「自分がすべてハンドメイドでつくったクルマを、いつか必ずSEMAに並べたい」その想いだけを燃料に、6年間クルマづくりを続けてきた男がいる。そして、その挑戦を全面的に支え続けてきた女性がいる。SEMA 2025 レポートの第2弾は、現地で出会った素敵な出会いの中でも、ひときわ強く心に残ったご夫婦と、そのクルマの物語だ。
トーヨータイヤのトレッドパスに立っていると、アメリカ人男性と日本人女性のご夫婦が、アクティブガレージの坂本社長との写真撮影を私に頼んできた。撮影を終え、奥様が日本人だったこともあって話をしていると驚きの一言が飛び出した。
◆「夫が全部手づくりしたクルマを、今回のSEMAに持ってきたんです」(Saoriさん)
Excelsior Z(Built by Jeff Siegert)…どういうこと???脳内にハテナがいくつも跳ねた。詳しく聞いてみると、夫のハンドメイドによるクルマがついに完成し、念願のSEMAショーへの出展が叶ったのだと、彼女は目をキラキラさせながら教えてくれた。
ハンドメイドで?どんなクルマをつくったの??聞いた途端、好奇心のスイッチが一気に入った私は、急遽そのクルマに会いに行くことにした。
◆挙式資金で買ったZと、夫婦で歩んだ6年間
Excelsior Z(Built by Jeff Siegert)
なんせ広いSEMAの会場。トレッドパスから屋外の展示エリアへ向かう間の10分ほどで、奥様からさらに話を聞くことができた。夫妻の名はJeff&Saori Siegert。サクラメント在住で、この2025年12月に結婚10周年を迎えるという。
「夫が、いつかの挙式のために貯めていたお金で“フェアレディZを買いたい”と言い出したんです。Zでお迎えに来てもらえるなんて、なんか素敵かもと思ったんですけど…まさか改造するためだったなんて」
Excelsior Z(Built by Jeff Siegert)当時、ジェフさんは美容師として働きながら、空いた時間にガレージにこもってはせっせとクルマのパーツをつくっていた。Saoriさんは続ける。
Excelsior Z(Built by Jeff Siegert)「お金ばっかりかかるし、何してるの?ってしょっちゅう喧嘩もしました(笑)でもドアも取れかけたボロボロのガレージで、文句ひとつも言わず真摯に向き合い続ける彼を見ていたら、これが彼の才能なら応援したいと思ったんです。控えめな性格の夫より、ビジネスの才は私の方があると思っていたので、思いきって美容師をやめてクルマづくりに専念するよう勧めました」
◆甲冑のような350Z(Excelsior Z)との対面
Excelsior Z(Built by Jeff Siegert)到着すると目に飛び込んできたのは、まるで甲冑を着たワイドボディの日産『350Z』(Excelsior Zと名付けられている)。その迫力に、思わず声が漏れた。ハンドメイドの意味が一瞬吹き飛ぶほどの完成度で、細部の造形が光の中で鮮やかに息づいている。
Excelsior Z(Built by Jeff Siegert)「モデルカーの型取りから始めて、デザインを何度も練り直しました。粘土で造形して、FRPとカーボンファイバーで各所を仕上げています。350Zは好きなんですが、ラウンドフォルムが少し物足りないと感じていて。もっとアグレッシヴで、サイバーパンクな印象にしたかった。大好きなガンダムやエヴァンゲリオンにインスパイアされてできたデザインです。未来のトウキョウ、みたいなイメージですね」
アニメに詳しくない私でも、ジェフさんが述べるその世界観は確かに伝わってきた。ではこの造形技術のルーツはどこにあるのか?疑問が自然と湧き、彼に尋ねた。
Jeff Siegertさん「すべて独学です。Youtubeで学びました。昔コスプレにハマっていて、衣装を自作していました。LAでも大きなコスプレ大会があって、そこで入賞したこともあります。でもそろそろ卒業かなって…今度はクルマにコスチュームを着せることにしました(笑)」
見せてもらったコスプレ写真は、細部までこだわり抜かれた圧巻のクオリティだった。狂気さえ見え隠れするその技術と愛情が同居する手仕事が、Excelsior Zにもそのまま息づいていることがよく分かった。
◆日本文化に育てられた少年がSEMAで夢を叶える日、足元にトーヨータイヤを
Excelsior Z(Built by Jeff Siegert)次に気になったのは、彼の日本文化への深い親しみだ。
