【井元康一郎のビフォーアフター】先進電子デバイス開発に必要な“対話”…スバル アイサイト

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アイサイトver.2の新機能「プリクラッシュブレーキ」のテスト風景
  • アイサイトver.2の新機能「プリクラッシュブレーキ」のテスト風景
  • アイサイトver.2の機能を制御するステレオカメラ
  • 「全車速追従機能付クルーズコントロール」試乗風景
  • アイサイトver.2を搭載するレガシィアウトバック
  • アイサイト(ver2)の認識画像イメージ
  • 全車速追従機能付クルーズコントロールを制御するスイッチ
■コストパフォーマンスと操作ロジックで受け入れられたアイサイト

ミリ波レーダーやカメラを使ったクルマの先進安全デバイスの開発競争が激しさを増している。そのなかでも最近注目を集めているデバイスが、富士重工業の「アイサイト」だ。

前のクルマを自動的に追尾するアダプティブクルーズコントロールシステムのアイサイトが登場したのは旧型『レガシィ』時代の2008年。そのアイサイトがブレイクしたのは今年5月、追突を防いだり被害を軽減するプリクラッシュブレーキや渋滞時の前車追従機能などを追加した2代目モデル。何と現行レガシィの新車を注文したユーザーの6割近くがアイサイトをオプション装着したというのだ。

これまで、この種の先進安全システムは高額で、しかもオプション装着可能なのは高級車の上級グレードに限られていた。ゆえに、システムの販売数も極めて少ないというのが常だった。アイサイトはその常識を覆し、先進安全システムとして初めて“普及技術”となったのである。

アイサイトがなぜユーザーに幅広く受け入れられたのか。ライバルメーカーの電子技術開発エンジニアのひとりは、「最大の理由は多くのユーザーが気軽に買える価格の安さと、あると便利だとユーザーに感じてもらえる機能性の高さのバランスが非常に良かったことだと思う」と分析する。

アイサイトの価格は税込で10万5000円。高価なミリ波レーダーを使わず、ステレオカメラだけでシステムを構成することでこの価格を実現させた。他のアダプティブクルーズコントロールシステムと比較しても、圧倒的に安い。

低価格だからといって、機能性が劣るわけではない。発進と停止を繰り返す渋滞時でも前車追従が可能、道路条件が悪くなければ追突を防止できるプリクラッシュブレーキ搭載、うっかりブレーキとアクセルを踏み間違えても前が壁だったりすると車止めを乗り越えて前に進んだりしないAT誤発進防止機能あり…と、メニューは豊富。コストパフォーマンスの良さでは、現時点で間違いなくダントツと言える。

が、コストパフォーマンスだけでアイサイトがユーザーに受け入れられたわけではない。特筆すべきなのはむしろ、操作ロジックの構築の素晴らしさだ。


■クルマの“自己判断”で制御する先進安全機能に必要なもの

筆者は以前、アイサイトを装着したレガシィを試乗したことがある。クルーズコントロールスイッチのSET、RESなど各社共通部分以外の操作方法について予備知識をほとんど持たないまま運転を開始したのだが、ひとこと説明を受けるだけでほとんどの機能を使いこなすことができた。先進デバイスが装備されていないクルマの運転操作に、アイサイトの操作が非常に上手く融合されているというイメージだ。

たとえば渋滞中、うっかり前のクルマが発進したのに気付かなかったとしよう。まず、“前車が走り始めましたよ”というアラート音でそのことをドライバーに伝えるのだが、気づいたドライバーが「おっとしまった」とあわてて発進する場合、ある程度強い加速を得ようとしてアクセルを踏みたくなるものだ。アイサイトはアラートが鳴ってからアクセルを踏むと、システムがスタンバイになるのではなく、前車追従走行に復帰するのだ。

その他、スイッチ操作やシステムインジケーターの情報表示など、あらゆる部分がドライバーがクルマを走らせようとする時にやりたくなる操作を阻害しないよう、実によく考えて作られている。システムの使い方に慣熟するのに時間がかかることは、多くの先進安全システムが抱える大きな欠点だ。が、運転操作との調和がうまく取られているアイサイトはディーラーで短時間試乗するだけで、ユーザーが簡単にその便利さや良さを実感することができるのだ。

「クルマがドライバーに何かを強いたり、勝手に走らせるのではなく、ドライバーがクルマをどう走らせたいのかという意思を的確にくみ取り、自然に操作でき、かつ事故発生を最大限に防ぐシステム作りには徹底的にこだわりました」

アイサイトの開発を手がけた電子技術部担当部長の野沢良昭氏は語る。エンジニアリングにおいて、ユーザビリティ(使いやすさ)の確保は重要な項目だが、クルマが自己判断でクルマを制御する先進安全システムの開発では、それはまさしく“言うは易し、行うは難し”である。単に要求される機能やスペックを満たすだけでは、システムのデザインは語れないからだ。


■電子デバイス開発に「ドライバー視点で考える」という姿勢

ドライバーはどういうふうにクルマを操作し、コントロールしたくなるのか、クルマの反応をドライバーがどう感じるか…といったことを、あらゆる運転状況について深く考察して、初めて優れたユーザビリティをデザインすることができる。同じ操作でも、運転を始めたばかりのときと、500kmを走って疲労がたまった時では生理的欲求が異なる場合もある。

「そういうデザインは、研究所の中だけではできない。いくら公道を再現したと言っても、テストコースはしょせんテストコースでしかない。アイサイトの操作をいいものにするため、公道で乗って乗って乗りまくりました。千差万別の道を一般のドライバーとしてドライブし、気づいたこと、起こったことをみんなで出し合って、そしてアイデアを練っていく。この作業を、それこそ気の遠くなるくらい続けてきました」

アイサイトをチューニングしたスバルのベテラン実験担当者は語る。

先進的な電子デバイスの開発においては、技術の優秀性や独創性にことさらスポットが当てられることが多い。が、ドライバーとハードウェアが双方向で対話を続ける自動車に実装される電子デバイスの開発においては、そのやりとりの中にどれだけ調和させられるかという視点が欠かせない。その視点は机上から生まれるものではなく、実際のドライブの中からのみ生まれてくるものだ。

センサー技術、制御アルゴリズム、システム作動など、複数の技術が高度に融合した先進安全技術は、競争が激化するグローバル市場の中で、日本メーカーが高い付加価値をつけられる可能性がある貴重な技術分野のひとつだ。しかし、自動車メーカーの開発現場は伝統的にテリトリー主義が強く、エンジン屋、サスペンション屋、ボディ屋、電気屋、電子屋といった各分野が相互に連携を深めるのは容易ではない。

また、電子デバイス開発自体、タイトな開発スケジュールの中で費用と時間のかかる公道実験を繰り返して徹底的に煮詰めるというプロセスを取れないこともしばしばだ。チューニングは欧州メーカーに日本メーカーが大きく後れを取ってしまっている部分でもある。

その中で、作るのは機械ではなく自動車なのだという意識に立ち、ドライバー目線を徹底的に重視し、実験担当と各技術分野のエンジニアが積極的に交流を図るというスバルのアイサイトの開発姿勢は、先進安全技術をユーザーフレンドリーなものに仕上げるモデルケースのひとつとも言え、高く評価されてよいものだ。
《井元康一郎》

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