EVトラックの寒冷地試験を独占取材、体感した三菱ふそうの新型『eキャンター』の可能性とは

三菱ふそうのEVトラック『eキャンター』新型の寒冷地試験
  • 三菱ふそうのEVトラック『eキャンター』新型の寒冷地試験
  • 三菱ふそうのEVトラック『eキャンター』新型の寒冷地試験
  • 普通充電と急速充電に対応する
  • 『eキャンター』新型の寒冷地試験に同乗する岡本幸一郎氏
  • 試験の拠点となった北海道ふそう・旭川
  • 三菱ふそうのEVトラック『eキャンター』新型の寒冷地試験
  • 新開発のeアクスルによって、多くのバッテリーを搭載することが可能に
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EVトラックのパイオニア、三菱ふそうの電気小型トラック『eキャンター』新型が3月9日、日本での販売を開始した。新型は3つのバッテリーサイズに、28種類ものシャシーラインアップを用意。CO2削減だけでなく、様々なビジネスケースに対応することで「物流の新時代」をめざす。

そんな新型eキャンターの発売に先駆け、寒冷地試験をおこなう現場に独占取材を敢行した。三菱ふそうがEVトラックで寒冷地試験をおこなう理由、そしてそこから見えてきたEVトラックの可能性とは。モータージャーナリストの岡本幸一郎氏がレポートする。

◆3500kmを走る寒冷地試験

三菱ふそうのEVトラック『eキャンター』新型の寒冷地試験三菱ふそうのEVトラック『eキャンター』新型の寒冷地試験

4年ぶりに同行した三菱ふそうの寒冷地試験の今回の主役は、三菱ふそうが世に先駆けて送り出した電気小型トラック「eキャンター」のニューモデル。発売を控え、このまま市場に出しても問題ないことを最終確認するのが試験の目的だ。

すでに何シーズンにもわたってトータルで実に120万kmにもおよぶ距離をテストしてきたそうだが、「最初のころは、とてもこのままでは売れないよねという状態からスタートしました」とリーダーの大森さんは振り返る。

その集大成となる今回の試験は、1月下旬に栃木県の喜連川の研究所を出て仙台港からフェリーで苫小牧に上陸して旭川ふそうを拠点に数日滞在し、再び苫小牧から仙台へもどって秋田に向かい、雪質の違う環境で数日かけて確認して研究所にもどるという約2週間で3500kmの旅程だという。我々は旭川ふそうで合流し、美瑛界隈と道北での試験の様子を見学した。

◆新開発の「eアクスル」が可能にした多彩なバリエーション

三菱ふそうのEVトラック『eキャンター』の後輪を駆動するeアクスル三菱ふそうのEVトラック『eキャンター』の後輪を駆動するeアクスル

2017年に初代が日欧米の3拠点で同時発売されたeキャンターは、自動車メーカーが手がけた小型トラックとしては世界初のEVトラックであり、本取材の時点において日本で150台あまり、海外約30か国で300台あまりが現役で走っているが、こうした厳しい試験を経て市場に送り出されたこともあって、機構面に起因する大きなトラブルの報告は今のところないという。

新型eキャンターは、先代と比べてかなり大がかりな変更が加えられた。バリエーションも現行車は広幅と呼ぶキャビン部分が広いタイプで、バッテリーを6個積んでいるモデルのみの設定だったところ、新型は日本向けだけでも28仕様、海外向けを含めると合計113仕様にまで拡大される予定で、バッテリーを搭載する個数によりS、M、Lの3サイズが選べるようになり、GVW(車両総重量)も4.25~8.5トンと、ユーザーの使い方と航続距離のニーズに幅広く対応できるようになる。

