「水素エンジンバイク」に立ちはだかる障壁と、ヤマハの挑戦…開発者「環境と感動を、どちらも諦めない」

ヤマハの水素エンジンバイク『H2 バディ・ポーター・コンセプト』
  • ヤマハの水素エンジンバイク『H2 バディ・ポーター・コンセプト』
  • ヤマハの水素エンジンバイク『H2 バディ・ポーター・コンセプト』
  • 水素エンジンを搭載する『H2 バディ・ポーター・コンセプト』と水素エンジンゴルフカー
  • 水素エンジンの研究・開発設備にある水素供給設備。2つのタンクが常備され、施設内に供給される
  • 水素エンジン評価用ベンチ。この部屋は470kWまでの出力に対応する
  • 『H2 バディ・ポーター・コンセプト』の小型水素タンク。トヨタが開発した
  • 『H2 バディ・ポーター・コンセプト』のベースとなっているのは『X FORCE』だ
  • ヤマハの水素エンジンバイク『H2 バディ・ポーター・コンセプト』

ヤマハ発動機は、カーボンニュートラルの選択肢のひとつとして「水素エンジン」の開発を進めている。トヨタ自動車との共同開発で、『GRカローラ』でのスーパー耐久レースへの参戦もサポートしているが、二輪車をはじめとした小型モビリティへの活用も探る。

【画像】ヤマハの水素エンジンバイク『H2 バディ・ポーター・コンセプト』

12月17日、静岡県磐田市のヤマハ発動機本社で、一部報道に向けて水素エンジンの研究・開発設備を公開。ジャパンモビリティショー2025で発表された商用向けの水素エンジンバイク『H2 バディ・ポーター・コンセプト』の走行シーンも初披露。社会実装に向けて開発を進めていることをアピールした。

◆水素エンジンの可能性

水素エンジンを搭載する『H2 バディ・ポーター・コンセプト』と水素エンジンゴルフカー水素エンジンを搭載する『H2 バディ・ポーター・コンセプト』と水素エンジンゴルフカー

ヤマハは環境計画2050の中で、2050年までにカーボンニュートラルを実現すべく、2024年比で86%以上のCO2排出量削減をめざしている。同社のCO2排出量で最も割合が大きいのが「Scope3 Category.11」つまり販売した製品を使用することによって発生するCO2で、さらにその中で最も多い(90%)のが二輪車だ。

これに対しヤマハは「マルチパスウェイ」として、用途や市場に最適なCO2削減手段の選択ができるよう、電動化をはじめ、既存エンジンの効率化、バイオ燃料への対応などを進めている。その選択肢のひとつとして、ヤマハが力を注いているのが水素エンジンだ。

当初は四輪向けにトヨタとともに2015年より研究開発を開始し、2020年からはスーパー耐久レースに参戦するGRカローラ向けの水素エンジンにも関わる。2021年には、水素エンジンの研究・開発設備を本社工場内に開設。2023年より本格稼働し、社会実装に向けて積極的な開発をおこなっている。

水素エンジン評価用ベンチ。この部屋は470kWまでの出力に対応する水素エンジン評価用ベンチ。この部屋は470kWまでの出力に対応する

水素エンジンは、その名の通りガソリンの代わりに水素を燃焼してクルマやバイクを走らせるもの。ガソリンとは違い、燃焼してもCO2の代わりに水(水蒸気)を排出するだけなので温暖化の抑制が期待される。さらに、その大きなメリットは、既存のガソリンエンジンの構造や部品、生産設備の多くをそのまま活用できることにあり、エンジン車の存続という観点でも注目されている。

そのためヤマハは、水素ROV(四輪バギー)や水素ゴルフカー、水素船外機(船舶用エンジン)などを開発し、既存のヤマハ製品の燃料を水素に置き換える可能性を探っている。CO2排出割合の多い二輪車においても、水素エンジンの搭載を目指すのは当然というわけだ。

◆「水素ステーションで充填できない」というギャップ

『H2 バディ・ポーター・コンセプト』のベースとなっているのは『X FORCE』だ『H2 バディ・ポーター・コンセプト』のベースとなっているのは『X FORCE』だ

