【ダイハツ ムーヴカスタム 3300km試乗】トールワゴンはスーパーハイトの下位互換なのか?[後編]

ダイハツ ムーブカスタム RS ハイパーSAIIIのフロントビュー
  • ダイハツ ムーブカスタム RS ハイパーSAIIIのフロントビュー
  • ダイハツ ムーブカスタム RS ハイパーSAIIIのリアビュー
  • ダイハツ ムーブカスタム RS ハイパーSAIIIのサイドビュー。開口部の切り方は前席優先だが、後席も開口部の前後長はスライドドアより広い。
  • 0.66リットルターボはライバルに対して少し力感不足な半面、燃費はターボ車としては相当に良かった。
  • メインスイッチを切るとインパネにドライブデータが表示される。郊外ではこのくらいの燃費が出るのも珍しくなかった。
  • 前席は今どきのクルマとしては珍しいくらい長距離に不向き。座面の左右両端の支持力がもう少し高ければ全然違ってくるのだが・・・。
  • 助手席側からの前席の眺め。インテリアのデザインの作り込みには力が入っていた。
  • 普通車のミニバンよりデザイン的には凝っていると感じるダッシュボード。

ダイハツの軽規格トールワゴン『ムーヴカスタム』で3300kmほどツーリングを行う機会があった。前編ではシャシー、ADAS(運転支援システム)などについて述べた。後編ではまず、ムーヴカスタムをある程度長い期間使ってみての生活への溶け込み感、およびトールワゴンの存在価値についての考察から始めたい。

トールワゴンはスーパーハイトの下位互換なのか

ダイハツ ムーブカスタム RS ハイパーSAIIIのサイドビュー。開口部の切り方は前席優先だが、後席も開口部の前後長はスライドドアより広い。ダイハツ ムーブカスタム RS ハイパーSAIIIのサイドビュー。開口部の切り方は前席優先だが、後席も開口部の前後長はスライドドアより広い。
1993年にスズキが『ワゴンR』で開拓した軽規格トールワゴンというカテゴリー。長きにわたって軽市場の主力となっていたが、その後ダイハツがさらに背の高いスーパーハイトワゴン『タント』を投入したところ、顧客は次第にそちらに流れていった。今ではホンダ『N-BOX』を筆頭に、軽自動車の上位三傑はスーパーハイトワゴンである。

どのモデルも全長3400mm以内という軽枠に収まっているとはにわかに信じ難いほど広い室内を持っているということがスーハ―ハイトワゴンに人気が集中する最大の理由だが、それに加えてスライドドアを装備していることも大きく貢献していると考えられている。

2020年1~11月の軽自動車販売の4位はムーヴなのだが、ムーヴシリーズで最も数が出ているのは車高はトールワゴン級だが両側にスライドドアを持つ『ムーヴキャンバス』であるという。駐車場が狭い日本において、スライドドア装備というのはかくも絶大な威力を持つのだとあらためて認識させられるところである。

では、スイングドアのトールワゴンは単なるスーハ―ハイトワゴンの下位互換のようなモデルなのか。2週間ほどムーヴカスタムのある生活を送ってみての印象は、否であった。たしかに狭い駐車スペースではスライドドアは有り難い装備だ。が、スイングドアモデルにはそれ特有の良さがしっかりある。

前席は今どきのクルマとしては珍しいくらい長距離に不向き。座面の左右両端の支持力がもう少し高ければ全然違ってくるのだが・・・。前席は今どきのクルマとしては珍しいくらい長距離に不向き。座面の左右両端の支持力がもう少し高ければ全然違ってくるのだが・・・。
まず、前席のドアの前後長さが十分取られており、運転席と助手席への乗り込み性はトールワゴンのほうが優れている。また後席についてもドア開口部の上端が高いのはスーパーハイトワゴンだが、ドア開口部の前後長にゆとりがあるのはスイングドアモデル。また、ドアを開けたところにシートがあり、そこに座るように乗り込めるのも美点と言える。

これらはトールワゴンに共通するファクターだが、タントの室内へのアクセス性は今でこそ全高1545mmに落とされたものの元はハイトワゴンだったホンダ『N-ONE』と並び、出色と言える良さであった。ドアは前後とも90度近くまで開けることが可能であるなど、実用を徹底的に重んじた設計になっているのもN-ONEと同じである。

前編でムーヴカスタムは若年ユーザーに向いているのではと書いたが、そう感じた理由のひとつは若年層のライフスタイルにこの特徴がマッチすると感じられたことだ。家庭環境は人それぞれだろうが、たとえばユーザーが20代、おじいちゃんおばあちゃんは70代でそれほど身体が衰えていないといった場合、後席に車室に乗り込んでから座るよりもドア開口部に暴露しているシートに腰掛けながら乗り込んだほうが手っ取り早く、また楽でもある。ドライバー自身もピラーの位置が前寄りにあるスーパーハイトワゴンより乗り込みは格段に気楽。セダンライクなクルマの使い方をするならば、スーパーハイトワゴンよりトールワゴンのほうが都合がいいということもあるのだ。