新開発のeアクスルによって、多くのバッテリーを搭載することが可能に新開発のeアクスルによって、多くのバッテリーを搭載することが可能に

バリエーションの自由度の拡大を可能にした最大の変更ポイントが、後輪を駆動するために新たに開発した「eアクスル」の搭載だ。従来は通常トランスミッションを配置するフレーム下の部分にモーターを搭載し、プロペラシャフトを介してリアデフに駆動力を伝達させていたが、新型にはプロペラシャフトがなくモーターやインバーターやギアボックス等をすべて収めたリアアクスルだけで駆動する。

これにより従来モーターやプロペラシャフトのあったスペースにバッテリーを積めるようになったおかげで、サイドレールの部分がスッキリして、よりスペースを有効活用できて架装等にも柔軟に対応できるようになったのもeアクスル化のメリットだ。

一方で、北海道ではなおのこと4輪駆動の要望も少なくないのだが、現状では前輪を駆動するための構造を搭載するスペースの確保やコストの抑制が難しく、近い将来の実現は難しいという。

◆北海道で試験をおこなう理由

『eキャンター』新型の寒冷地試験に同乗する岡本幸一郎氏『eキャンター』新型の寒冷地試験に同乗する岡本幸一郎氏

テスト車両は国内販売する中で一番重い8トンのモデルで、この日は4トン分のウエイトが搭載されていた。収集したさまざまな情報はすべてデータベースに送信されて処理され、それを各々のパソコンやスマホでも独自のアプリで確認できるようになっている。

昨年にも同じく旭川ふそうを拠点に試験を実施した際には氷雪の影響でいくつか不具合が出たため、対策したソフトウェアを入れ、すでに試験場でコールドチャンバーと呼ぶ低温室の中でもテストして問題がないことを確認できたというが、今回の試験では実際の環境下でも本当に前出の対策で大丈夫なのかをあらためて確認した。

冬の北海道の条件は厳しく、極寒期の北海道で試験して大丈夫であれば欧州でも十分に通用するという。

◆「ハンドブレーキが凍結!?」研究所ではわからないトラブルを出し切る

三菱ふそうのEVトラック『eキャンター』新型の寒冷地試験三菱ふそうのEVトラック『eキャンター』新型の寒冷地試験

ところで販売方法について、従来はリースのみだったところ、新型は売り切りとリースの2本柱となり、リースには電欠した際のレッカー費用を保証するタイプも設定される。というのは、トラックのレッカー費用というのは乗用車よりもはるかに高額だからだ。実際にも試験中に試験車両がトラブルで走れなくなったことがあり、レッカーで運んだのだが、後で届いた請求金額に衝撃を受けたということがあったそうだ。それが年2回まで全額保証されるというのは、ユーザーにとっては非常にありがたい話に違いない。

「とにかく季節を問わず一般道だけでなく高速や研究所の近くのいろは坂のようなきつい峠道にも何度も行って、空車だったりフル積載したりと条件を変えて走り回っていろいろ確認してきて、これなら大丈夫というレベルに仕上がっていると自負しています。とくに冬は、しばらく置いておいただけでも雪がつもったり凍ったりするので予想もしなかったことも起こります。実際にいろいろなシチュエーションで確認して、不具合を見つけてどんどん潰していく。そうやって初めて胸を張って発売できるのです」(大森氏)

寒冷地ではあっという間に凍結する。EVにとっては過酷な環境だ。寒冷地ではあっという間に凍結する。EVにとっては過酷な環境だ。

たとえばハンドブレーキが凍って固着するなど、研究所の中ではわからない、北海道に持ってきて初めて判明したということがいくつもあるという。あるいは机上検討で、このバッテリーなら走れるはずと考えていた距離まで実際に試してみるとぜんぜん届かなかったこともあった。冬にスタッドレスタイヤを履くといくぶん電費が落ちるのは当然だが、そこに天候が悪くて気温が低くなったりすると、想像以上に電費が落ちて航続距離が短くなると。そうした実際に走ってみることで初めてわかったことは少なくない。ディーゼルなら給油すればすむことも、電動だとそうはいかず、天候やタイヤの影響がはるかに大きいように感じられるので、そのあたりをシビアに確認してきたという。