H2 バディ・ポーター・コンセプトは、トヨタとの共同開発によるもので、生活圏での実用性を重視したスクータータイプとしているのが特徴。155ccスクーター『X FORCE』をベースに、ヤマハが水素エンジンと車体設計を担当し、そこにトヨタが新規開発した小型の高圧水素タンクを搭載する。満充填時の航続距離は実測で100km以上をすでに実現したほか、Euro5排出ガス規制にも対応。重量物である水素タンクをシート下に搭載することで低重心化をおこない、操縦安定性や荷室容量も確保した。

この日披露された走行シーンを見ても、既存のスクーターと遜色ないレベルであることは見てとれたが、社会実装に向けては大きな課題があるという。それがインフラだ。EVの普及において話題になるのは充電インフラの整備だが、水素の場合はさらに輪をかけて水素ステーションの数が少ないのは周知の通り。だがここでの課題は数ではなく、そもそも水素バイクの充填が、既存の水素ステーションで認められていないことにある。どういうことか。

『H2 バディ・ポーター・コンセプト』の小型水素タンク。トヨタが開発した『H2 バディ・ポーター・コンセプト』の小型水素タンク。トヨタが開発した

水素バイクのタンク容量は、国土交通省が定める技術基準によると23リットル以下、とされているが水素搭載量が50リットル(2kg)以下の車両は一般水素ステーションでの水素充填が禁止されているのである。水素の充填はタンク内の圧力変化による温度上昇をモニタリングしながら安全な速度で実施されるが、このプロトコルが2kg未満の容量に対応していないことによるものだ。

H2 バディ・ポーター・コンセプトは23リットル(0.9kg)、水素ROVでも25リットル(1.0kg)のため、実際に販売されても水素の充填ができないことになる(トヨタの『MIRAI』は5.6kg、ヤマハの水素ゴルフカーは2.0kgのため充填可能)。ここに技術基準とインフラのギャップが生じてしまっている。

◆法改正への追い風に

ヤマハの水素エンジンバイク『H2 バディ・ポーター・コンセプト』ヤマハの水素エンジンバイク『H2 バディ・ポーター・コンセプト』

また、水素タンクの「種類」にも課題がある。H2 バディ・ポーター・コンセプトに搭載されている樹脂製タンクの「タイプ4」と呼ばれるものは、水素バイクに搭載し公道を走行することが法令で認められていない。つまり現状では「高圧ガスタンク」扱いとなることから、火気から5メートル以上の距離確保や、「高圧ガス」の表示をおこなう、消火設備を備える、「高圧ガスの貯蔵」に該当するため2時間以上の駐車ができない…など、現実的なモビリティとしての利便性を全く欠くものになってしまうという。

これについては、各種試験の結果から「公道を走行しても問題ない車両」であると緩和規定を受けることが認められたが、公道走行そのものについては判断規則がないため現時点では不可となっている。それでも「ヤマハにとって大きな一歩」だと、開発者である技術・研究本部AM開発統括部第2技術部 水素エンジン実験G グループリーダーの雪島涼氏は語る。

水素エンジンゴルフカーには400cc単気筒エンジンを搭載水素エンジンゴルフカーには400cc単気筒エンジンを搭載

「様々な社会実装に向けての課題はあるが、我々の持ってる経験や設備を最大限に生かしながら、エンジンの開発、車両の開発、また走行安定性の開発など、挑戦は続けている。今回こだわったのは技術だけじゃなく、今後変えていかないといけないギャップや、法改正への追い風になりたいという思いがあって、このモデルを開発している」とし、H2 バディ・ポーター・コンセプトを切り口に、水素バイクの社会実装に向け風穴を開けていく構えだ。

「ヤマハにとってエンジンは単なる機械ではなく、“感動”の源だと思っている。環境と感動を、どちらも諦めない未来を目指して、今後も挑戦と発信を続けていく」(雪島氏)

《宮崎壮人》

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