予想をはるかに超えて優秀だった燃費性能

0.66リットルターボはライバルに対して少し力感不足な半面、燃費はターボ車としては相当に良かった。0.66リットルターボはライバルに対して少し力感不足な半面、燃費はターボ車としては相当に良かった。
クルマに話を戻す。今回乗ったムーヴカスタムのパワートレインは0.66リットル(660cc)ターボ+CVTという、軽自動車ではごく一般的な構成。最高出力は64ps(47kW)、最大トルク92Nm(9.4kgm)。実際にドライブしてみると、自然吸気よりはもちろんパワフルで加速も素早い。ただし、軽ハイトワゴンのターボカーとしてはどちらかというと鈍足の部類に入る。登り緩傾斜という環境でGPSを使い、0-80km/h加速タイムを測ってみたところ、実測値は10秒4であった。

普段使いでも低中回転域でドーンと過給が立ち上がるセッティングではなく、トルク感は分厚いほうではない。もちろんもっと力感を出そうと思えば出せるのだろうが、意図的にトルクを絞っているような感触だった。最近のダイハツ車のご多分に漏れずステアリング上にはパワースイッチが備えられている。これは山道の登り急勾配などでは短いスロットルオフ時にエンジン回転数が下がって再加速のときにもたつくのを防いだりするのにはそれなりに使えた。スロットルペダル全開時については挙動の差はほとんど感じられなかった。

一方、燃費については予想をはるかに超えて優秀だった。筆者は2020年、自然吸気+マイルドハイブリッドの日産『デイズ ハイウェイスター』でも3000km超のドライブを行い、リポートをお届けした。気温、天候、走行ルートなどは異なるが、ターボ車であるにもかかわらずオーバーオール燃費はそのデイズとほぼ互角であった。

メインスイッチを切るとインパネにドライブデータが表示される。郊外ではこのくらいの燃費が出るのも珍しくなかった。メインスイッチを切るとインパネにドライブデータが表示される。郊外ではこのくらいの燃費が出るのも珍しくなかった。
満タン法による実測燃費は東京を出発後、箱根峠を超えてから新東名120km/h区間、バイパスなどを経由し、ハイペースを保ちつつ奈良の天理に至った552.7km区間が21.3km/リットル、そこから大都市を高速で迂回しつつ一般道主体で北九州・門司に至った637.5km区間が22.7km/リットル。九州内、ワインディングロードを含んだ鹿児島までの長距離移動357.3km区間が22.4km/リットル。

鹿児島市街地を主体に200kmほど走行した後で帰路につき九州道と一般道を混走しながら往路に給油を行った門司のスタンドまでの534.7km区間が18.4km/リットル、そこから山陰回りで愛知県東部の幸田に達した887.0km区間が23.6km/リットル。幸田から静岡の沼津までは高速を使わず一般道とバイパスを使いながらペースを抑え気味に走ってみたところ、その198.7km区間は26.1km/リットルと、今回の最良値。そこから東京東部までの151.3km区間が22.1km/リットル。

ドライブの実感からおおまかな傾向を述べると、まずロングツーリングでは速いペースに乗らず、車間距離を長めに取って惰力を生かして運転すればいくらでも燃費を伸ばすことができるという感じであった。ベストリザルトのリッター26.1kmは、速い流れには乗らなかったもののトラックでもスピードを出している夜間のバイパス走行時のもので、後続車に気を使わなければリッター28kmラインを狙えそうにも思えた。普通に走っていても実測リッター22km台くらいは余裕でキープできる。ちなみに1名乗車での最長無給油航続は往路の637.5kmだった。

一方、高速道路120km/h区間を最も速い流れに乗って巡航するとそこから燃費が大きく低落するという感じであった。高速ではメーター読み90km/hと100km/hの間に燃費の壁のようなものがあり、100km/hクルーズを続けているとリッター20kmを維持できなくなる。デイズに大負けしたのは人口過密であるうえに都市構造が悪く、平均車速の低さでは地方都市の中でも最悪の部類に入る鹿児島市での市街地走行。その区間のみの燃費は計測しなかったが、実測より平均2%ほど良く出る燃費計の値から類推するに、リッター15kmラインを下回った。

真骨頂は車内のゆとりとユーティリティの高さ

助手席側からの前席の眺め。インテリアのデザインの作り込みには力が入っていた。助手席側からの前席の眺め。インテリアのデザインの作り込みには力が入っていた。
次に快適性と使い勝手。ムーヴカスタムのターボ車は155/55R15という扁平率の低いタイヤを履いている。旧式のシャシーで軽量化を図りつつ、そのロープロファイルタイヤで乗り心地とハンドリングを両立させるという芸当はさすがにできなかったようで、乗り心地は正直良くない。路面のアンジュレーションが大きい場所では揺すられ感が出るし、路盤の継ぎ目を通過するときの衝撃も素直に車内に伝えてくる。

