【トヨタ MIRAI 試乗】快適性はレクサス以上、足りないのは「夢を見せる演出」…井元康一郎

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トヨタ自動車が18日に発表した燃料電池車『MIRAI(ミライ)』を短時間ながら、1周5kmのワインディングコースでテストドライブする機会があったのでリポートする。

◆ハイブリッド技術を投入、航続距離650kmの燃料電池車

ミライのスペックをおさらいしておこう。ボディサイズは全長4890×全幅1815×全高1535mm、ホイールベース2780mm、車両重量1850kg。日本ではハイブリッド専用モデルである『カムリ』と比較して、外寸はやや大きく、室内寸はやや小さく、車重は約300kg重いといったところ。駆動方式はFWD(前輪駆動)のみ。

その前輪を駆動する主電動機はレクサス『RX450h』の前輪用と同じ型式の「4JM」交流同期モーター。スペックはRX450hより少し下げられ、最高出力113kW(154ps)、最大トルク335Nm(34.2kgm)。ハイブリッド駆動用のバッテリーはコンベンショナルなニッケル水素電池。ミライに最適化されているが基本的には新セルではないとのことで、モジュール個数も34個とカムリハイブリッドと同じ。このように、車両側は相当に手堅い技術で作られており、ハイブリッドカーで電動化技術を蓄積してきたトヨタのアドバンテージが垣間見えるところだ。

パワーソースとなる燃料電池スタックは新開発の「FCA110」固体高分子型。触媒に使われるプラチナの量が出力1kWあたり0.3グラムを下回るという最新型で、最大出力は114kW(155ps)。最大700気圧の高圧水素タンクの総容量は122.4リットルで、水素搭載量は約5kg。JC08モード走行時の航続距離は650km、近く実用化される見通しの新型ステーションで充填した場合、700kmに達するという。

◆快適性はレクサスLS以上、ドライブフィールは車重に難

そのミライに乗り込み、スタートボタンを押す。システムは暖気済みであったため、EVと同様ほとんど無音の状態で起動。スロットルを踏み込むと、エンジンを持たない電気駆動車らしく、無振動のままスーッと上品に走り出す。

燃料電池車はインバーター音以外はほとんど音のないEVと異なり、走行中は燃料電池システムが小さいながらも騒音を立てる。加速体制に入ると、水素を送るブロワーや発生した水を掃かせるポンプ、インバーターなど、複数のデバイスの音が重なって、キュイーンというサウンドを発する。たとえて言えば、ターボエンジンのクルマからエンジン本体のノイズを取り去ったような音である。開発責任者の田中義和氏は、「燃料電池車はEVほど無音ではない。その音を、クルマを走らせる楽しさを感じさせるようなものになるよう、入念にチューニングした」と語る。実際に運転していても、その意図はある程度伝わってくる。本来は耳へのストレスとなりやすい高周波ノイズながら、音質は澄んでおり、大して不快には感じられなかった。

ワインディングを運転していて印象的だった美点は、乗り心地の良さだった。燃料電池車は重量物をボディ下部に集中搭載するため、基本的に低重心。ロールを抑えるためにサスペンションのばねレートを過度に上げる必要がないのだ。ミライのサスペンションはかなり柔らかいもので、フラット感は抜群。単に柔らかいだけでなく、試乗コース途中にあったギャップを驚異的な滑らかさで乗り越えるなど、ホイールの上下動もスムーズであった。快適性のレベルはトヨタのフラッグシップセダン『レクサスLS』よりも高いように感じられた。

もうひとつの美点は、それだけ柔らかいサスペンションでありながらなおハイレベルな操縦安定性。試乗日は本降りの雨で、路面はヘビーウェット。素性の悪いクルマの場合、少しペースを上げようものならたちまち動きが破綻してしまいそうなコンディションだったが、ミライは始終、ドライバーに不安を抱かせない、安定した走行フィールを保った。また、ブレーキを利用した車両安定装置のセッティングも素晴らしく、地味なボディデザインに似合わない軽快なコーナリングを実現させていた。

