スーパー耐久シリーズ(S耐)における花形イベントのひとつ、富士の24時間耐久レースが、今年も5月31日から6月1日にかけて富士スピードウェイ(静岡県)で開催された。
この連載では何度も触れているので、すでにご存知の方も多いと思うが、S耐では、通常のクラスの他、賞典外としてST-Qクラスで、トヨタ、スバル、マツダ、日産、ホンダの自動車メーカー各社が実験的車両を持ち込み、脱炭素時代に向けた様々な取り組みを行っている。

全体としてみれば、カーボンニュートラル燃料(CNF)での競技参加を主軸としつつ、それぞれのメーカーがそれぞれの個性の高い取り組みを行ってきた。実験なので必ずしもずっと継続しているわけではないが、例えば数年前、スバルがアイサイトをレースの場で使ってみる実験などはとても面白かった。ドライバーの死角をカバーし、警告する仕組みは耐久レースのような長丁場では一瞬の注意力低下をカバーする働きがあるだろう。
あるいはマツダは、CO2回収技術の搭載に向け開発を進めている。燃料はCNFを用いるので元々エンジンのCO2排出は中立。だから吸気通路に設置されるCO2吸着フィルターの吸着分は、なんとCO2ネガティブになる。つまりクルマが走れば走るほど大気中のCO2削減になるというユニークな取り組みである。
トヨタは複数台エントリーで、他社同様にCNF対応の『GR86』でのチャレンジも行っているが、やはり最もユニークなのは水素内燃エンジンを搭載した『GRカローラ』でのチャレンジだろう。
水素エンジンカローラの挑戦を振り返る
2021年5月のS耐 第3戦富士24時間レースから水素エンジンでの挑戦を始めたトヨタだったが、彼らの意気込みは別として、レース車両としてはまったくお話にならないところから始まった。
そもそも水素エンジンはライバルをぶっちぎる最終秘密兵器として持ち込まれた技術ではなく、来るべきカーボンニュートラル社会を見据えた先行実験であり、化石燃料無き時代における自動車やレースのあり方を探る極めて実験的なプロジェクトであった。そういう意味では走るというよりはまだハイハイからスタートである。
コースに出る以前から、トヨタは、言ってみればマイナスからのスタートを余儀なくされた、水素を搭載した車両がレースに出られる安全性を備えていることを示す膨大な書類づくり。サーキットのパドック(ピットではなく)に水素充填設備を設置するための膨大な手続き。JAFやサーキットのルールのみならず、国の法律や都道府県の行政指導などとのすり合わせをやらなければ、話は始まらない。そういう下地の部分で前人未到の障壁をひとつひとつクリアしない限り、スタートグリッドに立てなかったのだ。
そもそも水素自体が、これまで工場などの限られた環境でのみ使われてきたし、法律もそれを前提にできている。エンドユーザーが水素を利用することなど『MIRAI(ミライ)』の登場まで誰も考えたことがなかったし、ましてや移動体に搭載する高圧水素タンクに至ってはルール自体が存在しないので、据え置きを前提に過剰安全性を織り込んだ分厚く重い鉄製のタンク以外に使用が認められていない現状を変えてもらうところからスタートせざるを得なかったのである。
国は簡単に「水素社会の実現」と言うが、それに伴う規制緩和をという話になると、一転して「安全の証明はできるのか」という保守的な話になりがちで、役所の苦手な前例のない世界でのルールづくりを一歩一歩進めて行くのはまさに苦労の連続であったはずだ。
水素カローラ初挑戦の結果を見れば24時間のうち、走行できた時間は11時間54分。約半分は走れなかった。ざっくり言って8時間がトラブル対応などのピット作業、残る4時間が水素注入に費やされた。水素の充填には時間がかかる。ピット作業(実際はパドックだが)で水をあけられてしまう分が大きい。クルマそのものの戦闘力はどの程度かと言えば、一番下のST-5クラスがライバル。この結果を良いとか悪いとか言っても始まらない。そこから全てはスタートしたのだ。
やっとレースに参加できた年
以来、クルマは年々どころか1戦ごとに進歩したが、何が起こるかわからないのがレース。なかなか思うようには進まない。昨年の2024年は、水素と全く関係ないオルタネーターのトラブルで長時間ピットストップを余儀なくされ、332周に終わった。今年は周回数を468周へと大幅に伸ばし、完走53台中41位となった。順位を見て「なんだ全然ダメじゃん」と思う方がいるかもしれないが、ドライバーのモリゾウ選手(豊田章男会長)は決勝後にこうコメントしている。「長かったもんね。やっとレースに参加できた年になったんじゃないですかね」「また前進できたんじゃないでしょうか」。
特殊な実験車両なので、ある意味信頼性のテストとして行ってきた部分は大きい。そういう本来の意味では壊れてなんぼだし、むしろ壊して改良することこそが目的だ。水素だって、最初は充填場所が遠く、パドックの一番端。つまりピットストップはピットレーンを外れてパドックに出た上、一番端まで行かねばならなかった。水素充填にも時間を要したが、装置の小型化や安全機能の充実などで他のレース車両同様ピットレーンでの充填が可能になり。今ではその充填時間も徐々にガソリン給油に近づきつつある。
そうしたあらゆる面での積み上げが奏功しての完走53台中41位であり、やっとコンペティティブな話ができるところまできたという意味では、スタートラインに立つための4年間の長い戦いがようやく終わったということを意味する。

3つの技術的トピックを解説
今年の技術的トピックは3つ発表された。1つ目は、リーン(希薄)燃焼へのチャレンジである。いわゆる理論空燃比(ストイキメトリー)はしっかりとパワーを出すために必須であり、レースという状況では常にエンジンは高負荷で稼働することになる。