ヤマハ発動機が4月24日に発売した原付二種クラスのファッションスクーター『Fazzio(ファツィオ)』。ファッション性の高いシンプルなデザインとカラーリングで、昨年のモーターサイクルショーで初公開されて以来、話題となっていたモデルだ。
今回はそんなファツィオの最大の魅力であるデザインについて、開発を担当した2名のデザイナーを直撃。これまでのヤマハのスクーターと何が違うのか? 何がこれほど多くの人を惹きつけるのか? その理由を探る。
◆可愛いだけじゃない“ニュースタンダード”
「思わず触りたくなるデザイン」と話す吉川さん「可愛いだけにはしたくなかったんです」
そう語るのは『Fazzio(ファツィオ)』のデザインを担当したヤマハ発動機 プロダクトデザイン部の久保田葉子さんだ。そして、同じくデザイナーの吉川友章さん(ヤマハ発動機プロダクトデザイン部)はこう続ける。
「クルマでもバイクでも洗車が趣味なんですが、ファツィオは洗いながら撫でたくなるんです。触り心地がとてもいいんですよ」
可愛いだけじゃない。そして思わず撫でたくなる。このふたつの言葉に、ファツィオのデザイン思想が凝縮されている。
丸みを帯びた柔らかなフォルムは、親しみやすさを感じさせながら、その奥に品格ある凛とした佇まいを秘めている。ぱっと見では“レトロ”や“クラシック”と受け取る人もいるだろう。だが、その印象だけで語ってしまうのは早計だ。
デザイナーたちが目指したのは、懐かしさへの回帰ではない。現代の価値観に寄り添う、“ニュースタンダード”としての125ccスクーター。その答えとして生まれたのがファツィオだ。
◆親しみやすさとヤマハらしい走り
ヤマハ Fazzio(ファツィオ)
その親しみやすい佇まいのなかには、操る歓びを追求してきたヤマハらしい思想が息づいている。
走りの楽しさと燃費性能を高次元で両立する124ccの“BLUE CORE(ブルーコア)”エンジンを搭載し、ゼロ発進時にスロットルを大きく、あるいは素早く開けると、モーターが最大約3秒間駆動力を補助するパワーアシスト機能も備える。
つまり、スタイルだけでなく、ヤマハらしいスポーティな走りも持ち合わせていることをまず説明しておこう。
そして、シート高は765mm、車両重量は97kgに抑えられ、日常での扱いやすさにも抜かりはない。だが、その数字から想像する以上に、実車はスリムなシルエットのなかに豊かな立体感をたたえ、街中でも埋もれない端正な存在感を放っている。
とりわけ目を引くのがサイドビューだ。斜めに伸びるフロントフォークのラインをあえて隠さず際立たせることで、車体全体に機能美を漂わせている。
一方、リアまわりには箱型の骨格感がしっかりと備わり、愛らしい見た目の奥に安定感を視覚的に伝えてくる。こうした丸みを帯びた優しさと、それを支える確かな骨格感のバランスが、バイクに不慣れなビギナーにも自然な安心感を抱かせる。
◆人との調和がとれたデザイン
「振り向いた表情が好き」と話す久保田さん久保田さんはこう語る。
「どこから見ても一目でファツィオだとわかる存在にしたかったんです」
その象徴として、久保田さんが特に気に入っているというのが、ハンドルを右に切ったときに見せるファツィオの表情だ。
「人や動物がふと右を振り向いた瞬間のように見えるんです」
その言葉を聞いて改めて眺めると、たしかにそう見えてくる。本来は無機質な工業製品であるはずなのに、そこにはどこか生命感のようなものが宿っている。思わず目が留まり、こちらに何かを語りかけてくるような佇まいだ。まるで愛嬌ある相棒が、ふとこちらを振り返ったようにも感じられる。
ヤマハ Fazzio(ファツィオ)跨がってみると、人との調和がとれたデザインであることがよくわかる。ライダーの頭とライトの位置関係など、とことんこだわり抜いたと吉川さんが教えてくれる。
「小柄な人が乗っても大きすぎないように、私のような長身でも窮屈に見えないような配置です」
足元はフラットで広く、自由度が高い。フロントパネルは丁寧に塗装され、上質な質感を演出している。外装は継ぎ目を極力感じさせないシームレスな面構成で、滑らかな曲面が途切れることなく続いていく。
