「主役はタンク色だけじゃない」話題の新型ヤマハ『XSR900』、日本限定「アイボリー」に込めたデザインの想いとは?

ヤマハ XSR900 2025年モデル(セラミックアイボリー)
  • ヤマハ XSR900 2025年モデル(セラミックアイボリー)
  • ヤマハ XSR900 2025年モデル(セラミックアイボリー)
  • ブラウンのシートもアイボリー専用の組み合わせとなる
  • タンクに描かれた2色のストライプは「影の立役者」だという
  • GKダイナミックス CMFG動態デザイン部のデザイナー福吉孔志郎さん
  • 新型XSR900のプロジェクトリーダー 橋本直親さん
  • ヤマハ XSR900 2025年モデル(セラミックアイボリー)
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スポーツバイクでは珍しい「アイボリー」。ヤマハ『XSR900 ABS』2025年モデルに新設定されたこのボディカラーは日本限定色だという。どんな狙いから生まれたのか? デザイナーにインタビューした。

◆レーシングイメージは「XSR900GP」に任せた

「XSRのカジュアルなスタイルが問われる時期に来た。レースヘリテージを持つとはいえ、XSRはレーシングスーツを着て乗らなくてはいけないようなバイクではない」

3月13日に都内のカフェで開催された新型XSR900(2025年モデル)の発表会で福吉孔志郎さんは開口一番、こう語った。GKダイナミックスのCMFG動態デザイン部に所属し、今回のカラーリング実務を手掛けたデザイナーだ。新型に日本限定カラーとして用意された「アイボリー」は、「カジュアル」をキーワードにデザインしたという。

GKダイナミックス CMFG動態デザイン部のデザイナー福吉孔志郎さんGKダイナミックス CMFG動態デザイン部のデザイナー福吉孔志郎さん

2016年モデルとして新登場した初代XSR900は、スポーツバイクの本質に立ち返りながら「ネオレトロな世界観」を訴求した。それに対して2022年にフルチェンジした2代目は、ヤマハのレースヘリテージにフォーカス。デザイナーたちはヤマハの倉庫に眠る80年代のレーシングバイクに跨がり、当時の開発者の心情に思いを馳せながら開発を進めた。

レースという極限の世界に「カジュアル」などないはず。しかしXSRの懐は深い。新型XSR900のプロジェクトリーダーを務めた橋本直親さんが、発表会で語った言葉にヒントがありそうだ。

「従来モデルはレーシングイメージでコンセプトを作り、ブルーメタリックやブラックでそれを訴求したけれど、XSR900GPを発売したので、レーシングイメージはいったんそちらに任せることができる」

ヤマハ XSR900 GP(ホワイト)ヤマハ XSR900 GP(ホワイト)

昨年5月に登場した『XSR900GP』は、まさに80年代ヤマハのGPマシン(とくにYZR500)を彷彿とさせるレーシーなデザイン。カラーリングも往時と同じ赤白だ。2代目のコンセプトを極めたこれが登場したことで、「オーソドックスなスタイルを持つスタンダードのXSR900は、もう少しカジュアルな方向に振ってもよいと考えた」と橋本さんは話す。

福吉さんも「ヤマハの誇る造形美やお洒落なスタイルには、若者を引き寄せるパワーがある」と若いライダーに期待を寄せつつ、「わかりやすいのはカフェレーサーだが、それを現代版にアレンジし、穏やかでカジュアルなカフェスタイルに重点をおいてデザインした」と語っている。

◆「カジュアル」という持ち味

発表会に展示されたアイボリーの「XSR900」カスタマイズコンセプト発表会に展示されたアイボリーの「XSR900」カスタマイズコンセプト

ヤマハ側でこのXSR900のデザイン企画を担当した澁谷啓之さんにも話を聞いた。

「2代目XSRは80年代のレースマシンを参照しながらデザインして、カラーリングでもそれを強調した。メインのターゲットカスタマーには喜んでいただけたと思っているが、一方でXSRはもっとカジュアルにバイクを楽しみたいお客様にも魅力的なモデルなので、そこをカラーリングでわかりやすく伝えたいというのが今回のデザインの狙いだ」と澁谷さんは語り、こう続けた。

「SR400がなくなった今、いわゆるバイクらしいバイクのデザインのモデルはヤマハにXSRしかない。足付き性も含めて、大型バイクのなかで男女問わず、とくに若い世代のお客様に受け入れていただける素地がXSR900にはある。そういうXSRの魅力に気付いてほしいという想いで開発を進めた」

