どうするマルキオンネ劇場 |
フィアットのセルジオ・マルキオンネCEOといえば、イタリアでは同社再生の立役者であると同時に、そのファッションから「万年セーター&ボサボサ髪男」として定着している。その彼は、2010年の暮れも、髪を整える暇がなかったようだ。
何故にといえば、本社工場であるミラフィオーリの労働協定問題である。ミラフィオーリ工場の従業員数は5486人。PSAプジョーシトロエンとの合弁工場を除き、同社のイタリア国内生産拠点では最も従業員が多い。
ミラフィオーリは現在、アルファロメオ『MiTo』などを生産しているが、折からの販売不振で生産能力は余剰となった。また、同様に現在生産されているフィアット『ムルティプラ』やフィアット『イデア』、ランチア『ムーザ』は、次期型からはセルビア工場で生産される予定である。
そうした流れのなかで、今秋会社側がミラフィオーリの人員削減を提示すると、労働組合側はただちに強く反発した。
解決策としてマルキオンネは、ミラフィオーリに新たに10億ユーロ(1100億円)を投資し、クライスラー系プラットフォームを用いた新型SUVを、「ジープ」および「アルファロメオ」双方のブランドで生産する計画を明らかにした。年産計画は25万〜28万台で、世界各地に向けて輸出するというものだ。
ただしマルキオンネは、そのミラフィオーリ再生計画を実現する条件として、労働組合側に、労働時間の柔軟性を主目的とした労働協約改定案を提示した。
具体的には---
●年間残業時間を現在の40時間から120時間に延長
●土曜操業の実現
●病欠休暇手当ての削減
●昼食を40分から30分に10分短縮
●見返りとして、年間平均4000ユーロ(44万円)の賃上げを約束する
---というものだった。
それらを2011年1月に実施する工場従業員全員の投票に委ねるという計画であった。
ただしその前段階として、従業員が加盟している5つの全組織系労働組合に、従業員投票の実施自体を承認してもらう必要があった。結果として、クリスマス・イヴ前の12月23日、5つのうち4つの労働組合がマルキオンネ案を承認した。ただし残るひとつの労働組合である「金属労連」は提案を不服として、1月にストライキを決行することを明らかにした。
かくもいまだ行方が不透明なミラフィオーリだが、生産が「ゴー」となった場合、まずアルファロメオのバッジをつけたSUVが登場するのは確実のようだ。
労働コストが高いイタリア本国工場では高級モデルを造るしかないというのが、マルキオンネの考えにあることは容易に理解できる。
しかし、欧州各国のアルファロメオ・ファンが「立派なアルファ」を求めているかというと疑問が残る。実はその逆で、過去のヒット作で印象が形成された、小気味良いきびきびとしたアルファ像を求めていることが窺える。それを無言で証明しているのが『147』の成功であり、『ブレラ/スパイダー』の失敗や『159』の不振だ。
そこで期待すべきは新興国だ。そうした国のユーザーは、従来のアルファロメオのイメージはほとんど持っていないだろう。マーケティング戦略さえ成功すれば、クライスラー-アルファのSUVもアウディ『Q7』のように売ることも、あながち不可能ではないと思われる。
ところで昨2010年、マルキオンネは年初にアルファロメオの不振を嘆くかと思えば、後日「現段階では売却しない」と表明。ところが11月には「もし200億ユーロ提示されれば売却も考える」ことをちらつかせた。
そうしたなかで、ミラフィオーリにおけるアルファSUV生産計画が浮上してきた。瀕死のフィアットを再生した男だけに、そうした二転三転の裏には何か秘策があるのか? それとも決断のチャンスを逸しているだけか? その間にも、世界自動車市場における新車ラッシュのなか、ヒットを放てないアルファロメオの存在感は刻一刻と薄くなってゆく。
新しい年も、イタリア人とともに「マルキオンネ劇場」を見守ることにしたい。
大矢アキオの欧州通信『ヴェローチェ!』 |