ダイハツ『ムーヴ』開発責任者が語る、スライドドアを採用した「3つの理由」

初めてスライドドアを採用したダイハツ ムーヴ 新型
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  • ダイハツくるま開発本部製品企画部チーフエンジニアの戸倉宏征さん
  • ダイハツ ムーヴ 新型
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ダイハツが7代目『ムーヴ』の販売を開始した。その大きな特徴はハイトワゴンにも関わらずスライドドアを採用したことにある。その理由について開発責任者に話を聞いた。

◆飛び道具がないムーヴのモデルチェンジ

開発責任者のダイハツくるま開発本部製品企画部チーフエンジニアの戸倉宏征さんは3代目、5代目(商品改良)のムーヴのインパネ周り、先代となる6代目では内外装全体の設計に携わってきた。またご自身も6代目ムーヴを所有しているので、ムーヴには精通した人物といえる。

今回初めて開発責任者を務めることになった戸倉さんは、「歴代のムーヴを担当していましたし、ムーヴが基幹車種だった時代をよく知っていますので、そのムーヴを担当できるというのは非常に嬉しかったですね」と語る。一方で不思議な感覚もあったそうだ。「確かに基幹車種という思いはあるんですが、いまの基幹車種は『タント』ですし、実際の販売台数も倍ぐらい違います。ですから、失敗したら事業にめちゃくちゃ影響するとかのプレッシャーや、ムーヴをかつての基幹車種の時代ぐらいの台数を取ってやるぞみたいな気負いもなかったんです」と肩の力を抜いて開発に取り組めたと話す。

しかし大いに悩んだこともあった。それはどういうクルマにしようかというまさにスタート時のことだった。「ダイハツ初だとか、軽自動車初みたいな新たな技術、“飛び道具”がないんですよ。しかも軽のハイトワゴン市場自体も少しシュリンクしている中でどうしようかなと。どんなムーヴにという前に、そもそもこの市場でどうモデルチェンジしようかという悩みでした」と告げる。

◆スライドドアを採用した「3つの理由」

一方で、スライドドアを採用することは企画の初期段階で決まっており、戸倉さんがチーフエンジニアにアサインされた時にはすでに前提条件になっていたそうだ。その理由は大きく3つあった。

1つ目は、「軽乗用車のスライドドア車の比率が上がってきています。つまりスライドドアの利便性が周知、浸透しているというのがありますし、利便性だけでなくて安心・安全というところも理解が増してます」。この安心・安全について戸倉さんはご自身の経験も照らし次のように回答する。「高齢の方の乗り降りを考えると、スライドドアが便利なんです。例えば自分の親を病院に連れて行く時にスライドドアの方が乗り降りが楽なんです。ですからスライドドアはありだなと考えました」。

2つ目は、「ハイトワゴンは10年以上乗っているお客様が多く、市場の動きが小さくなっている現状があります」という。現在軽ハイトワゴンの保有は約1000万台でそのまま推移しているそうだ。一方で軽ハイトワゴンの新車市場は、「スーパーハイトが出てからぐーっと右肩下がりになったんですが、そこから横ばいで各社3から4000台規模でこれも大きく動かない。何も動かない中で市場を動かすためには、何か大きな変化が必要と考えスライドドアを投入する大きな判断となりました」。

最後は成功体験にある。それは『ムーヴキャンバス』だ。ハイト系の全高にスライドドアを採用した結果、「結構ヒットしたんです。そこでハイト系のサイズ感のスライドドアはお客様に受け入れられるんだということから、早くに次のムーヴはスライドドアでという方向性をとったのです」と説明した。

◆ユーザーの声から浮かび上がった「バランス」

しかし、これだけでは物足りない。そこで多くのユーザーに話を聞いた。すると浮かんできたのは“バランス”というキーワードだった。「私自身ムーヴに乗っていて、確かにバランスが良いんです。そこで企画当初はそのバランスを追求し、質実剛健がキーワードにありました」と戸倉さん。それを伝えデザイナーに描いてもらうと、「決して格好のいいものではありませんでした」と苦笑い。そこから、ユーザーの使われ方をデザイナーや商品企画、製品企画も一緒になってイメージしていった。

「ターゲットを子離れ世代とし、奥様と二人で遠出も楽しめるようなクルマにしたいというシーンが浮かびました。ではちょっと遠出とはどんなものか。それをみんなでイメージを膨らませていったのです」と述べる。ダイハツは会社が大阪にあるので、その遠出の範囲を、「日本海や城崎温泉、和歌山ぐらいの遠出、そういうところでのドライブシーンを具体化していって、実際にデザイナーにはそういうシーンをビジュアル化してもらって、どんどんイメージが膨らませていきました」と話す。

そうしながら、ユーザーイメージも合わせて膨らませていったところ、「特にムーヴを買うお客様はコストバランス、相場感がものすごい厳しいんです。そこは抑えないといけないところです」という気づきもあった。

もうひとつ、ムーヴの購入ユーザーは「バランスだけではなく、人それぞれ何かしらこだわりのポイントがありました。そういうったイメージも膨らませていった時に、デザインから、“動く姿が美しい、端正で凛々しいデザイン”というキーワードとイメージスケッチが出た時に、ドライブシーンとベクトルが合ったんです。そこでようやくムーヴの商品イメージがしっかりとできました」。それは、「バランスだけではなく、こだわりも持っているユーザーが、遠出もしたくなるようなクルマ。そうして商品コンセプトとデザインコンセプトがしっかりと言葉でできて、イメージが共有できたところで本当に企画がスタートできたんです」と振り返った。

◆ムーヴに求められる「走りの良さ」とは

新型を開発するにあたり、当然先代の振り返りも行われる。では先代ムーヴからわかった強みと弱みはなんだったのだろう。まず強みは前出コストバランスとムーヴならではの格好良さだった。「これも難しくて」と戸倉さん。「ムーヴは代が変わるごとにシルエットが大きく変わるんです。ですので、時代時代の格好良さを追求するしかない。それが今回は端正で凛々しい、そして動く姿に繋がっています」。

そして「走りの良さ」も高評価なポイントとして挙げられていることもわかった。しかしムーヴはスポーツ走行などを狙ってるわけではない。「ムーヴは基幹車種という考えもありましたので、軽のど真ん中として、運転がしやすいことを直球勝負でこれまでも作り上げてきています。また乗り心地と操縦安定性を高いレベルでバランスさせていくという歴代ムーヴがずっとやっていることが評価され、それが走りの良さとしてお客様の声として上がっていることに思い至りました」と戸倉さんはいう。

そこで新型では戸倉さんのユーザーとしての経験値も踏まえながら、次のようなシーンを想像しながら仕上げていったそうだ、「おうちを出てまず一般道はある程度乗り心地が良い方がいいですよね。でもフワフワしたものではなく、あたりは柔らかいんですが車両の挙動はスッと収まってほしい。例えば信号から発進するときに、乗り心地を重視するとちょっとピッチングが出てしまうのですが、そういう挙動は出したくない。発進する時もスッとピッチングの変化なく出てほしい」。また、「90度の交差点を曲がるときなど手数が少ない方がいいですよね。そうなってくると、ステアリングの戻り方などは適正にしたい」という。


《内田俊一》

内田俊一

内田俊一(うちだしゅんいち) 日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員 1966年生まれ。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を活かしデザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。また、クラシックカーの分野も得意としている。保有車は車検切れのルノー25バカラとルノー10。

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