「祖父はエアフォースのメカニックとして長く日本に駐在していました。叔母も日本人で、両親がミュージシャンで家を空けることが多かったので、叔母が僕たち兄弟の面倒を見てくれたんです。日本語で話してくれたし、料理も文化もたくさん教わりました。今でもカレーライスとからあげが大好物です。日本のアニメもゲームも、幼い頃から自然に触れてきました」
Excelsior Z(Built by Jeff Siegert)ジェフ少年の原風景が、日本文化とともに育まれたことが腑に落ちた。彼が好きなものの延長にはいつも日本があったのだ。そしてついには、愛する妻までも日本人という奇跡に出会った。
「クルマづくりを始めて、世界最大級のトレードショーであるSEMAに出展することが目標になりました。何よりも僕は、作品と制作過程を通して、多くの人に出会えるって確信していたんです」
トーヨータイヤ「PROXES R888R」彼は自ら多くのショップにSNS経由でDMを送り、協力を依頼した。その中には、どうしても履かせたいと願っていたトーヨータイヤも含まれていた。
「アメリカでもとても有名なブランドなので、トーヨータイヤのことは昔からよく知っていました。ゲームや映画でも出てくるし、SNSでも有名なチューニングショップが使っています。日本ブランドは高品質で信頼できるし、世界でもトップクラスの性能とデザイン性があると思っています」
◆仲間に選ばれ、心が折れそうな夜を何度も超えて
Excelsior Z(Built by Jeff Siegert)話を聞いている最中に、彼と嬉しそうに握手を交わす男性が現れた。Netflixの人気番組『Resurrected Rides』(邦題:ザ・メイクオーバー)に出演するSOSカスタムズのロドリゲス氏だった。番組内でミシンを魔法のように使いこなし、美しいダイヤモンドステッチのシートを手で仕上げていく職人技は素晴らしかった。そんな彼らがジェフさんの熱意に心打たれ、Excelsior Zの内装を手がけることを快諾したそうだ。
「協力を頼まれたとき、迷いは一切なかった。彼に、自分たちと同じ情熱を感じたから。僕たちにとってクルマづくりは仕事じゃない。朝起きて“今日も楽しいことしようぜ!”ってやってるだけなんだよね。それは彼も同じだと直感したよ」
SOSカスタムズのSEMA出展車両の協力枠は3台限り。ジェフさんは、その貴重な1台に選ばれた。
「初めの頃は、知らない誰かに協力を依頼することは怖かったしナーバスでした。でもだんだんと、僕がやっていることは僕自身が誰かに自分の価値をオファーすることでもあるんだって気付いたんです。どんどん自分に自信がついていきました」
Excelsior Z(Built by Jeff Siegert)結果的に、車体にステッカーが貼りきれないほど多くのスポンサーに恵まれ、彼のクルマは仲間の愛に溢れたものになった。ジェフさんのひたむきな情熱はそれだけ多くの人の心を動かしたのだ。
「やめたいと思ったことなんて何度もあります。SEMAへの道のりが遠すぎて…。でも、情熱だけは絶対に消えませんでした。支えてくれた多くの人、そして、ずっとそばで支え続けてくれた妻には感謝しかないです。毎日、言葉にして伝えています。彼女は僕の人生における最大のギフトだから」
そう言って妻の肩にそっと腕を回す姿があまりにも自然で、胸がじんと温かくなった。
◆Excelsior Zは日本へのラブレター「ホントウニアリガトウゴザイマス」(Jeffさん)
オーナーでありビルダーでもある Jeff Siegertさん取材中、途切れることなく来場者が訪れ、「Wow!!!」「Coooool!!!!!」と歓声をあげながら写真を撮っていく。私も、もしこの偶然の出会いがなければ、ただかっこいいクルマとして写真を撮って終わっていたかもしれない。まさかその向こうに、こんな壮大なライフストーリーがあるとは思わなかっただろう。
後日、Excelsior Zは「SEMA 2025 ベスト・インポート」賞を受賞。取材や撮影依頼は1時間ごとに押し寄せ、クルマ関係のゲームから熱烈なオファーも来ているそうだ。そんな快挙の後で、彼は静かに言った。
Excelsior Z(Built by Jeff Siegert)「僕の人生において、日本の文化はとても重要です。このクルマは、そんな文化を生み出してくれた日本への、僕からの心を込めたラブレターです。いつか大黒埠頭に連れて行ってみたい。もしかしたらそれが、僕の次の夢かもしれない」
最後に日本語で「ホントウニアリガトウゴザイマス」と、少し照れたように言った。彼のその声音が胸の奥を静かに揺らした。SEMAより愛を込めて。