快適性、安定性などシャーシのイメージが良かったのに対し、物足りなかったのはパワートレインのパフォーマンスだった。ゼロスタートはそれほど悪くないのだが、中間加速域ではスロットルをかなり深く踏み込んでも、伸びやかにスピードが乗るという爽快感がなく、もっさりとしたフィール。エコモードのときはこれでいいと思うのだが、ノーマルモード、ひいてはパワードライブを楽しむためのものであるはずのスポーツモードでもほとんど変わらないのはいただけない。

鈍重なフィーリングの原因と思われるのは1.85トンと、主電動機の113kWという出力に対して明らかに過大な車両重量。技術的に未完成の部分が多く、失敗作となってしまったものの、車両重量については200kg以上軽いホンダの旧世代燃料電池車『FCXクラリティ』のほうがずっと良いという有様であった。燃料電池スタックと高圧水素タンクを護るためによほど車体を頑丈に作ったとみえるが、クルマを気持ちよく走らせるという点では少なからずマイナスになっているものと思われた。せっかくの次世代エネルギー車なのだから、ユーザーに夢を見させるような演出を可能とする仕様策定にもこだわりを見せてほしかったところだ。それがかなわないなら、スポーツモードの時にはパワーの立ち上がりをもう少し鋭くして、加速感を演出するといった改良がなされればもっと面白くなりそうにも思われた。

◆プレミアムカーや電気自動車に対し優位性はあるのか

総じて、ミライは官公庁や法人がアドバルーンでなく、公用車として運用可能とおぼしきレベルには十分に到達しているクルマと言える。不特定多数のユーザーがオンロードにおいて多様な使い方をした場合の耐久性はいまだ未知数だが、走行データを得て燃料電池にどのような問題が発生するかということを知りうる地位への一番乗りを果たしたことで、トヨタがライバルに対する技術的なアドバンテージを当面維持することは確実なところ。その点で、ミライはトヨタにとってきわめて意義深いモデルと言える。

では、一般ユーザーにとってはどうか。まず、新しいものをとにかく試してみたいというアーリーアダプターと呼ばれるカスタマーに対する訴求力は十二分にあるものと考えられる。エクステリアデザインは『プリウス』の延長線上にあるもので新味には欠けるが、他のクルマと間違いようのないデザインであることも確かで、見栄を張るには十分だろう。

次に、補助金込みで約500万円という価格でライバルとなり得るBMWやメルセデス・ベンツなど、いわゆるプレミアムDセグメントのカスタマーに対するアピアランスだが、これは状況次第。ミライはエクステリア、インテリアとも非常に丁寧に作られている半面、官公庁需要に配慮してか演出は大衆車的で、プレミアム感を重視するユーザーにとってはあまり魅力的でないかもしれない。が、乗り心地や静粛性の高さでは圧倒優位に立つので、ドライブエリアが決まっており、かつ快適性重視のユーザー、また技術にステイタスを感じるユーザーにはおあつらえ向きだろう。

既存のハイブリッドカーとの食い合いはほとんど発生しないであろう。水素価格は税込みで1188円/kg。JC08モード走行時の燃料消費率を140km/kgとすれば、1kmあたりの走行コストは8.5円。レギュラーガソリン仕様のハイブリッド車に置き換えれば、モード燃費17.6kmという計算になり、乗り換えるコストメリットはほとんどない。より価格差の小さいプラグインハイブリッドへの移行すら遅々として進んでいないことを考えると、走行コストにこだわる一般ユーザーが積極的に燃料電池車を選ぶとは考えにくい。

そして忘れてはならないのが、最大のライバルとなりそうなパーソナルEVユーザー。日産自動車『リーフ』や三菱自動車『i-MiEV』とは車両価格が大幅に異なるため、あまりオーバーラップしないだろう。また、デザインから仕様まで富裕層への訴求を最大限に意識しているテスラ『モデルS』などともほとんど競合しないと思われる。興味深いのはBMW『i3』など、価格帯が比較的近いEVの購入を検討しているユーザーの動向。走行コストはEVのほうが比較にならないほど安いが、航続距離の長さという利便性の高さでは燃料電池車のほうが圧倒優位。そこをユーザーがどう受け取るのか、とても興味深いところだ。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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