こんなにある、日本未上陸の輸入車ブランド その2…ルーマニア車がプジョー&フォードより売れている!

セアト・レオン
  • セアト・レオン
  • セアト・レオン
  • ショッピングモールに展示されたセアト・アローナ。イタリア・シエナ
  • セアト・アローナ
  • セアト600
  • セアト1200スポルト
  • セアト・パンダ
  • VW Up!の姉妹車であるセアト・ミー

フォルクスワーゲンとルノー両グループには、日本未上陸のサブブランドがある。それらは、近年ヨーロッパ市場を中心に目覚ましい躍進ぶりをみせている。以下その4ブランドを紹介しよう。

セアト

セアトはフォルクスワーゲン(VW)グループの1ブランドで、スペイン・カタルーニャ州のマルトレイを本拠としている。会長はVWのヘルベルト・ディースが務めている。同社の歴史は1950年、スペイン産業省とフィアットとの合弁企業Sociedad Espanola de Automoviles de Turismo(スペイン乗用車会社)に由来する。

1957年にフィアット『600』の現地版セアト『600』を発売。1960~70年代もフィアット車のスペイン版を次々と市場に投入した。1980年には初代フィアット『パンダ』の姉妹車セアト『パンダ』(のちのセアト『マラベーリャ』)を発売。後年本国版パンダがマイナーチェンジとともに高価格化していく中で、簡素さを維持したことから各国で支持を得た。

1976年『1200スポルト』は、ドイツのNSUが経営危機で放棄したシャシー設計を活用。そこにアルド・セッサーノ・デザインのボディを組み合わせたものだった。1984年のコンパクトカー、初代『イビーザ』は、デザインがジウジアーロ、ボディ設計はカルマン、エンジニアリングはポルシェという錚々たるコラボレーターで、セアトの名を自動車界に知らしめた。日本にも並行輸入が行われた。

VWグループによる資本参加が開始されたのは1986年で、1990年には出資比率が99.99%にまで達した。近年セアトは、VWグループのMQBプラットフォームを活用するいっぽうで、バルセロナの自社スタジオ主導でボディをデザイン。グループの中で独自のブランディングを推し進めてきた。

ショッピングモールに展示されたセアト・アローナ。イタリア・シエナ2020年現在は8モデルをラインナップしている。2019年の欧州乗用車販売ランキングでは、Cセグメント車『レオン』の27位(13万7669台)が最高である(出典 : JATOダイナミクス)。いっぽうでセアト・ブランド単独の販売台数は前年比10.9%増の57万4100台で、セアト創業以来過去最高となった。市場別の上位3カ国はドイツ、スペイン、英国だが、伸び率の首位は前年比30.8%を示したイタリアであった。

成長の牽引役を務めたのは、2015年から2020年1月までCEOを務めたイタリア人ルカ・デメオであった。デメオは2020年7月からルノー・グループの新CEOとなることが内定している。彼が去ったあと、セアトが今までの勢いを維持できるかが注目される。

クプラ

クプラはセアトの、“ブランド・イン・ブランド”といえる位置づけだ。もともと「Cupra」の名称は、2000年代初頭からセアトのスポーツ・バージョンに与えられてきた。しかし、ルカ・デメオCEOは2018年1月、より独立性をもたせたハイパフォーマンス・ブランドに昇格させることを発表。同年3月のジュネーブモーターショーで、セアトのコンパクトSUV『アテカ』を基にしたクプラ『アテカ』を公開した。

ドイツのフランクフルト・アム・マイン空港に展示されたクプラ・アテカ2020年2月現在の車種系列はクプラ・アテカのほか、セアト・レオンの姉妹車であるコンパクトカー、クプラ『レオン』と、そのワゴン版クプラ『レオンスポーツツアラー』の全3車種である。2018年の販売台数は1万4352台で、最大の市場はドイツ(6241台)、次いでスペイン(1608台)であった。

当初の各国での販売は既存のセアト・ディーラーが担当するが、専売ディーラー245拠点の設置もすでに計画として掲げられている。メキシコには2019年11月、世界初のフラッグシップストアである「クプラガレージ」が開設された。参考までに、目下の主力市場であるドイツのフランクフルト・アム・マイン空港のターミナルには、すでに常設のクプラ展示スペースが設けられている。

