カワサキはZだけじゃない!筋金入りの“W”乗りが箱根集結…「ダブワン」の魅力とは

1971年 W1SA
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  • W1ミーティング
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  • W1愛好会 安池副会長
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根っからのカワサキ好きたちが春と秋、年に2回ほど富士の麓(箱根や河口湖)に集まっている。カワサキといえば「Z」か……!? いいや「W」だ。

1966年の『W1』(ダブワン)から73年に発売した『650RS』通称“W3”(ダブサン)までの系譜。昔から熱狂的ファンがいることで知られている。

10月7日、箱根十国峠レストハウスにて「第34回W1ミーティング」が開かれた。旧車に興味のあるバイク乗りなら一度は聞いたことがあるはず。四半世紀以上にもわたって開催されてきたこのイベントは、毎回200台を超える「W」が集まることで有名だ。

ファンら自身によって欠品部品をリプロダクト


ミーティングを主催するW1愛好会の安池副会長はこう言う。

「Wの魅力はやっぱり音なんです。その排気音は、かつてレコードになって売られたほど。オートバイなのに、まるで楽器。だから乗り手は走者じゃなくて“奏者”であって、いいサウンドを奏でようとシフトチェンジやアクセル操作を駆使する。走っているときは自分自身も酔いしれますし、まわりも酔わせられるようアーティストが演奏するようにして走るんです」

このミーティング、注目すべきはメーカーや販売店が主催するのではなく、愛好家ら自らの手によって運営されている点だ。これこそが、正真正銘のモーターサイクル愛好会だと筆者(青木タカオも1971年式W1SAを所有)は思っている。

というのも、ただ単に集まって情報交換したり、愛車自慢し合っているのではなく、メーカーから供給されなくなったパーツを自分たちでリプロダクション(再生産)し、仲間らで分け合う場でもある。

作る側は営利目的ではないので、リプロパーツの価格が高騰するようなことはない。欧州にはビンテージバイクを愛でる文化が古くからあるが、まさにこうしたやり方でエンスージアストたちがアンティークバイクを楽しんでいる。

神奈川のW1愛好会をはじめ、「W1クレージーズ」と呼ばれる人たちが協力し合って、1980年代からこうした仕組みを確立。メーカーからの部品供給がとっくに終わってしまったオートバイながら、愛好家らの熱意によってW1シリーズは生き長らえているのだ。

ダブワンって、何がそんなにスゴイ……!?


「W」の人気は、その熱狂度を考えれば「Z」にも負けず劣らない。こう言い切ってしまうのは、筆者が25年にも及ぶオーナーだから贔屓していると言われればそれまでだが、カワサキにとってプライドの持てるブランドであることは確かだ。今回は言及を避ける「マッハ」も然りだが……。

実際、カワサキは1998年に『W650』をリバイバルし、セールスは好調であった。2006年には普通2輪免許で乗れる『W400』も発売し、ファン層をさらに拡大。2008年に両車とも排ガス規制によって惜しまれつつ生産終了となるが、2011年には排気量を上げた『W800』が国内ラインナップに復活し、16年まで販売された。W1ミーティングにはW800やW650の参加者もいて、W1シリーズに興味のある人なら車種やメーカーは問わず歓迎している。

もちろん主役は、OHV2バルブのバーチカルツイン(直列2気筒)を積んだ元祖たちだ。その流れを単純に追ってみると、1966年の『W1』、シングルキャブをツイン化してフロントホイールを18→19インチにした68年の『W1S』、英国式の右チェンジを左チェンジにした71年の『W1SA』、そしてドラム式だったフロントブレーキをディスク式しかもデュアル仕様にした最終型73年の『650RS』(W3)へと続く。その間、輸出仕様の『W2SS』『W2TT』などもあり、W1ミーティングでもその姿が見られる。