吉川さんが語った「思わず撫でたくなる」という言葉にも、自然とうなずいてしまう。ただ眺めるだけではない。触れたくなり、撫でたくなる。そんな不思議な愛着を呼び起こす造形となっているのだ。
◆“一人十色”の時代にスマホのような存在へ
ヤマハ Fazzio(ファツィオ)ヤマハの125ccクラスのスクーターはすでに充実している。実用性とコストパフォーマンスに優れた『ジョグ125』や『アクシスZ』、よりスポーティな『シグナスX』、そしてフロント2輪ならではの安心感を提供する『トリシティ』。そのラインナップのなかで、ファツィオはどんな役割を担うのか。吉川さんはこう話す。
「ターゲットは性別を問わないデジタルネイティブの20代。常にスマートフォンが手元にあり、自分らしいスタイルを自然に発信している世代です」
いまの若い世代は、派手さで自己主張するわけではない。肩の力が抜けた自然体のなかに、さりげなく自分らしさをにじませる。いわば“一人十色”の時代だ。奇抜さよりも、自分の暮らしにしっくり馴染むものを選ぶ。ファツィオは、そんな価値観に応える存在として生まれた。
その思想を象徴するのが、デザインコンセプトの「Hello, Simple」だ。この“シンプル”は、単に要素を削ぎ落とした簡素さではない。久保田さんは「スマートフォンのように洗練され、いつもそばにある存在」を目指したと語る。
カスタマイズパーツを装着したヤマハ Fazzio(ファツィオ)なぜ、スマートフォンなのか。その問いに対する吉川さんの答えは明確であった。
「スマートフォンにカバーをつけたり、ステッカーを貼ったり、人それぞれがカスタムしていく。シンプルであるということは、スタンダードであることなんです」
このひと言が、ファツィオの本質を鮮やかに言い表している。完成されたデザインでありながら、持ち主によって自由に表情を変えられる。誰かが決めたスタイルを押しつけるのではなく、それぞれの暮らしや感性に寄り添い、その人らしさを引き立てる。それこそが、ファツィオの目指したシンプルさなのだ。
◆人それぞれにスタンダードがある
イラストレーターutuさんが手がけたイメージイラストとヤマハ Fazzio(ファツィオ)だからこそ開発段階では、“シンプルとは何か”を突き詰めるなかで、「スタンダードとは何か?」という問いに何度も立ち返ったという。久保田さんはこう振り返る。
「スタンダードって、人によって違うんですよ。とことん議論しました」
何を削ぎ落とし、何を残すべきか。どこまで個性を宿し、どこから先を使い手のための余白として残すのか。その線引きを徹底的に見つめ直した末にたどり着いたのが、乗る人それぞれの暮らしや装いを引き立てるシンプルさだった。
ファツィオがまとっているのは、デザイナーの個性を強く押し出した造形ではない。乗る人が自分らしさを重ねながら、日々のなかで完成させていく“余白あるスタンダード”なのである。
「乗る人のライフスタイルが主役になるような、余白のあるアイコニックなスタイリング」
吉川さんはそう語る。キービジュアルとして公開された9枚のイラストには、それぞれ異なる暮らし方や価値観をまとった若い男女が描かれている。その多様な表情からも、“人が主役”というファツィオの思想がくっきりと伝わってくる。
◆可愛さの奥に宿る、緻密な造形美
「一筆書き」のようなサイドビューだが、ラインの幅には強弱が付けられている久保田さんが言う「可愛いだけでは嫌だった」は、ファツィオを選ぶ人のライフスタイルや生き方にも通じる。
「颯爽と胸を張って乗るような軽快感や、アクティブな印象を表現したかったんです。乗る人を含めて、“あの人、ステキね”と思ってもらえるような。とはいえ、人からどう見られるかよりも、自分自身が快適だと感じられること。そういったバランスを大事にしています」
親しみやすい。それでいて凛としていて、品格も漂わせる。その絶妙な均衡こそが、ファツィオの大きな魅力になっている。
さらに印象深かったのが、吉川さんが明かしてくれた造形づくりの裏側だ。