逆に暑いとどうなるかも気になったのが、もちろん同様に問題ないことを確認済みという。

「走る電化製品みたいなものなので、熱源に近いハーネスに大電流が流れて熱を持っても大丈夫なのかなどといったことを確認しました。研究所の近くで暑い場所といえば埼玉の熊谷があるのですが、夏場に熊谷に泊まり込んで日中走り回ったり暑い中に止めておいたり、いろいろなことを試しました。本当は沖縄に連れて行ってくるといいんですけどね(笑)」(大森氏)

◆トラックと急速充電の課題

寒冷地のために三菱ふそうが新型eキャンターで他社に先んじて新たに採用した装備として、フロントウインドウの熱線も挙げられる。今回の試験でも、曇りやすい状況でも絶大な効果があることが確認できた。

一方で、従来なかった無数の縦線が目の前にあるので、関係者の中には気になるという人もいたのだが、本来は目の焦点を遠くに合わせて運転したほうが好ましいことには違いなく、それがちゃんとできていれば気にならないはずなので、そのあたりは運転の仕方でカバーしてくれるよう啓蒙していきたいという。

美瑛の道の駅で、急速充電のテスト。美瑛の道の駅で、急速充電のテスト。

EVにとって重要な急速充電についても、これまで各地の多くの充電スポットで試してきた。高速道路のサービスエリアや道の駅にある急速充電器というのは、基本的に乗用車が使うことを想定しているので、トラックで充電するのが簡単でないところも少なくない。試験の際にも他のクルマに迷惑をかけそうなところでは充電を見送っていたというが、そのあたりは今後インフラを整備する側に働きかけていく必要もありそうだ。そうではない充電スポットについては、場所によってはケーブルが短くてぎりぎりだったところもあるものの、クルマの置き方を工夫すれば届かなかったところはいまのところないそうだ。

「機械によっては充電できないことも開発当初はけっこうありました。そのときは何が悪いのかをその場でパソコンをつないで調べて、原因をどんどん吸い上げていって対策したので、いまではもう大丈夫です。充電できないことはなくなりました。やはり実際にやってみないとわからないことは多いです。たまに機械のほうが壊れているときもあり、そのときは最初どちらのせいかわからなくて苦労したこともあります」(大森氏)

◆絶妙な制御はモーターならでは、回生を活用すればメンテコストも抑えられる

三菱ふそうのEVトラック『eキャンター』新型の寒冷地試験三菱ふそうのEVトラック『eキャンター』新型の寒冷地試験

肝心の走りについて、eキャンターのドライブフィールは独特だという。

「モーターなので踏んだ瞬間に最大トルクを発生します。舗装路なら普通の乗用車よりも速いと感じるぐらい、とても力強いです。ディーゼルだと音を聞いてアクセルを抜いたりしますが、モーターだと静かでそれもないので、気づいたらこんなに!というくらい加速していたりします。身体がディーゼルに慣れているので、上り坂が見えるとあらかじめアクセルを踏む習慣がついているのですが、モーターだと即座に加速するので、そうする必要もありません」(大森氏)

脇道から幹線道路に合流する際にはASR(アンチ・スリップ・レギュレーター。タイヤの空転を防ぐ装置)が作動したのだが、「直角に曲がりながらの上り坂なので、深めにアクセルを踏むと作動してトルクを抑えてくれて、そのままスーッと加速できたので、制御的にはわるくないのかなと思います」と大森氏はいう。

助手席に乗っていると、なんらかの電制デバイスの作動を示すランプが点灯しないのに微妙にトラクションコントロールが効いているような感覚もあったのだが、それはASRではなく、モーターが緻密に駆動力を制御していたからだ。