前出のデイズの15インチモデルに乗った際、タイヤの内圧を規定より10%弱下げるとフィールが大きく改善した。その経験からムーヴカスタムでも同様に高め、低めといろいろな内圧を試してみたが、改善幅はデイズほどではなかった。

車内のゆとりやユーティリティの高さはムーヴカスタムの真骨頂である。これまでも触れたが、前後ドアの合計長にゆとりがあり、乗り込みが非常に楽であるということ。絞り込みの非常に少ない角型ボディのため、トールワゴンの中では室内のゆとりも高く感じられる。シートアレンジは後席シートスライド長が大きく、人間と荷物のスペース比率をどうするかという設定の自由度も高い。

スライド式のリアシート。奥は一番前に寄せた状態で、二―ルームが不足しているように見えるが、実際には乗れないほど狭くはない。スライド式のリアシート。奥は一番前に寄せた状態で、二―ルームが不足しているように見えるが、実際には乗れないほど狭くはない。
後席を一番前に出しても大人がちゃんと座れるだけのレッグスペースは残り、荷室は奥行き50cm以上を確保できる。大荷物を載せない場合、後席を一番後方に寄せれば、スーハ―ハイトワゴンほどではないものの大人が余裕で足を組んで座れるくらいのスペースが生まれる。

インテリアデザインはなかなか凝ったもので、絶対的な寸法が小さいことを除けば造形的には普通車のミニバンに負けていない。カップホルダーや小物入れには夜になると青く光るイルミネーションが配されている。その色合いは決して上品とは言えないが、クルマという乗り物は必ずしも上品である必要はない。

ムーヴカスタムのようにちょっとやんちゃな感じのモデルが変なところで上品ぶるほうが違和感があるというもので、結構よく似合っていた。昭和世代の中には「ああ、昔は自動車用品店で車内イルミネーションを買ったなあ」などと、昔の思い出がよみがえるという人もいることだろう。ノリの良い室内演出は、登場から長く経った今日でもムーヴカスタムの売りに十分なり得ると思われた。

シートは長距離にはハッキリと不向きだった。座面の両端が柔らかく、コーナリング時やクルマが揺れた時の体重移動を支える機能が不足。ワインディングではさながらやじろべえのごとき感覚である。体圧分散設計もあまり良いとはいえず、休憩を挟んでもすぐに回復しないタイプの疲労が蓄積する傾向があった。同じダイハツでも『ミラトコット』や『ムーヴキャンバス』はそんなことはまったくなかったので、このクルマ固有の特徴と言える。

軽自動車でこれくらい手荷物が乗せられれば立派。軽自動車でこれくらい手荷物が乗せられれば立派。
が、軽自動車はもともと近距離用途が主体。隣県、あるいはそのちょっと先までといった近距離ドライブであれば、その柔らかさがむしろ好感されることもあろうかと思われた。座った時の感触は座布団のようにふわっとしたもので、何やらほんわかした気分にさせられたからだ。また、長距離に不向きとは言っても、筆者が20代の頃に所有していた47万円アルトに比べればレベルが全然違う。事実、こうしてちゃんと鹿児島まで大きな問題もなくたどり着ける程度の能力は持っているのだから。

大阪ド根性的なクルマづくりという独自性

北九州の波止場にて。北九州の波止場にて。
登場から7年目に入り、そろそろ次期型の声が聞こえてきそうなムーヴカスタムだが、使ってみると十分に便利で、しかも愉快な雰囲気を持っているという点で、結構魅力的なクルマであった。車内の圧迫感の小ささは今もトールワゴン随一であったし、軽く流す範囲ではハンドリングも大変良かった。デザインが好きだという場合はもちろんのこと、お値引きが大きかったりおまけをうんとサービスしてもらえるといったことがあれば、積極的に新車を買いに行くのも悪くない。また、将来的に中古を買うという場合も良い選択肢になるだろう。

ライバルはスズキ『ワゴンRスティングレー』、ホンダ『N-WGNカスタム』、日産『デイズハイウェイスター』/三菱『eKクロス』といった、デコレーション重視のトールワゴン。いずれもムーヴカスタムより設計が新しく、ムーヴカスタムにとっては不利な状況だ。が、開発陣が大阪ド根性的なクルマづくりというダイハツの本性を隠そうとせず、素直にデザインや設計に反映させていたことはムーヴカスタムにとって幸いで、その独自性で押せる部分は今もある。

便利が一番だけどちょっとくらいやんちゃな部分もある軽自動車が好きという若年層にとくにおススメである。

総走行距離3363.6kmの旅だった。総走行距離3363.6kmの旅だった。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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