHS IIとプラグインハイブリッドの2種類を搭載。セダンには2.5リットルのTHS IIと燃料電池の2種類。そして最後に出たエステートはスポーツと同じ2.5リットルのTHS IIとプラグインハイブリッドの2種類。つまり2.5リットルのTHS IIは4モデル全てに搭載した上で、ペアとなるユニットがモデルごとに異なるという構成になっているわけだ。これも解説すべき背景がある。
というここまでが前振りのサマリーだ(笑) 混乱するので上から順番に処理していこう。
「名前そのものが社会の共有財産」
トヨタはこの数年、伝統ある車名を大事に取り扱っている。日本の自動車メーカーは一時期、車名によってイメージが固定されることを嫌って、古い車名をどんどん付け替えてきた。トヨタで言えばBセグメントの『スターレット』は『ヴィッツ』になり、さらに『ヤリス』へと変わった。
当時はイメージを刷新して新規ユーザーを取り込むもうとしていたわけだが、クルマの中身が新しくなければ、結局名前もすぐ古びてくる。ヴィッツからヤリスへの変更などはまさにそれを表す例だったと思う。国内名称と輸出名称の一致という面もあったかもしれないが、本当に上手く行っていれば何が何でも一致させなくてはならないものではない。結局新しい名前をつけては消費していくだけになる。
2018年、12代目の『カローラ』がデビューした時、当時の豊田章男社長は、伝統ある車名には、ユーザー自身の幸福な記憶が共にあることを強調し、名前そのものが社会の共有財産であると述べた。カローラと共に過ごした家族の歴史や思い出がそこには詰まっている。そう考えれば、それをトヨタの商売の都合で変えるべきではない。言われてみればその通りである。
安易に車名を変えてゼロスタートしても、結局はクルマが良くなければ、またイメージは下がる。刷新しなければならないイメージがあるなら、名前を変えるのではなくクルマを変えなければならない。至極まっとうな話である。
15代目の貴重な犠牲を経て始まった16代目の開発
さて、クラウン。トヨタにあっても最も長い伝統を持つブランドである。そのクラウンは2000年代に入るあたりから、ユーザーの平均年齢が毎年1歳ずつ上がっていく。クラウンブランドの世界は閉じていて、新しい若いユーザーが入って来ない。
そういう危惧はすでに1987年デビューのS13型から始まっており、スポーツ仕様のサスとタイヤを採用したアスリートが追加されている。2003年のS18型のいわゆるゼロクラウンでは、プラットフォーム、エンジン、サスペンションと全てを刷新して、走りのレベルを向上させて、クラウンの持ついわゆる「旦那セダン」の印象を変えようとした。
しかしクラウンはトヨタの中でもとりわけ難しいクルマである。トヨタの、ひいては日本の自動車メーカー第一号、初代クラウンの主査である中村健也氏以来、歴代クラウンの設計を任せられるということは、時代時代の設計部門のスーパーエースであり、OBには役員経験者も多数いる。そういうOB達が自分の成功体験を背景に「そもそもクラウンとは」みたいなことを言う。もちろんひよっこの現役は正座して傾聴せずばなるまい。
しかも聞かなければならないのは主査OBたちの話だけではない。販売の現場だって、クラウンの話となれば言いたいことはたくさんある。大名跡であるだけに誰もが真剣に意見をする。それらの話をありがたく賜りつつ仕事を進めなくてはならない。
クラウンにはオーナーの高齢化を解決するという「何が何でも変わらなければならない理由」と関係者の「クラウンはかくあるべし」というベクトルの異なる圧力に翻弄されることになる。
14代目までは、正統派セダンとして、後席居住性やセダンのプロトコルを重視して設計してきたが、世界中のマーケットで正統派セダンは櫛の歯を引くように欠けて行き、もはや少数派となった。欧州のプレミアムメーカーではラインナップを旧来型セダンと、クーペライクセダンの2本立ての複線化へシフトし、売れ筋はクーペライクセダンへと徐々に変わっていた。
すでにキープコンセプトでのモデルチェンジが限界に達していたクラウンは、15代目で大きな変貌を狙ったモデルチェンジを行った。欧州の成功例に倣い、スタイルをクーペライクセダンにシフトすると共に、運動性能を磨くためにニュルブルクリンクを徹底的に走り込み、BMWもかくやというほどの高運動性スポーツセダンへと生まれ変わった。
しかしながら結果は惨敗。クーペライクセダンと言いつつ、クラウンかくあるべしの声に押されて、魅力的な新商品というよりは、従前のクラウンのデザイン文法を引き継いだ結果、スタイリッシュと言い難い仕上がりになり、古典的セダンファンからは後席の堕落したパッケージを詰られた。筆者はあの運動性能の仕上がりには目を見張るものを感じたのだが、そこに魅力を感じる人にとっては、スタイルのブレークスルーが物足りないことも理解できた。
厳しい状況の中で、開発陣は、15代目に大幅なテコ入れをして逆転を狙ったが、当時の豊田章男社長からストップがかかる。「ダメならダメで、セダンにこだわらず次に行け」。この一声で15代目の早期退役が決まり、16代目はセダンにこだわらない新時代のクラウンの開発がスタートした。クラウンが大胆な変更を可能にするためには、15代目の貴重な犠牲があったのである。