レーシングスーツでなくても似合うカジュアルさを、XSRはもともと持っていた。それをあらためて訴求するために、スポーツバイクの本質を大切にしながらも、レースヘリテージに由来するカラーリングではない新色が必要になったわけだ。

◆服を選ばない中間色

ヤマハ XSR900 2025年モデル(セラミックアイボリー)ヤマハ XSR900 2025年モデル(セラミックアイボリー)

2025年モデルのカラーバリエーションは3色あるが、やはり注目は日本限定カラーの「アイボリー」だろう。タンク/サイドカバーの正式な色名は「セラミックアイボリー」。調べてみると、2010年代前半に『XVS250』や『XVS400』に設定された例がある。しかしGKの福吉さんは「それは知らなかった」と苦笑。数百色もある既存色から選んだ結果が、たまたまXVSと同じ色だった。

福吉さんによれば、「既存色でどこまで狙いを表現できるかを、まず検討するのが通常のプロセス」とのこと。ヤマハの澁谷さんはデザイン企画の立場から、「新色を開発しないと決めていたわけではないが、福吉さんが既存色で提案してくれたいくつかの案を見た瞬間、充分に(採用案を)選べると直感した」と振り返る。

では、セラミックアイボリーに絞り込むまでに、どんな想いがあったのか? 「ライダーの服を選ばない中間色をキーポイントにデザインした」と福吉さん。赤、青、黄などそれぞれの色相のなかで、最も彩度が高い=鮮やかな色を純色と呼び、純色にグレーを混ぜたものが中間色だ。彩度が下がり、落ち着いたイメージになる。

ヤマハ XSR900 2025年モデル(セラミックアイボリー)ヤマハ XSR900 2025年モデル(セラミックアイボリー)

そして、いくつかの中間色を検討したなかで、「アイボリーがとても新鮮に思えたし、XSRらしいネオレトロにも通じる落ち着いた色なので、カジュアルという狙いにマッチすると考えた」と福吉さんは語り、「最終的にアイボリーを選んだのには、カジュアルに振るだけではなく、XSR900の造形美をしっかり訴求したいという想いもあった」と続けた。

アイボリー(象牙色)は黄色味もしくは茶色味を帯びた明るいグレーだ。白に近いが、白よりも明暗が見えやすいのでタンクやサイドカバーの立体造形が際立つ。

「ただし、アイボリー単独で考えたわけではない」と福吉さん。「ブロンズのフロントフォークやブラウンのシートを、主役級にしたい。それとセラミックアイボリーをどう掛け合わせたら、カフェスタイルの世界観を実現できるかを考えた」

◆色を実現するためのカシマコート

ブロンズ表現のために「カシマコート」を採用したフロントフォークブロンズ表現のために「カシマコート」を採用したフロントフォーク

フロントフォークの色はブロンズ。ゴールドよりも赤味がかっていて深みもあるブラウン系だ。「フォークやシートをカスタマイズするのはカフェスタイルのひとつだが、それをあまり目立つ色にはしたくなかった」と福吉さん。XSRらしいカジュアルなカフェスタイルとして、ブロンズ色にこだわった。

その想いに応えて、ヤマハ技術陣が採用したのが「カシマコート」(株式会社ミヤキの登録商標)である。プロジェクトリーダーの橋本さんは発表会で、「私の知る限り、色が欲しくてカシマコートを採用したのは今回が初めて」。なぜ、異例の採用に至ったのか? 

アルミ製品に耐久性の高い色を付ける手法にアルマイト処理(陽極酸化)がある。アルミの表面に酸化皮膜を形成する処理だが、酸化皮膜にはナノサイズの孔が無数にあいているので、染料を孔に吸着させて着色することができる。

一般的にはブラウン系の着色も可能、しかしバイクの使用環境は過酷だ。デザイン企画の澁谷さんによれば、「染料でブラウンにチャレンジして色味を検討したが、耐候性試験で問題が出た。太陽光で色が褪せて黄色っぽくなってしまった」という。

ヤマハ XSR900 2025年モデル(ブラックメタリックX)ヤマハ XSR900 2025年モデル(ブラックメタリックX)

