アジアやヨーロッパで急速に存在感を高めているのが中国車だ。特に東南アジアではEVでほぼ独占状態となり、バンコクなど都市部ではタクシーまでも中国車が採用されるようになっている。そこまで力を強めた中国車の実力とは一体どこにあるのだろうか。
◆中国ブランドの勢いはバンコクでも猛威を振るう

今年の3月、バンコクでは「第46回バンコク国際モーターショー(BIMS)」が開催された。会期中は特別な販促キャンペーンが実施されていることもあって、11日間の会期中に約160万人が来場。この結果、乗用車7万7379台、二輪車2562台の販売予約を記録した。驚かされたのはその中身だ。なんと乗用車の販売予約のうち65%を電気自動車(BEV)が占め、その大半が中国車だったのだ。
会場に足を踏み入れて実感するのが中国ブランドの存在感だ。日本でも知られる「BYD」を筆頭に、「MG」「GWM」「GAC」「DEEPAL」「GEELY」など15ブランドが軒を連ね、その様子はまるで中国国内のモーターショーに来たのかと錯覚するほど。
タイといえばかつては日本車が9割近くを占める“日本車の牙城”といわれていたが、近年は7割台にまで減少。その影響は特に都市部で顕著のようで、バンコク市内に出れば中国車が街中を大量に走っている印象を受ける。
一方で日本に目を向けると、現状で日本展開しているのはBYDのみ。これは、日本の新車販売の半数以上がハイブリッド車で、中国車が主力としているBEVのシェアが3%にも満たないという日本ならではの事情が背景にあるのは間違いない。
◆日本国内で展開しているBYDの攻勢も止まらない

そんな中でBYDだけは日本市場で積極的に攻勢をかける。2023年1月にBEVである『ATTO3』の発売を開始したのを皮切りに、小型ハッチバック『ドルフィン』、高級セダン『シール』を立て続けに発売。今年はシールをベースにしたSUV『シーライオン7』を投入し、一気にラインナップを充実させた。
BYDの動きはそれだけにとどまらない。なんと25年中にプラグインハイブリッド車を投入し、26年には日本市場向けに軽自動車のBEVも発売すると発表したのだ。これはまさにBYDの日本市場に対する本気度が窺える動きと言っていいだろう。
では、どうして中国車がこれほどまで急成長を遂げられるのか。そこには中国車ならではの大きな強みを持っているからに他ならない。
その一つがバッテリーコストの低さにある。中国のBEVに搭載されるバッテリーはリン酸鉄リチウムイオン電池(LFP)が主流で、この製造コストが日本や欧州が主力とする三元系リチウムイオン電池よりも圧倒的に安い。聞くところによれば、LFPの製造コストは三元系に比べて半分近くとも言われ、これが販売価格で圧倒的な優位につながっているのだ。
これだけコスト面で優位性があるなら日本や欧州勢もLFPを採用して対抗すればいいではないか、誰もがそう考えるはずだ。しかしそう簡単にはいかない理由があった。
LFPは決して新しい技術ではない。しかし、LFPはかつてエネルギー密度が低く、そのため限られたスペース内で大容量の電力を蓄えるBEVには適当ではないと考えられていたのだ。そんな中で、もともとがバッテリーメーカーとして立ち上がっていたBYDにはそれを改良できるだけのノウハウが蓄積されていた。三元系なら発火してしまうほどの高密度実装をLFPで達成し、三元系にかなり近いスペース効率を実現してしまった。
こうした状況に対抗しようとLFPの開発に着手し始めた日本や欧州勢だが、中国はそのノウハウで一歩も二歩も先に進んでしまっている。トヨタやホンダがLFPの開発に着手したと言われるが、その供給までには数年がかかる。さらに日本勢にとっては残念な出来事も生まれた。日産が北九州市で建設予定だったLFPの工場建設を中止することが明らかになったのだ。
BEVでは生産コストにおける電池の比率は極めて高いわけで、この差が埋められない限り、日本や欧州勢はBEVにおいて販売価格で中国勢に太刀打ちはできないというわけだ。
また、中国のバッテリー技術は充電設備についても先を行く。BEVにとって最大のネックとなってきたのが、充電に要する時間であることは言うまでもないが、この時間をガソリン給油並みに短くする技術が相次いで発表されたのだ。
◆バッテリーのコストだけではなく充電時間の短縮でも先を行く