GA-Kプラットフォーム採用で走りと価格を両立
さてその16代目のクラウンだが、4つのボディを与えられた。実は最初から4車形1セットで開発が進んだわけではない。

15代目の反省点は多分大きく2つあったと思う。ひとつは思い切りの悪いデザイン改革。もうひとつは長らく言われてきた550万円の壁である。主要モデルの価格が550万円を超えると売れない。それはわかっていたのだが、コストの高いFRのGA-Lシャシーをニュルまで行って鍛えればどうしたって高くなる。
実はその前後で、トヨタはスバルと『bZ4X』の開発を行い、AWDによる車両制御の勘所を会得した。前後の駆動配分でクルマの運動性が大きく変わることを学んだのだ。FF的挙動だろうが、FR的挙動だろうが、何ならAWD挙動まで自由自在に作り込むことができる。であればコストで有利なGA-Kプラットフォームを採用して、走りと価格の両方を獲得することができる。

その結果、従来のクラウンのくびきを完全に離れた流麗なSUVクーペのクラウンクロスオーバーのデザインが仕上がる。意気揚々とこのデザインを豊田社長に見せに行くと、もちろんOKが出た。しかし帰ってきた言葉は、ただOKだけではない。「セダンはないのか?」。
セダンに拘らず大胆な革新を進めろと言われて上がったデザインである。セダンはないのかと言われればないとしか言えない。開発チームはそこで頭を捻った。16代クラウンにおいて、中心となるのは世界のクーペライクセダンの流れをぶっちぎってスタイリッシュなセダンの先頭に躍り出たクロスオーバーであることは間違いない。ただ確かに、長らくクラウンを支えてきた最も保守的なセダン顧客はこのクルマではカバーできないだろう。
そこで新たにクラウンセダンの企画が始まる。保守的なユーザーに向けたクルマなので、まずはFRでなくてはならないし、リヤの居住性や頭入れなどの性能は必須である。さらに言えば官公庁を含めた法人ニーズもきっとこのクルマが担うことになる。しかも、クラウンの中で保守層だけを狙うクルマであれば台数にも限りがある。そこで浮かび上がったのは『MIRAI(ミライ)』である。
MIRAIはFRのGA-Lプラットフォームを採用し、燃料電池も搭載している。リヤの居住性を上げるとすれば、これをストレッチすれば良い。そしてストレッチするのであれば、HEVのパワートレインを収めることも難しくないだろう。こうして、クラウンセダンはMIRAIベースで開発が進んだ。

SUVニーズに応えるスポーツ、悪ノリで生まれたエステート
保守的セダン層をカバーできたのは良いとして、一方で、気になるのは昨今のSUVブームである。このSUV層をカバーしなくて大丈夫なのか。クロスオーバーはSUVテイストを取り入れたクーペライクセダンである。積極的にSUVを求める人のニーズに、果たしてクロスオーバーは答えることができるだろうか。そうなるともう1台、はっきりとSUV志向のモデルが欲しい。こちらはクロスオーバー同様にGA-Kプラットフォームを用いる。AWDが必須であることからも選択の余地はない。味付けはクロスオーバーよりもスポーツ寄りを狙う。そこで都市型SUVかつクーペデザインのクラウンスポーツが生まれる。

最後に開発チームは悪ノリをした。悪ノリと指摘したのは豊田社長その人である。ついでにもうひとつ作ろう。そうなれば、伝統のエステートに話は落ち着く。クラウンには伝統的にエステートと呼ばれるワゴンボディがあった。事業に成功した個人事業主が主なターゲットである。