W3と呼ばれる最終型は74年12月に生産打ち切りとなるが、36万3000円だった当時の新車に50万円のプレミアム価格が付くという珍しい現象も起きるほどの人気ぶりであった。「もう、こんなオートバイは二度とつくられない」そう考えたバイクファンらが、こぞって買い求めたのだ。

最高出力53ps/7000rpm、最大トルク5.7kg-m/5500rpm、リターン式4段変速。スペックやメカニズムは74年の段階で、すでに古めかしいとしか言いようがなかったのに、なぜなんだ……。ホンダは1969年の時点で、4ストロークSOHC2バルブ並列4気筒の『ドリームCB750FOUR』を発売し、最高出力67psを誇って世界の大型二輪市場を席巻。カワサキだって、それを上回るDOHC4気筒82psの『Z1』を72年に、73年に『750RS』(Z2)をすでにリリース済みであった。

小説や映画にも登場し、憧れた者も少なくない


もう一度言う。なぜゆえに、ナナハンブームに沸くその時代に「Z」や「CB」ではなく「W」だったのか……!? じつはW1シリーズのバーチカルツインは、日本を代表するバイクメーカーの1つだった「目黒製作所」による設計であり、1955年(昭和30年)の『セニアT1』にそのルーツがある。W1と同じ650cc並列2気筒OHVエンジンを積んでいるのだ。

つまり、1950年代に生まれたエンジンがベースであり、70年代の時点でもう“生きた化石、シーラカンス”として一目置かれていた。当時のバイク雑誌を見ると「ナナハンよりロクハン」「4発よりツイン」という意見もあり、バイクツウが高く評価していたこともわかる。

また、1977年の片岡義男小説「彼のオートバイ、彼女の島」で、主人公がW3に乗っていたこともバイクファンらには有名で、86年には映画も公開。そうした作品の中で強烈すぎる個性が描かれ、レーサーレプリカブーム真っ只中の時代に、流行とは逆行する鉄馬の勇姿に憧れた者も少なくない。筆者もそのうちのひとりだ。

かつてのカワサキは小排気量メーカーだった……!?


W1ミーティングの会場には「メグロ」も珍しくない。よく見かけるのは『K2』(1965年)や『スタミナ』(1960年~、通称K1)らで、W1直系の並列2気筒OHV並列2気筒500ccエンジンが心臓部。興味深いのはエンブレムで、『K2』に貼られる七宝焼きのタンクエンブレムは、メグロのマークに川崎重工の社章がアレンジされて、加えられていることだ。Y字カバーと呼ばれる特徴的なエンジンカバーも、K2になったときに「メグロ」から「カワサキ」へと変わっている。

この時代、何が起きたのか……!? なんと、大排気量車を持っていなかった川崎重工が、経営不振の目黒製作所を買収し、吸収合併したのだ。マニアの間では有名な話しだが、こうしてW1の歴史を遡っていくと、奇想天外な事実にもぶち当たるから面白い。僅かながら「カワサキメグロ」を名乗っていた時代があることにも驚くが、後にビッグバイクの代名詞にもなるカワサキが、かつては小排気量メーカーであったのだ。そして名車「W1」のエンジンは、もともとメグロがつくったものだったのである。

◆カワサキはZだけじゃない! Wもお忘れなく!!


もう話しが複雑すぎて、読むのをイヤになってしまった人もいるかもしれない。しかし、ここまで読んでしまったアナタはもうカワサキがもっと好きに、そしてW1に興味津々なはず。『Z900RS』の発売で再注目されたカワサキ「Z」だが、その誕生前に生まれ、Z1やZ2が大ヒットする裏で「W」は根強く支持され、それは現代にも続いているということを忘れないでいただきたい。

見かける可能性はもう限りなく少ないが、もしどこかで、ドドドっと図太く乾いた排気音を小気味よく奏でて走らせている古めかしいオートバイがいたら、それはWかもしれない。カワサキが誇る、もうひとつのトップブランドである。

《青木タカオ》

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