最初に動いたのがBYDだ。今年3月、充電時間を大幅に短縮する「スーパーeプラットフォーム」を発表し、このプラットフォームでは1秒で2kmの航続距離に相当する超高速充電を可能にする「フラッシュ充電」を開発。これは5分間で最大400km分の充電に相当し、EV充電での課題を大幅に改善できるとした。しかも中国全土でこの充電ステーションを4000カ所以上整備するとも発表しており、自動車メーカーがこのスピードで充電インフラまで手掛けるのは、とても日本では真似ができないことだろう。
驚いたのは、この発表直後に中国のバッテリーメーカー大手のCATL(Contemporary Amperex Technology Ltd.)が、BYDの「フラッシュ充電」を上回る技術として第2世代の超高速充電バッテリー「Shenxing」を発表したことだ。このバッテリーはリン酸鉄リチウムイオン電池(LFP)を採用し、わずか5分で航続距離520kmを実現するという。CATLではこの開発により「超急速充電性能の限界を再び押し広げる」としており、まさに充電インフラのブレークスルーにつながる技術としてBEVの標準化を狙う。
このようにバッテリーを含めた技術力で中国は、間違いなく世界の第一線を行っているのは間違いなく、これを踏まえて中国はBEV市場を席巻する可能性は決して否定できない状況になっているのだ。
◆著しいデザイン性の変化はユーザー心理を掴んでいる

中国車が人気を呼んでいるのはそれだけではない。車体デザインやインテリアの質感でも高い評価を集めているのだ。
話を再びバンコク国際モーターショー(BIMS)に戻すが、そこで見た出展車両のデザインは、どれもが極めてスマートでバランスが良い。どちらかと言えば、ドイツ車にも似たデザインに見えなくもないが、それもそのはず、中国の自動車メーカーは欧州のデザイナーを高い給与でこぞって雇い入れていることがその理由だ。
しかし、これによって中国車のデザインは一気に洗練され、グローバルでも通用するまでに向上。ややオリジナリティに欠ける面はあるものの、どの中国車を見ても「カッコイイ!」「かわいい!」そう思わせるだけのキャラが立ったクルマが目白押しとなり、その意味でもBIMSでの中国車の存在感は来場者を唸らせるに充分だったと言えるだろう。
中国車はインテリアの質感でも抜きんでた実力の高さを感じさせた。見た目にも触れた手からも、その質の高さと洗練されたデザインが伝わってきたのだ。インテリアは大半がソフトパッドで覆われ、グリップひとつを触ってもチープ感など微塵も感じさせない。
驚いたのはミニバンなどに備えられた数々の機能だ。電動化があちこちで進んでおり、たとえばシートバックトレイなども電動で音もなく開く。さらにサードシートの収納にしても、ワンボタンでシートの折りたたみから収納まで一気にやり遂げる。ここまでを実現できているということは、それだけ中国国内でサプライヤーが育ってきている証しなのかもしれない。
かつてインテリアの質感で日本車が世界の規範とされていた時期があったが、グローバルでの競争にさらされてコストダウンが至るところまで及び、今では完全に中国車にお株を奪われたのは間違いない。

唯一、中国車で残念と感じるのは、インターフェースの造りがこなれていないということ。使ってみて初めてわかるのだが、ステアリングに備えられたスイッチも、触れたつもりがないのにいつの間にかONとなっていたり、操作の階層が妙に深くて操作するのに手間がかかったりするのだ。中央のモニター画面がやたら大きいのは中国車共通の仕様として諦めるしかないが、メータ内の表示は文字が小さ過ぎて運転中に視認がしにくい。
とはいえ、こうした部分は車両開発を重ねていくうちに理解できることでもあり、それはいずれグローバルレベルに追いついていくのはそれほど時間はかからないだろう。特に中国車の開発スピードは抜きんでて速く、日本の自動車メーカーでは真似ができないと言うレベルだ。中国は今、不動産不況により海外での展開をいっそう強化していき、そうした状況をバネとして今後も急速に力を付けていくのは確実だ。そんな中国メーカーの動きにどう立ち向かうか、既存メーカーの真の力が今、試されているのは間違いない。