【インタビュー】プリウスPHVで“省エネ”から“脱石油”のステージへ…トヨタ小木曽聡常務理事

エコカー EV
トヨタ自動車小木曽聡常務理事
  • トヨタ自動車小木曽聡常務理事
  • トヨタ自動車小木曽聡常務理事
  • トヨタ・プリウスPHV
  • トヨタ・プリウスPHV
  • トヨタ・プリウスPHV
  • トヨタ・プリウスPHV
  • トヨタ・プリウスPHV
  • トヨタ・プリウスPHV

世界初の量産ハイブリッドカー『プリウス』が発売されてからはや15年目に入った今年1月30日、トヨタ自動車は新たに外部電源から充電可能な大型電池を搭載し、短い距離であればエンジンを使わず電気自動車として走ることができるプラグインハイブリッドカー(PHV)『プリウスPHV』を個人ユーザー向けに発売した。

通常のハイブリッドカーが“省エネルギー”を目的としているのに対し、PHVは太陽光、風力、水力、原子力といった多様なエネルギーでクルマを走らせる“脱石油”へと踏み込むもので、今後の先端エコカー技術のメインストリームになる可能性が高い。トヨタの次世代車開発を統括する小木曽聡常務理事に、ハイブリッドカーからPHVへ進化する次世代エコカーのビジョンを聞いた。(聞きてはジャーナリスト井元康一郎と『レスポンス』編集長三浦和也)


◆EVモードだけでない、HVモードの魅力と性能

三浦 プリウスPHVのリースモデルが09年12月に登場してから2年あまり。ようやく個人ユーザー向けモデルが発売されました。私も購入し、先日ようやく納車されて今回東京から愛知までドライブしてみました。リースモデルとはかなり味付けが異なると感じました。以前はEVモードからハイブリッド(HV)モードになったときに、「もう終わりか」という、“がっかり感”がありましたが、市販モデルはEV走行時だけでなくHV走行時のフィーリングも燃費もよく“つぎの楽しみ”が用意されているように感じました。

小木曽 プリウスPHVは脱石油を目指した、まさに新しいステージのエコカーです。リースモデルは普通のプリウスにプラグインのシステムを言わば“ポン付け”したようなものでした。しかし、せっかく市販モデルを作るならば、ユーザーメリットを環境性能だけでなく、クルマとしての良さという点でもきちんと出したかったのです。

EV走行とHV走行の味付けをどうバランスさせるかは、乗り味のなかでもとくに難しいものでした。どちらかを良くすると、もう一方のアラが目立ってしまう。プリウスPHVではその両方を徹底的に良くすることを目標にしたのですが、最後の最後まで、EV、ハイブリッドどちらの状態でも良いと感じてもらえるチューニングのジレンマに苦しみました。その苦労の成果を感じ取ってもらえたのは嬉しい限りです。

三浦 乗り味だけでなく、燃費性能も向上したように感じられました。

小木曽 実はそうなのですよ。通常モデルのニッケル水素電池に換えて、大型リチウムイオン電池を搭載したことは、燃費の向上にも大きな効果がありました。大きい容量はバッテリーの内部抵抗も小さく、回生ブレーキで運動エネルギーをより効果的に回収できます。


◆PHV開発のライバルは、トヨタHV車群だった

三浦 スターティングプライスが320万円という価格は期待していたよりも高かったのですが、PHVはHVの進化系というだけでなく、“究極のHV”だったという面は期待していない部分なので嬉しい誤算でした。

一方で、発売のタイミングとしてはGMのシボレー『ボルト』に大幅に先を越されることになってしまいました。HVの量産モデルを世界に先がけて世に送り出したトヨタとしては、その技術をベースにしたPHVで世界の先陣を切れたのではなかったのでしょうか。

小木曽 もちろん先んじたい思いもありました。実際、3代目プリウスの開発初期の段階からプラグイン化の構想もありました。ですが、HVモデルのバリエーションを用意することを優先しました。安価なハイブリッドカーをたくさん用意することで、多くの台数が売れ、地球環境や資源を守ることに対するトータルでの貢献度が高いという判断からです。

また、それら『プリウス』や『アクア』などのHVモデルが我々にとって、PHV作りを難しくしたもう一つの要因となりました。多くの自動車メーカーにとって、PHVはガソリン車やディーゼル車といった従来技術のクルマを環境性能で上回れば作る意味が生じます。が、我々の場合、HVを超えなければ作る意味を見いだせないという状態になってしまいました。

井元 EVやPHVの場合、充電する電力のソースによってはCO2排出量が高性能なハイブリッドよりもむしろ増えてしまいますし、脱石油の意味合いも薄れてしまう。火力発電由来の電力で走らせた場合、最も効率のよい天然ガスコンバインド発電でもハイブリッドを大きく下回ってしまうというデータもありますね。

小木曽 そうですね。電力が何によって作られたかによって、EVやPHVの環境性能は大きく変わってしまう。HVを超えるということは、実はかなり大変なことなんです。それでもPHVはハイブリッドカーにはない未来志向の部分がある。それはやはり、石油依存からの脱却です。

