【三菱WRCヒストリー】1999年、ランサー4年連続チャンピオン
1999年、第2戦スウェーデンラリーで『ランサーエボリューションVI』がデビュー、優勝を飾っている。この年マキネンとバーンズはWRC全14戦中7戦で優勝し、マキネンが4年連続ドライバーズタイトルを獲得し、バーンズもドライバーズポイント2位となった。
【三菱WRCヒストリー】初のマニュファクチャラーズタイトル
1998年『ランサーエボリューションV』は4月カタルニヤラリーでデビュー、すぐ表彰台の一角を占めた。
【三菱WRCヒストリー】1997年WRカー規定導入、グループAランエボIVで制す
1997年のFIAの規定改定により、ワールドラリーカーが誕生した。しかし三菱は、改造範囲の限られるグループA『ランサーエボリューションIV』で参戦を続けることを決めた。この年マキネンは2年連続のドライバーズタイトルを獲得している。
【三菱WRCヒストリー】アクティブデフ搭載「ランサーエボリューションII」
グループAランサーエボリューションIIは一層操縦性が向上し、初陣で見事勝利を挙げていた。三菱自動車独創の電磁作動アクティブデフは、1995年の開幕戦モンテカルロラリーからWRCに投入された。
【三菱WRCヒストリー】1996年、初の世界チャンピオン
1996年「ランサーエボリューションIII」は、スウェーデンラリーで2年連続優勝を達成、ドライバー、マキネンとバーンズはその後もサファリ、アルゼンチン、ニュージーランド、フィンランド、オーストラリアで優勝を飾った。
【自主改善措置】ランエボ用オーリンズが折れる
カロッツェリア・ジャパンは2日、同社が販売した、三菱『ランサーエボリューション』用の「オーリンズ」ショックアブソーバーに不具合があるとして、国土交通省に自主改善措置を報告した。
【WRCラリージャパン】ワークスだけが三菱ではない…アジパシ、プライベータ
三菱が04年のWRC参戦を休止したことでラリージャパンに三菱「ランサー」は出ない、と勘違いしている人はいないだろうか。そんなことはない。アジパシ参戦組やプライベータにとっては、やはり信頼性が高く人気車種。
【三菱WRCヒストリー】ランエボの歴史が始まる
1993年は『ランサー』復活の年であった、『ランサーエボリューション』のWRCにおける輝かしい歴史の始まりである。
【三菱WRCヒストリー】石油ショックから『ランサーEX』でカムバック
世界レベルで発生した石油ショックにより、中断を余儀なくされた三菱自動車のモータースポーツ活動。しかし1981年の世界ラリー選手権に2.0リットルターボエンジンを搭載した『ランサーEX』でカムバックを果たし、ランサーEXは3年間参戦した。
【三菱WRCヒストリー】1976年、ランサー表彰台独占
コーワンのドライビングにより1975年まで3年連続優勝という大きな成功をおさめたランサー、1976年の「サファリラリー」では、シン、ウリヤテ、コーワンの駆る3台のランサーが表彰台を独占した。
