25歳にしてバイク歴20年、若きレーサーがテストライダーをめざした理由

ヤマハ発動機でテストライダーを務める、元レーサーの中山愛理さん
  • ヤマハ発動機でテストライダーを務める、元レーサーの中山愛理さん
  • ヤマハ発動機でテストライダーを務める、元レーサーの中山愛理さん
  • ヤマハ発動機でテストライダーを務める、元レーサーの中山愛理さん
  • 2010年、ミニバイクでの表彰台
  • 2014年 GP3での走り
  • 2015年 GP3での走り
  • 2016年 GP3での走り
  • 2017年 全日本ロードレース ST600にて

世の中には専門的な知識や経験が求められる仕事がある。今回紹介するテストライダー職もそのひとつ。ヤマハ発動機のPF車両開発統括車両実験部 プロジェクトGに所属する中山愛理さんも、専門的知識と経験をもつ一人だ。中山さんには「こんなバイクを作りたい」という明確な目標があるという。

25歳の若さでバイク歴20年

ヤマハ発動機でテストライダーを務める、元レーサーの中山愛理さんヤマハ発動機でテストライダーを務める、元レーサーの中山愛理さん

「中山カラーのバイクをいつの日か開発し造り込んでいきたい。言い換えれば、それは自分が納得できるバイクです」

世界の二輪車市場で販売されている車両には各国での法規制があり、結果それが制約になっている。その点をどう考えているのか?

「法規制は絶対です。よってテストライダーや開発者は自分の理想論を持ちつつ、法に合致する妥協点を探る必要があります。でも私はそこに時間をかけてでも“私が担当したバイクです”と自慢できるモデルとして作り上げていきたい!」と力強く語る。ではすでに、中山カラーを活かすバイクの具体例はあるのだろうか?

「レーサーレプリカタイプのスポーツバイクを例に挙げると、山道などで快適に楽しく走れますが、反面、扱いやすさが減ってしまう、これが一般的です。私は5歳からポケバイに4年間、その後ミニバイクに4年間乗り、13歳からロードレースの世界に入りましたが、そのレースの世界ではたとえば足が着かなくても走り出してしまえば支障はないんです。停止する時もメカニックがスタンドをかけてくれるし、ピットでふらつけば誰かが支えてくれます。足つき性能が悪くても、これまでの私にとっては問題ではなかったんです」

2014年 GP3での走り2014年 GP3での走り

中山さんは全日本ロードレース選手権で活躍し、2019年にはJ-GP3クラスで2位を獲得。予選でのポールポジション経験もある。25歳と若いが二輪車歴は20年以上と長い。

「それが公道を走るようになって一転しましたね。自分でバイクを支えなければならないことを痛感して、足つき性能がとても大事であることを学びました。同時に長時間乗車した際の姿勢や疲労感も重要だと理解できたんです。そんな経験を踏まえて、レースからツーリングシーンまで、安心して走れるバイクを作りたい、そんな理想像が見え始めました」

「ずっとレースをやめたかった」

2010年、ミニバイクでの表彰台2010年、ミニバイクでの表彰台

若くして二輪車歴20年以上とは中山さん自身、幼少期からさぞかしバイクが大好きだったのだろうと伺うと、まったく逆の返答だった。

「じつは大嫌いでした。正確にはバイクは嫌いじゃありませんでしたがレースが嫌いでした。父が大のバイク好きであったことから5歳からレースを主軸にバイクに乗ってきたので“他の子と違うことをやらされている”という感覚が強かった。習い事の延長線上にバイクがあったので、自分主体ではなく、親からやらされている感が常にありました」という。

小学生の頃になると平日でも学校から帰ってすぐにミニサーキットへ。すべてレースで勝つためだ。練習にはお母様が付き添ってくれたというが、しっかり夜間も走り込むから帰宅はいつも夜の9時過ぎ。そして土日になればレース参戦のため地方遠征……。

友達とはミニサーキットの定休日と他の習い事がある日だけしか遊べない。英才教育といえば聞こえはいいが小学生といえば遊びたい盛り。中山さんにとって、レースは次第に嫌いな存在になっていく。

ヤマハ発動機でテストライダーを務める、元レーサーの中山愛理さんヤマハ発動機でテストライダーを務める、元レーサーの中山愛理さん

「ずっとレースをやめたかった。レースのない生活を学生時代に過ごしたかったな、と思うことが今でもあります。レースは勝負の世界ですから、生活はすべてレース中心でした。仲の良い家族と過ごしていてもタイムを1秒削るための緊張感が常に家の中にあって、気が休まりませんでした」

自身の心境に変化が現れたのは高校2年生の頃。レースで結果を残し始めると、様々なジャンルのバイクに乗る機会が増えたという。そこで初めて、中山さんはレース以外でバイクに乗り、バイクの楽しさを知る。ロードレーサーとは真逆のトライアルバイクやオフロードバイクでは身体を駆使して操る奥深さも学んだという。

「あらゆるジャンルのバイクに乗り、操作する楽しみを体感できたわけですが、そこで得たスキルのすべてが最終的に自分の畑であるロードレースの世界で活かせて、実際にタイムも向上しました。“レースがんばろう”と思えた瞬間でもありましたね」

