移動体験を変えるウィラーが取組む日本のMaaSとは…ウィラー代表取締役 村瀬茂高氏

撮影 佐藤耕一
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「交通手段を検索できて、予約と決済ができればMaaS、ということではない。」

高速バス事業を手がけるウィラーは、既存の交通手段に新しい価値を付加し、成長させることによって結果を出してきた。そのウィラーが取組むMaaSは、移動の課題を解決しつつ、事業性も見据えてサービス設計されている。バスに始まり、2015年に鉄道、2016年には海外事業に進出し、そしてMaaSに取組む現在とその先について、ウィラー代表取締役の村瀬茂高氏に聞いた。

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移動に新たな価値を提案する会社

それまでどことなく暗いイメージのあった高速バスにおいて、次々と新しい価値を提案し、そのイメージを変えてきたウィラー。ピンク色の高速バス「ウィラー・エクスプレス」は、プライバシーを確保した独立シートや、女性の隣には女性を割り振るなど、様々な新機軸で若い女性の支持を集め、いまや競合他社より料金が高くても選ばれるようになった。

「世界中の人の移動にバリューイノベーションを起こす」というミッションのもと、高速バス事業の拡大という結果を残してきたウィラーは、2015年には京都丹後鉄道の事業を譲受して鉄道事業に乗り出し、さらに2016年には海外進出を開始、現在は日本・台湾およびASEANエリアでの事業拡大を進めている。

日本中で交通事業者が経営不振にあえいでいる中、なぜウィラーは新しい価値を提供しながら結果を残せるのか。「定時安全の運行現場と、サービス視点でのマーケティング、その両方を経験しているからです」と村瀬氏は説明する。

ウィラーは最初から交通事業者だったのではない。最初は“高速バス予約サイト”を運営する会社だった。当時、高速バスをウェブ上で検索して予約できるサイトは日本初だったという。サービス運営を通じてバス利用客の声を聞くうちに、こんな車両が欲しい、あんなサービスができないか、というニーズを実感するようになり、そういった声を反映した新しいサービス企画をバス会社に提案するものの、なかなか実現できない日が続いたという。

そこで2006年、ついにみずからバス事業を始めることになった。それがのちのウィラーの転機となる。

「最初はバス5台だけでしたが、それまでサービスを考える会社だったところから、実際に車両を運用するようになった。この経験が非常に重要なものでした。」と村瀬氏は振り返る。「サービスを考えるだけでは運行の実務がわかりません。法律や安全運行をふまえたオペレーション、これを理解せずに移動サービスをやろうとしてもダメだということを実感しました。現場を知り、運行会社と同じ目線で話せること、これが重要だということです。」

つまり、マーケティング視点と現場の経験が組み合わさって、現場の裏付けのあるサービスを設計することができる。これがウィラーの強さを支えるユニークな優位点だ。2015年に京都丹後鉄道の事業を譲受した際も、バスのイメージが強かったウィラーがなぜ鉄道を?という声があったが、村瀬氏は意に介さない。「一方的なサービスの押し付けではなく、運行現場の視点に立った提案でないとダメなのは、バスも鉄道も同じです。京都丹後鉄道は地域を守っている大切な路線です。鉄道の現場を経験した上で新しい価値を提案することで、鉄道を利用する人がもっと増えるよう考えています。」

ASEANでも日本のサービス品質が求められている

鉄道の次は海外進出となった。2016年にベトナムに進出し、現在では台湾、そしてASEAN地域に重点的に事業領域をひろげている。なぜASEANエリアを重視するのか。村瀬氏はその理由を「課題が多いから」と応える。「ASEANには様々な交通課題があります。日本で経験した安全・安心の運行ノウハウを、それぞれの地域の課題にあわせてソリューションを作りながら解決していきたい。」

例えばベトナムにおける都市間移動はバスが主役だが、そのサービス品質や信頼性に対するニーズは近年強くなっている。そこでウィラーは、ベトナム最大手のタクシー会社マイリングループとの合弁会社「マイリンウィラー」において、首都ベトナムから南へ3時間ほどの都市タンホアをつなぐ都市間バス「マイリンウィラーエクスプレス」の運行を開始した。日本で運行しているウィラーエクスプレスと同じサービスや運行管理を導入しているという。