市街地を抜けて郊外に行くと、かなり凸凹の激しい路面にも出くわして、クルマ自体はエンジンの音や振動もなく静かなのだが、ガタガタな路面のせいで不快に感じることもある。走ってどう感じるかも大事な評価項目であることに違いない。

参考まで、研究所で悪路走行の耐久試験をしていたときに、eアクスルからオイルが漏れたこともあったという。それは、バンバンと跳ねながら瞬間的に急激なトルクがかかったことで引き起こされた、モーター駆動ならではの現象であり、シャフト類の剛性を見直すことになったという。今回走った凸凹の雪道を問題なく走れたのは、十分に対策されていることの表れだ。

『eキャンター』新型の寒冷地試験に同乗。リーダーの大森さん(奥)は「回生が選べるのがお気に入り」と話す『eキャンター』新型の寒冷地試験に同乗。リーダーの大森さん(奥)は「回生が選べるのがお気に入り」と話す

EVならではの強みで、回生の強さを4段階から選べることも、大森さんは大いに気に入っているという。勾配に合わせて選択できて、ブレーキを踏まなくてもアクセル操作だけですむことは雪道だと大きなメリットだ。

さらに、回生を巧く使うことで、あまりブレーキシューやディスクローターを減らさずにすむのは、とくにトラックの重要なポイントであるランニングコストでも有利。回生により航続距離が増えて、部品代もかからなくなるなど、メリットは多い。

凸凹だらけだった幹線道路から裏道に入ると状況は一変して、除雪の行き届いたキレイな路面を、大森さんは「これぐらいの道ではB2(回生のレベル)が走りやすいです」と言いながらリズミカルに走りを楽しんでいた。その間に想像よりもたくさん回生できていたことは、あとでディスプレイでも確認できた。

◆高速道でも驚いたドライブフィールと車線認識機能の進化

充電中にはメーターパネルに充電状況が表示されていた。充電中にはメーターパネルに充電状況が表示されていた。

美瑛の道の駅で、急速充電を実施した。SOCが58%という状態から充電開始。出力は機械側が50kWで、概ね40kW台後半の数字がコンスタントに表示されていたが、気温がマイナス5度程度と低かったせいもあり、車両側は当初39kWと表示され、やがて45kWまで上がった。30分の充電で22.4kWh充電され、SOCは78%まで上昇した。

午後は高速道路も走った。eキャンターの最高速は89km/hでリミッターがかかり、高速道路の走行はあまり想定してないのだが、ユーザーによっては高速道路を走ることも十分に考えられるので、試験は行っている。

そこで印象的だったのは、静かで滑らかなドライブフィールをあらためて実感するとともに、先進運転支援装備の車線認識機能が予想以上に進化していることだ。氷と雪でところどころしか見えなくなっているにもかかわらず、見える白線を確実に捉えていて、逸脱しそうになると警報を確実に発することには驚いた。

最終段階にある今回の試験を、とくに大きなトラブルもなく無事に終えることができて大森さんら関係者のみなさんもホッとしている様子だった。さらには、電気小型トラックの先駆者であるeキャンターのニューモデルらしく、クルマ自体が大きな進化をとげていることもよくわかった。

日本の街を、そして世界のあらゆる道をeキャンターが走り回る日も近い。

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岡本幸一郎|モータージャーナリスト
1968年、富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報映像の制作や自動車専門誌の編集に携わったのち、フリーランスのモータージャーナリストとして活動。幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもスポーツカーと高級セダンを中心に25台の愛車を乗り継いできた経験を活かし、ユーザー目線に立った視点をモットーに多方面に鋭意執筆中。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

《岡本幸一郎》

岡本幸一郎

1968年、富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報映像の制作や自動車専門誌の編集に携わったのち、フリーランスのモータージャーナリストとして活動。幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもスポーツカーと高級セダンを中心に25台の愛車を乗り継いできた経験を活かし、ユーザー目線に立った視点をモットーに多方面に鋭意執筆中。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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