テストライダーを目指した原点

2019年、GP3にて2019年、GP3にて

そしてレースの世界で輝かしい結果を残したわけだが、二輪車メーカーへの入社、しかもテストライダーとは、これまた大きく畑が違う。表彰台の真ん中を目指す世界から、バイクの楽しさを伸ばして開発を活かすという、自分中心で結果を出す環境から、他人を楽しませる領域へ。全く逆の世界だ。

「大学生になると、さらにいろんな方々からバイクイベントでの先導走行ライダーやインストラクターなどにお誘い頂く機会が増えました。参加してくださるライダーの方々には、これまで自分がタイムを伸ばす際に悩んでいたこと、バイクを乗りこなす上で難しいと感じていたことをアドバイスとしてお伝えしてきました。そのたびに“上手に乗れた、ありがとう”と言われて、本当にうれしかった。これがテストライダーを目指した自身の原点です」

ヤマハと中山さんの出会いは、大学3年生の時。インターンシップへの応募がきっかけだ。ヤマハは自社で開発と実験、そして生産まで一貫しているので、自身のライダー経験(ロードレース)を活かしつつ、頭も使える(工学部に在籍していた)ことからヤマハへの入社を希望した。

晴れてヤマハに入社した中山さんだが、実験部に配属されたものの、入社後はほとんどバイクには跨がらず数値解析の業務が大半だったという。具体的には、自分が今まで乗ってきた時の感覚の数値化である。しかし、この経験が中山さんを強くする。

路面からの入力をサスペンションを通じて車両フレームがどういなし、いかにして特定の挙動が生み出されるのか、さらにはタイヤとのマッチングや善し悪しとは何なのかを正確に数値化するという工学的な知識と解析手法を徹底的に学んだ。

ヤマハ発動機でテストライダーを務める、元レーサーの中山愛理さんヤマハ発動機でテストライダーを務める、元レーサーの中山愛理さん

そして2022年の夏からはテストライダー職へ。レーサーはタイムを削り、テストライダーにはロバスト性(外乱に影響されない頑健性)が求められる、同じバイクに乗るにしても求められるアウトプットはまったく違う。テストライダーとして活かされるのはヤマハで学んだ数値解析の経験と、培ってきた自身のライディングスキルだ。

メカニックがいるレースの世界では、“あのコーナでこういった動きをするので、このパーツのセッティングをこうしてください”と伝えれば良いが、テストライダーともなれば微妙な違いを感じ取り、それを正確にアウトプットする必要がある。工学的な裏付けも不可欠だ。そこに戸惑いはないのだろうか? 

「実験ですのでデータを残し開発に活かさなければなりません。各車速ごとの車体感覚を理解し、そこでの細かな違いを覚え、それを自分の言葉で記録し、さらに数値に落とし込む必要があります。このプロセスはやりがいがありますが、ものすごく難しい! 乗っているときは身体が覚えていても、ベース基地に戻ってくると感覚を忘れてしまったり。そこでもう一度、走って検証、毎日がこの繰り返し。伝達手法は先輩ライダーからどんどん学んでいきたいです」という。

中山カラーのバイクは「懐が広いバイク」

ヤマハ MOTOBOT Ver.2(モトボット バージョン2)ヤマハ MOTOBOT Ver.2(モトボット バージョン2)

ところでヤマハでは『MOTOBOT』(モトボット)、『MOTOBOT Ver.2』として人型ロボットが通常のバイクに乗るという取組みを行っている。車両を操作して運転する人の情報の可視化して、それに対する車両挙動の関連性を解明し、今よりもっと楽しいバイクの開発に活かすことがMOTOBOTシリーズの開発目的だ。

「私自身、人型ロボットにとても興味をもっています。バイクに乗るときの感覚を言語化するのはライダーです。しかし、実際にライダーの声を開発に織り込む際には、ライダーがその感覚で感じるよりも前に、無意識にライダー自身が入力している情報がとても重要です」

バイクは二輪で車体を支えることから四輪車よりも数多い物理的な力が働き整合している。そこには身体が脊髄反射で対応する瞬間的な動きが大きな役割を果たす。

「乗車時に発生する脊髄反射のメカニズムは複雑でなかなか数値化できません。じつはロードレース時代、ライダーたちは“身体が勝手に動く”と口を揃えていました。だから会話も擬音が中心になるのですが、タイムでみればとても速い。つまり、ライダー自身、すばらしく繊細なセンサーをもっていて、それを無意識に感じ取りながら走りに活かしていることがわかったのです。なので、こうした人間工学的なところを学び、開発に活かしていきたいです」

わずか5歳からバイクに乗り、ロードレースの世界で輝かしい成績を収めた中山さん。そのロードレースでの経験とヤマハ入社後に培った解析業務を礎に、この先はテストライダーとして実際に開発現場で物作りに取り組んでいく。中山カラーのバイクがデビューする日が今から待ち遠しい。

「中山カラーのバイクでは懐が広い、とっつきやすいバイクを目指したいです。ヤマハのバイクはどれも自信をもっておすすめできますが、もっと多くのエントリーユーザーの方々にもヤマハの良さを実感頂きたい。見た目だけでなく走らせた時にも“ヤマハのバイクで良かった”と言って頂ける、そんなバイク造りを目指します!」

ヤマハ発動機でテストライダーを務める、元レーサーの中山愛理さんヤマハ発動機でテストライダーを務める、元レーサーの中山愛理さん
《西村直人@NAC》

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