ランボルギーニのスーパーカー、ミウラ をフルレストア…ライトブルーの生産台数は6台のみ

ランボルギーニ・ミウラ (1971年)
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ランボルギーニは5月24日、スーパーカーの『ミウラ』(Lamborghini Miura)をフルレストアし、イタリアのコモ湖で開催される「コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラデステ2019」で初公開すると発表した。

フェラーリに対抗するスーパーカーとして開発されたのがミウラ

ミウラは1966年3月、スイスで開催されたジュネーブモーターショーで発表された。1963年に創業したランボルギーニが、フェラーリに対抗するスーパーカーとして開発したのがミウラだった。ミウラは、マルチェロ・ガンディーニをチーフデザイナーとし、ベルトーネがデザインした流麗なボディを持つ。

動力性能は0~100km/h加速6.7秒、最高速280km/h

ミウラのミッドシップには、3.9リットルV型12気筒ガソリン自然吸気エンジンを搭載し、0~100km/h加速6.7秒、最高速280km/hの性能を発揮した。当時、世界最速の性能を誇ったミウラは、スーパーカーのセグメントで新たな基準を打ち立てた。

当初の最大出力350hp仕様のミウラは、475台が生産された。その後、改良を続けたミウラは1968年11月、トリノモーターショーで「ミウラS」に進化した。最大出力370hpに増したエンジンを搭載。パワーウインドウを装備し、オプションとしてレザー内装やエアコンが選択できた。

1971年3月、スイスで開催されたジュネーブモーターショーでは、最大出力385hpの「ミウラSV」に発展した。ワイドなリアフェンダーが特徴で、エンジンとギアボックスで、それぞれ独自の潤滑システムを搭載していた。

レストアされたのは1960年代のイタリアを代表する歌手、リトル・トニーが1971年に購入した1台

ランボルギーニは今回、ミウラの1台をフルレストアし、イタリアのコモ湖で開催されるコンコルソ・デレガンツァ・ヴィラデステ2019で初公開すると発表した。このミウラは、1960年代のイタリアを代表する歌手、リトル・トニーが1971年に新車で購入したもの。彼は3台のミウラを購入するという熱狂的なミウラファンだった。

このミウラは所在が分からなくなっていたが、イタリア在住のコレクターが所有していることが判明。各部品の番号や生産の履歴などを検証した結果、ランボルギーニアーカイブに保管されているアセンブリーブックのデータと一致することが確認され、リトル・トニーが1971年に購入していたミウラと認定されたという。

ランボルギーニは、このミウラをフルレストア。フルレストアを担当したのは、2015年にランボルギーニが立ち上げた「ポロストリコ(Polo Storico)」だ。ポロストリコは、『350GT』から2001年に生産を終了した『ディアブロ』までの、クラシックランボルギーニの修復や認証を専門に行う。クラシックランボルギーニを可能な限りオリジナル状態に保つことを目指しており、2018年の1年だけでも、200を超えるスペアパーツを再設計した。

フルレストアされたミウラは、ボディカラーがアズーロメキシコと呼ばれるライトブルーメタリックだ。インテリアはブラック。シャシーナンバーは「4797」で、1971年3月2日にサンマリノで登録された。1973年5月には、イタリア・ローマのナンバープレートを取得している。ランボルギーニは、アズーロメキシコのボディカラーのミウラは6台しか生産されておらず、歴史的に貴重な1台、としている。

《森脇稔》

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