そこで「カシマコート」の出番となった。通常より酸化皮膜が厚い硬質アルマイトで、なおかつ表面の孔に二硫化モリブデンを電解析出させたもの。身近な例で言うと、固着したボルトに手を焼いたとき、シュッと吹き付けるアレの主成分が二硫化モリブデンだ。潤滑性に優れる「カシマコート」は、摩擦抵抗を下げたり耐摩耗性を高めたりするために使うのが本来なのだが…。

「二硫化モリブデンが生み出す色が、我々の狙いにドンピシャだった」と澁谷さん。「カシマコートは通常のアルマイトよりコストがかかるけれど、開発メンバーの満場一致で採用になった」

このブロンズ色のカシマコートは実は、スーパースポーツの『YZF-R1』『YZF-R9』の2025年モデルにも使われている。澁谷さんによれば、「レース仕様のR1で使われていたフロントフォークの色を市販車で再現しようと開発していた。それを今回のXSRに採用した」とのことだ。

タンクに描かれた2色のストライプは「影の立役者」だというタンクに描かれた2色のストライプは「影の立役者」だという

一方、シートは少し赤味がかったブラウン。こちらは新色だ。そしてタンク前方のタンクカバー部分には、ブラックとブラウンの2色のストライプをあしらう。黒いエンジンがあり、ブラウン系のフロントフォークとシートがあり、それらをつなぐベースとしてセラミックアイボリーのタンク/サイドカバーがある。このカラーコーディネートに、まとまり感を与えるのがこの2色のストライプ。福吉さんは「影の立役者」と、それを位置付けている。

◆カジュアルなカフェスタイル

ヤマハ XSR900 2025年モデルの3色ヤマハ XSR900 2025年モデルの3色

2025年モデルは「ホワイト」、「ブラック」、そして「アイボリー」の3色を展開する。「ホワイト」はXSR900GPと同様に白地に赤のカラーリングで、2代目本来のレースヘリテージを表現。定番の「ブラック」は従来あったタンクのストライプを廃止し、フロントフォークもブラックにしつつ、ホイールをゴールドに変えてブラック&ゴールドのコントラストを際立たせている。

海外向けはこの2色なのだが、そこに日本専用の「アイボリー」を用意した。なぜ日本だけなのか? 

発表会でプロジェクトリーダーの橋本さんは、「欧州に比べて日本ではネイキッドバイクを好むお客様が多いが、XSR900はフレームも鉄ではなくアルミのデルタボックスで、スタンダードなネイキッドバイクに対して少しクセがある」と語り、こう続けた。「カジュアルな色を提供することで、XSR900のイメージをファッショナブルなほうに寄せて、より多くの方にご検討いただきたいと考えた」

新型XSR900のプロジェクトリーダー 橋本直親さん新型XSR900のプロジェクトリーダー 橋本直親さん

XSR900のメイン市場である欧州では2代目の「ネイキッド+クセ=レースヘリテージ」の図式がうまく通用したが、日本ではそれが顧客層を限定する結果になっていたのだろう。そこを澁谷さんに訊ねると…。

「先ほども申し上げたように、XSRには幅広いお客様にアプローチできる素養がある。言い換えればクセのない部分もたくさん持っている。日本では欧州よりも、そういうクセのないものを求める傾向が強いことが見て取れたので、そこにフォーカスしたカラーリングを日本のお客様に提供しようと考えて、今回のアイボリーを開発した」

カジュアルなカフェスタイルで、若者や女性を含めて日本の幅広い層に訴求するのが「アイボリー」だ。ちなみにこれは9月末を受注期限とする期間限定色でもある。「大阪モーターサイクルショー2025」では目玉車両のひとつとしていち早く展示され注目を集めた。「東京モーターサイクルショー2025」や「名古屋モーターサイクルショー2025」で実車をチェックしてから注文を、と考えているファンも少なくないはずだ。興味ある人は、お早めに!

「大阪モーターサイクルショー2025」に展示されたヤマハ XSR900シリーズ「大阪モーターサイクルショー2025」に展示されたヤマハ XSR900シリーズ
《千葉匠》

千葉匠

千葉匠|デザインジャーナリスト デザインの視点でクルマを斬るジャーナリスト。1954年生まれ。千葉大学工業意匠学科卒業。商用車のデザイナー、カーデザイン専門誌の編集次長を経て88年末よりフリー。「千葉匠」はペンネームで、本名は有元正存(ありもと・まさつぐ)。日本自動車ジャーナリスト協会=AJAJ会員。日本ファッション協会主催のオートカラーアウォードでは11年前から審査委員長を務めている。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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