太陽エネルギーや風力など、エンジンだけのクルマには使えなかったエネルギーへの転換は、石油の需給が逼迫して燃料価格が高騰するにつれて、どんどん意義を増してくると思います。世界が今、EVに熱心に取り組んでいるのもそのためですが、現状ではバッテリー性能が十分でないうえに非常に高価で、その技術の壁を突破するには相当の時間がかかる見通しです。当面はバッテリー量をEVほど多く必要とせず、エンジンとのハイブリッドで航続距離を確保できるPHVが脱石油のソリューションとして最適解だと思っています。


◆PHV進化の方向性

井元 トヨタは現在のリチウムイオン電池に代わる、高性能な次世代電池の研究開発にかなりのリソースを割いていますね。研究室レベルではすでに固体電解質のいいものが見つかったりといった成果も出始めています。それらがモノになればEVの低価格化も一気に進むでしょうが、工業的に実用化されるのはまだ先なのでしょうか。

小木曽 我々の手応えとしては、研究室で作ったものをフィールドに出せるようになるのが2020年頃、普及技術として本格的に民生用のEVに使えるようになるのは2030年頃でしょうか。ただ、2人乗りで行動半径もせいぜい50km以内という近距離用のコミューターならば、2015年から2020年にかけて普及に持っていけるかもしれません。トヨタもそういうEVを現在準備中です。

井元 エンドユーザー向けのPHVとしてプリウスPHVが登場したばかりではありますが、リチウムイオン電池が高性能化、低価格化するにつれて、将来的にPHVのEV航続距離を延ばし、エンジンをダウンサイジングしていくという方向に向かうのでしょうか。

小木曽 今の時点では考えにくいですね。たとえば今よりぐっとバッテリーセル(バッテリーの蓄電部分)の値段が下がって、容量1Whあたり30円になったとしても、10kWh(プリウスPHVの場合、4.4kWh)分で30万円もしてしまいます。ガソリンエンジンはすでに枯れた技術で、1基あたりの原価は10万円以下。排気量1.8リッターのエンジンを1リッターにしたところで、原価は1万円も違わないでしょう。それに排気量があまり小さくなると、エンジン効率も落ちます。多くのお客様の手が届く車両価格や性能のバランスを考えた場合、今のような仕様でコスト削減を図るほうが良いと考えています。


◆PHVの価値を広げる家との接続

三浦 PHVの今後の課題はやはりコストですか。

小木曽 はい。今回のプリウスPHVの価格は、世界販売が年間6万台という計画を立て、環境負荷の低さなどクルマが持っているバリューを考えて、適正に値付けしたつもりです。装備レベルが低く価格も安いLグレードをあえて用意せず、シートヒーターやスマートフォン連携を標準装備にするなどPHVのメリットを感じてもらえることに注力しました。が、これからPHVをどんどん増やしていくには、もっとコストを落とさなければいけません。モデルチェンジごとにコストパフォーマンス、性能を向上させることができるよう、中長期的に取り組んでいきたいと考えています。

コストばかりではありません。インフラ側がクルマの電気化に合ったものに変わっていくことも、PHVが増えるために必要なことです。たとえば自宅でのクルマへの給電。現在、自動車業界は深夜電力を使えばEVやPHVはランニングコストがお得です、という言い方をしていますが、クルマのために(昼間電力の値段が上がる)深夜電力契約をするのは非現実的ですね。太陽電池を装備し、昼間の電力を自前で補うスマートホームなどとセットでないと、実際のコストメリットは生まれません。

三浦 私もPHVを持ったことでスマートホームやH2V(ホーム・トゥ・ビークル:家庭の電気利用や発電とクルマへの充電を協調させる)への興味が湧きました。家庭に太陽電池を持てば、自動車利用の大半において脱石油も脱原発も可能になります。一方でPHVやEVにはV2H(ビークル・トゥ・ホーム:クルマに蓄えた電力を家に供給する)といった新しい使い方があるのではないかとも言われています。昨年の東日本大震災でも、HVが電源車的に使われたりといったことが話題になりました。最初からクルマと外部電源がつながることを前提に作られたPHVではさらに良い使い方ができるのではないでしょうか。

小木曽 V2Hについてはすでに豊田市で行政、中部電力、東芝などと共同で実証実験を行なっています。V2Hのようなインフラがらみのものは、メーカーが単独で勝手に仕様を決めてやってもうまくいきません。きちんと標準化していくことを念頭に、じっくり取り組んでいきます。

私の意見ですが、PHVの場合、バッテリーに蓄えた電力を家に戻すというより、エンジンを発電に使って電力を供給するという使いもなかなかいいのではと思います。プリウスPHVには走行用モーターの他に発電機を搭載していて、定格出力は30kWもあります。EVの場合、バッテリーに蓄えた電力を使ってしまうと走れなくなってしまいますが、PHVもしくはHVでそういう問題はありません。非常時の電源にはとても適していると思います。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

+ 続きを読む

【注目の記事】[PR]

編集部おすすめのニュース

特集