シュコダ

シュコダは、セアト同様にVWグループを構成する12ブランドのひとつで、チェコ共和国のムラダー・ボレスラフに本社を置く。

シュコダは1895年、オーストリア-ハンガリー帝国時代にヴァーツラフ・クレメントが興した自転車修理業に端を発する。1899年、「ラウリン&クレメント」としてモーターサイクルを製造開始したのに続き、1905年には初の四輪車に進出する。しかし工場火災を機に1925年、既存の重工業メーカー、シュコダに再生のため資本協力を仰ぐ。以降、ブランド名「Skoda」となった。

第二次大戦後は、社会主義体制となったチェコスロバキア政府のもと国営化されたが、製品は西側自由諸国にも輸出された。ベルリンの壁崩壊の翌1990年、新政府はシュコダのVWグループとの資本提携を認める。VWは徐々に出資比率を高め、2000年には100%に達した。

シュコダ・カロック現行シュコダのラインナップは7モデルで構成されている。世界の販売エリアは約100の国と地域に及ぶ。生産拠点はチェコ本国のほか、VWグループのもと中国、スロバキア、ロシア、そしてインドに及ぶ。加えて、現地企業とのジョイント・ベンチャーのもと、アルジェリア、ウクライナ、カザフスタンでも生産が行われている。

2019年の欧州乗用車販売台数ランキングでは、Cセグメントのセダン/ワゴン『オクタヴィア』が22万0381台で12位、コンパクトカー『ファビア』が15万7892台で23位に入っている(出典: JATOダイナミクス)。2018年の新車引き渡し台数におけるトップは中国の34万1000台で、以下ドイツ17万6000台、チェコ9万3000台、ロシア8万1000台と続く。

ダチア

ダチアは、ルノー・グループの1ブランドである。その歴史は1966年、社会主義政権下のルーマニアに設立された自動車工場に遡る。Daciaとは、ルーマニアが古代ローマの植民地だった頃の地名「ダキア」に由来している。最初のモデルは、ライセンス供与元であるルノー『8』をベースにしたダチア『1100』であった。

1989年のチャウシェスク政権崩壊から10年後の1999年、以前から提携関係にあったフランスのルノーが株式の取得を開始。現在その比率は99%を超える。

ダチア・サンデロルノー傘下における新時代のダチア1号車として2004年に誕生した初代『ローガン』は、ルノー-日産の『B0』プラットフォームが用いられていた。西ヨーロッパ諸国では、徹底したコストダウン設計の恩恵である約5000ユーロという低価格で話題を呼んだ。その後ローガンはルノー・グループのグローバル戦略のもとで生産拠点を増やし、今日ロシア、ブラジル、コロンビア、インド、モロッコ、イランで製造されている。

2019年の欧州乗用車販売台数ランキングでダチアは、小型ハッチバック車『サンデロ』が22万5220台でプジョー『208』やフォード『フォーカス』を抜いて6位、クロスオーバーの『ダスター』が22万0935台で10位、と2モデルもトップ10にランキングしている(出典 : JATOダイナミクス)。

2019年フランス・オワーズ県で開催されたダチア・ピクニック今回紹介した各ブランドが活況を呈している背景には、第一に、実質GDP成長率が依然2%台という、ユーロ圏における先の見えない経済状況があろう。第二に、イタリアのようにリーマンショック以降、当局による税務調査が年々厳格化されるなかで、その対象となりやすい高級車をユーザーが回避した結果ともいえる。

同時に、ユーザーの世代交代も見逃せない。ベルリンの壁崩壊から30年が経過し、シュコダやダチアに、旧社会主義圏時代のイメージが希薄になっていることもある。ダチアに関していえば、メーカー主導とはいえ「ダチア・ピクニック」と題したファンイベントさえ開催され、人気を集めている。2019年6月にフランス・オワーズ県で開催された第11回大会には1万人が参加した。ヨーロッパにおける新興ブランドへの意識は、日本では想像できないレベルで着々と進んでいるのである。

日本未上陸の輸入車ブランド その1…かつて販売されていたブランドは今
日本未上陸の輸入車ブランド その3…チャイニーズ・イタリアン快調

《大矢アキオ》

編集部おすすめのニュース

特集

おすすめのニュース