【ホンダ N-BOXスラッシュ 600km試乗】デザインよりも、ツアラー資質の高さで好印象…井元康一郎

試乗記 国産車
ホンダ N-BOXスラッシュ
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カスタムカー風の内外装をコンセプトとするホンダの軽トールワゴン『N-BOXスラッシュ』を600kmほどドライブさせる機会があったのでリポートする。

試乗車は「サウンドマッピングシステム」なる大出力オーディオを標準装備する上級グレードの「X」。エンジンは自然吸気で、スペックは最高出力58馬力、最大トルク65Nm(6.6kgm)。試乗ルートは栃木・群馬周遊と房総半島一周の2トリップ。起点はいずれも東京・葛飾。全行程にわたり1名乗車。また、いつもはエコスイッチの類のオンオフを試すのだが、ホンダの軽自動車はECONモードをオフにするとアイドリングストップしなくなるというちょっと謎の仕様になっているため、常時オンで走った。

◆軽としては珍しいほど不得手な路面がない

まずはパワートレインについて。ホンダの「Nシリーズ」のプラットホームは軽量化より剛性確保を優先するという設計思想で作られており、試乗したスラッシュも自然吸気エンジンであるにもかかわらず、車両重量は930kgもある。ロングドライブでは動力性能面でそれが少なからずネガティブに作用するのではないかと予想していたが、実際に運転してみたところ、平坦路や傾斜がそれほどきつくない丘陵地帯では不足感はほとんどなかった。

CVTがスロットル操作に対して相当にハイレスポンスで、エンジンのキャパシティの小ささを変速機と電子制御スロットルの巧みな協調制御でカバーしているという印象で、かつその動作もスムーズ。これならターボなしでもいいんじゃない?と思ったくらいであった。もちろん制御でカバーできる範囲は限られており、登り急勾配や高速道路流入後の加速など絶対的なパワーが求められるシーンでは完全に力感不足。高速道路100km/hクルーズ時のエンジン回転数は約3000rpmと、ターボエンジンに比べてかなり高めであった。

が、サウンドマッピングという特製オーディオの音の聞こえを良くするために行われたというボディの静粛性対策が功を奏して、エンジンの中高回転域を多用したときのストレスは低め。また、後述する燃費についても、回し気味に走っても落ち込みはそれほど大きくなく、中高回転を使うことによる効率の低下は大して気にしなくてもいいレベルにあった。

次にシャーシ性能だが、これは足回りの評価の高いノーマル『N-BOX』と比べても、バランスでは上であるように感じられた。軽自動車は車幅、車両重量、コストなど厳しい制約の中で作られるため、良いものに仕立てるのは普通車以上に難しい。通常、軽自動車は市街地での走り心地が柔らかくてよいぶん、山岳路ではハンドリングが悪い…というふうに得手、不得手がハッキリと出てしまう。が、スラッシュは600kmほど、多様な道路を走ってみた限りにおいては、軽としては珍しいくらいに不得手な路面がなかった。

試乗車を借り出した直後、市街地を走っているときは、悪くはないが印象に残るほどの良さもないと感じられたのだが、高速道路やバイパスではホイールベースの短い軽自動車が苦手とするピッチの長いうねりをうまくいなし、フラットライドなフィーリングを実現させていた。

また、房総半島の白子、千倉以南は補修跡やひび割れだらけの荒れた路面のルートが多いのだが、サスペンションストロークが短い軽自動車が苦手とするそのようなコンディション下でも、乗り心地の低下はごく小さいものであった。軽カテゴリーのライバルの中で、グランドツアラーの資質はトップクラスと言っていい。

◆ツーリングにはノーマルのシートが良い

試乗車には「グライドスタイル」という水色とオフホワイトのコンビネーションが楽しい特別なインテリアが与えられていた。まさに砂浜という雰囲気で、基本的にはなかなかお洒落なのだが、気になった点が2つ。まずはダッシュボードやドア下部などの樹脂色が黒であること。黒基調のインテリアならそれでいいのだろうが、グライドスタイルではせっかくのシート地やステアリングのレザーの明るさを少なからずスポイルしているように感じられた。

もうひとつは、そのグライドスタイルのシート地の選定。発売直後のファーストインプレッションで、別のオプションインテリアのシート地がノーマルに比べて座り心地で劣る可能性があると書いたことがあったが、その印象は長距離ドライブでも変わらなかった。N-BOXと『N-ONE』のシートはDセグメントモデルのように2種類のウレタンを張り合わせた構造を持っており、実際に長時間ドライブしても驚くほど疲労が少ないという秀逸な出来のものであった。

その基本構造はスラッシュの特別インテリアも変わらないのだが、シート地がノーマルに比べて少し固く、また若干滑りやすく、そればシートのクオリティ感の低下、ひいてはクルマの操縦性の素直さをスポイルすることにつながっているように思われた。

ノーマルのシート地は摩擦が大きく、シートバックや座面が体と柔らかく接触することとあいまって、バケットタイプのシートでもないのにホールド性抜群という特色を持っていた。グライドスタイルのシートはシート地の変更によってその美点が丸々失われてしまっており、コーナリング中には普通の軽自動車のように横Gに対して微妙に踏ん張るような姿勢を取る必要があった。そのためか、もともと持っているハンドリングの良さもややスポイルされ気味であった。

スラッシュを購入する場合、あまり距離を乗らずお洒落さを重視したいカスタマーはオプションインテリアをチョイスしてもいいが、ツーリングを楽しみたいというカスタマーにはノーマルのほうが適しているであろう。

◆ロングツアラーとしての資質の高さ

さて、今回は北関東、房総と2度に分けてのツーリングだったが、派手な黄色のボディカラーは案外いろいろなシーンに似合った。もともとチョップドルーフカスタムカー風というコンセプトで作られたスラッシュだが、軽サイズの悲しさか、ウエストラインから上のキャビン部分を下の部分に比べてかなり薄く作ったにもかかわらず、スタイリングのダイナミズムは大したものになっていない。派手なボディカラーはその貧相さを解消するのに少なからず貢献していると、風景の中にスラッシュを置いて写真を撮ってみて感じられた。

最後に燃費。最初に東京~渡良瀬~宇都宮界隈を周遊したときは、復路のみ少しエコランを意識して231.2kmを走り、燃費計表示は25.5km/リットル。給油量は8.75リットルで、満タン法による実測燃費は26.4km/リットルであった。翌日、東京から東金、千倉、房総半島南端を巡った時は意図的に少し元気に343kmを走り、燃費計表示は23.2km/リットル。給油量は14.28リットルで、満タン法燃費は24.0km/リットルであった。

カスタム風味であることを売りにしているN-BOXスラッシュだが、2度のツーリングと前後の移動を含めて600kmあまりをドライブした感触としては、ファッショナブルであることよりもロングツアラーとしての資質の高さのほうが好印象に思われた。軽自動車にしたいが、1000km超のマイレージをワンドライブで稼ぐような使い方をしたいといったダウンサイジング志向のカスタマーには特に適していると言えよう。

ただ、スラッシュの大いなる欠点としてどうしても残るのは、サウンドマッピング対応の専用カーナビを含めた車両価格の高さ。自然吸気でもオプションの選び方によっては支払額が200万円を軽く超えかねない勢いで、これでは販売台数は伸びないであろう。このドライブ中、サウンドマッピングのパフォーマンスチェックも延々と行ってみたが、良好ではあるものの大騒ぎするほどすごいというわけでもない。単にちょっと耳が寂しいときに音楽が聞こえればOKという人であれば、下位グレードの「G」、「Gターボ」を選んだほうが、コストパフォーマンスは高かろう。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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