「この歳でのバイクによる参戦は、本当にチャレンジであり、アホであり、バカな冒険だと自分でも思います。しかし、バカやアホはやってなんぼ! トコトンこの路線で進んでいきます。ダカールまで残りあと1か月。このまま突っ走ります」そう言うのはダカールラリー(アルゼンチン、ボリビア)に、45歳にして13年ぶりにバイクで参戦する三橋淳選手。12月2日、壮行会が都内でおこなわれた。レースは2週間をかけて、約9000kmにわたる砂漠や砂丘、土漠、荒野などのオフロードを走り続けタイムを競う。完走率が半分以下の年もあることから「世界一過酷なラリー」と言われる。このラリーで三橋選手は、4輪で5回の市販クラス制覇を果たすなど輝かしい成績を収めてきたが、前回大会でチームを去った。しかし「このままでは終われない」と、新たな挑戦の機会を探していたところに、KTM JAPANのコネクションに辿り着く。長く不在だった日本人のダカール・二輪ラリーストがこのとき生まれ、この先に続くライダーをサポートしていきたいというKTM の思いが、プロジェクトをスタートさせた。とはいえ、四輪では王者の三橋選手も、過去10年以上にわたり二輪での実績は無いも同然。ラリーオーガナイザーであるASOも、同選手のモーターサイクルでのエントリー受諾には難色を示し、出走が危ぶまれていた。最終的には、オーガナイザーが指定する国際ラリーを完走し、実力を示すことを条件としてエントリーを認める、というコンテストに挑戦することになる。10月初旬、急遽選ばれたコンテストラリーとなったのが、ダカールへのテストの意味もありファクトリーマシンも多く参加するメルズーガラリー(モロッコ)。身一つで旅だった三橋選手は、100台を超えるエントリーのなか総合14 位での完走を果たす。ノーペナルティーでの完走はわずか10台だった。「三橋は極めて豊かな才能にあふれ、セルフコントロールに長けたクレバーなラリーストだ。長年モーターサイクルラリーから遠ざかっていたにも関わらず、高順位をキープし、決して限界を超えることなくラリーをコントロールしてゴールまでマシンを運んでみせた」チーム・マネージャーのフィリップ・ダブロウスキー氏は、三橋選手のライダーとしてのスキルをこう高く評価している。そして11月にもチームに合流し、バイクに乗るためのトレーニングを改めてスペインでおこなってきたが、フィットネスでは「若い選手に負けていなかった」と本人はいう。しかしライディングのレベルは、「全盛期のものは取り戻せていない」とも。壮行会では「怪我なく帰ってきたい」と朗らかに笑ったが、その目の奥は真剣そのもの。日本人ライダー初の完走という偉業に、しっかり照準を定めている。
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