「一筆書きでラインを入れて、その幅をどう変えていくか。そこも、とことんこだわりました」
ただ線を引くのではない。どこで細くし、どこでふくらみを持たせるか。そのわずかな差異が、やさしさにも緊張感にも、そして独特の佇まいにもつながっていく。だからこそファツィオのサイドビューには、生き物のような自然な流れが宿っている。
ヤマハ Fazzio(ファツィオ)のデザインを手がけたヤマハ発動機の吉川友章さん吉川さんが口にした「洗車したくなる」「撫でたくなる」という言葉も象徴的だ。
これは決して比喩ではない。面の張りや丸みは、何度も実際に触れながら調整を重ねたという。シンプルな造形ほどごまかしが効かない。だからこそ視覚だけでなく、触れたときの感覚まで徹底して磨き込まれている。
「実際に触ることはとても重要で、デザイナーは絵を描くだけではなく、クレイスタジオに入って、自分の手で“こうしたい”を形にしながら伝えていくんです」
ファツィオは、乗る楽しさだけでなく、人に見られる歓び、そして触れることで愛着が深まる一台でもある。乗って走って、眺めるだけでは終わらない。思わず手を伸ばし、その面をそっとなぞりたくなる。そんな触覚にまで訴えかける魅力こそ、この一台が“可愛い”だけでは語れない理由だ。
◆オーバルが生む、一目でわかる個性
「オーバル」デザインが散りばめられたヤマハ Fazzio(ファツィオ)ファツィオのデザインにおけるアイコンとなっているのが、オーバル(楕円)だ。ヘッドライトやウインカー、メーター、カラビナ型のフックなど、ディテールの随所に楕円のモチーフが散りばめられている。
「たくさんあるので、ぜひ探してみてほしいですね」
そう微笑む久保田さん。遊び心のある仕掛けが、所有する楽しさにもつながっている。
一方で、もうひとつの重要な設計思想として取り入れられているのが、センターコアストラクチャーだ。吉川さんが教えてくれた。
「各機能パーツをセンターライン上に集約することで、上から見ると一本の軸が通ったような整った印象になります。その構造的な美しさは見た目の安定感だけでなく、バイクの運転に慣れていないビギナーが乗るときの安心感にもつながっています」
◆自分色に染められる“余白”
カスタマイズパーツを装着したヤマハ Fazzio(ファツィオ)「もし自分でファツィオをカスタムするなら?」
最後にそう尋ねると、それぞれの個性がにじみ出た。吉川さんは笑いながらこう答える。
「植物が好きなので、植物屋さん巡り仕様ですね。リアキャリアをつけて、お気に入りの植物を載せて走りたいです」
久保田さんはこう語る。
「色で遊びたいですね。着物やワンピースに差し色を入れるような感覚で、少しだけ自分らしさを足したい。例えば、リヤまわりにある黒い楕円のカバーを色のついたものに交換したり。派手に変えるのではなく、さりげなく整える感じです」
この“余白”こそがファツィオの本質だ。完成されたものではなく、使う人の暮らしの中で少しずつ形を変えていく存在だ。
◆ファツィオはカルチャーになるかも
ヤマハ Fazzio(ファツィオ)のデザインを手がけたヤマハ発動機の久保田葉子さん東南アジアではすでに、独自にカスタムされたさまざまなファツィオがSNS上で話題を集めている。そんな状況を前に、二人は目を輝かせながらこう語る。
「国境を越えてユーザー同士が自然につながっていけたら面白いですよね」
これはもはや単なる移動手段ではない。日々の暮らしの中で自分らしさを映し込みながら、世界のどこかにいる誰かとも、ゆるやかに関係性を育んでいく存在だ。
ファツィオはレトロでもなければ、懐古的な価値観に寄ったモデルでもない。ヤマハは“新しいスタンダード”という思想を提示してきた。それは原付二種スクーターという枠を超え、日常のライフスタイルと新しいカルチャーが溶け合うように広がっていく可能性を秘めている。
日本ではまだ始まりに過ぎないが、どこまで広がり、どのようなムーブメントへと育っていくのか。その行方に注目したい。
多彩な「着せ替えパーツ」を装着したヤマハ Fazzio(ファツィオ)