「運転手をセンサーで遠隔監視して、居眠りや心不全の前兆を検知できるなど、安全運行の仕組みを取入れています。またシートも日本のリラックス仕様を取付けました。」

村瀬氏はこのような都市間バスのサービス、およびシェアバスやライドヘイリングが使えるMaaSアプリを、できるだけ早くASEANに展開していきたいと強調する。

「バスの車両はベトナムの自動車メーカーTHACOのバスを使いました。これでASEAN向けの車両の仕様ができあがったので、ASEAN8カ国に展開していきます。来年には5カ国で始めたいですね。ASEANは2030-40年の間に海外旅行がもっとも増えるエリアなので、都市間バスのサービスとともに、ライドヘイリングやシェアバスなどをひとつのアプリで使えるMaaSサービスも展開していきます。」

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定額オンデマンドバスで日本の地域課題を解決したい

村瀬氏は日本におけるMaaSビジネスの展望についても明かした。経路探索・予約・決済ができるだけではMaaSとは言えない、という村瀬氏は、日本でのMaaSをどのように考えているのか。

「移動サービスとしてマイカーと同じくらい、あるいはそれ以上にストレスなく使えるようになって初めて、MaaSが成立すると考えます。例えば日本においては、地方の高齢者がMaaSによって、マイカーよりもストレスなく、安心して病院やスーパー、役所に行けることだと思います。」

「ですので日本では地方のMaaSをやります。地方は人が少ないから儲からない、ではなく、地方の交通課題のほうがより深刻で、だからこそ新しいサービスによって課題を解決し、移動体験を劇的に変えられると思っているからです。」

確かに地方の交通は、高齢化や人手不足、過疎化によって疲弊している。そのような地域でどんな勝算があるのだろうか。

「いまの地方の鉄道とバス、タクシーを全部繋いで検索・決済できるだけではMaaSとは言えません。スーパーに行きたいけど路線がない、本数が少ない、タクシーはあるけど1回2000円は高すぎる、それではマイカーを手放せないということになってしまいます。」

村瀬氏は、MaaSが解決すべきこのような課題を、空間的・時間的・経済的空白と表現する。

「このような空白を埋めるためのオンデマンドバスのサービスを考えています。月々の定額料金を支払えば、10分で迎えにきてくれて、スーパーや病院、役所に行ける、というようなサービスです。」

「地方交通は現状マイカーに依存していますが、クルマが一人に一台に近い状況なので、かなりの費用がかかっていますし、自分の運転に不安を感じている方もいると思います。ですので一人一台から台数を減らして、一家に一台にしてもらって、浮いた分を定額の料金にあててもらえるようなサービスにしたいですね。」

移動体験に付加価値を創出することで結果を出してきた村瀬氏は、さらなる構想を明かした。

「近所の山田さんと佐藤さんが2時に買い物に行くよ、ということわかれば、“わたしも行く!“ってなりますよね。あるいはゲートボールやろうよって声をかけると、みんなが集まることができる。こんなサービスができれば、コニュミティづくりにも役立てられると思うんです。」

「地方の高齢者には独居・孤立化という課題もあります。コミュニティづくりをサービス設計に盛り込んでいって、このような課題にも貢献したいと考えています。」

マーケティングと現場の両方を知る強み

サービス視点で高速バスを改革し、若い女性という新たな顧客ニーズを掘り起こしたウィラー。バスや鉄道の運行現場で、定時性・安全性を守るための経験値を積み上げ、それをマーケティングに生かすことで、課題解決と収益化という結果を出してきた。

そしていま、「世界中の人の移動にバリューイノベーションを起こす」というミッションのもと、ASEANや日本の地方の交通課題に取組もうとしている。

村瀬氏は、ウィラーの役割をこう表現した。

「これからの時代は、移動体験を変えることで交通の課題を解決することが重要です。マーケティング視点と現場の運行の両方を知っている我々だからこそ、それができると思います。」

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《佐藤耕一》

日本自動車ジャーナリスト協会会員 佐藤耕一

自動車メディアの副編集長として活動したのち、IT企業にて自動車メーカー・サプライヤー向けのビジネス開発を経験し、のち独立。EV・電動車やCASE領域を中心に活動中。日本自動車ジャーナリスト協会会員

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