9月末のスーパー耐久シリーズ 第5戦 鈴鹿ラウンドで、新しいロボット溶接技術を採用したロールケージが展示された。
おそらくレスポンスの読者の中にFIA規定のロールケージが欲しいと思っている人はひとりもいないだろうと思う。なにしろ、レーシングカー専用の部品であるロールケージの、そのまた溶接技術の話となると、普通の自動車ユーザーにとっては、なかなか興味の対象となりづらい。しかし、それがトヨタのブランド戦略に貢献する可能性のある技術だとしたらどうだろう。という話を今回は書いていきたい。
トヨタにとってレース活動は「金の卵を産む鶏」
まだ極めて部分的な動きではあるのだが、近年、自動車メーカーがレースのビジネス化に少しずつ取り組み始めている。何十年も前から、レースは走る実験室などと呼ばれて、自動車メーカーがそこに参加する意義を説明されてきたが、現実的に見れば本業の利益に余力がある時の広告宣伝という位置付けであった時代が長く、レースそのものが企業の利益に結びつく形にはなかなかならなかった。
レースに明確なメリットがあるのであれば、業績不振の時こそむしろレースに勤しまなければならないはずだが、現実にはそうではない。過去の例を見れば、景気動向に左右されて、業績が悪いと撤退、良くなれば復帰と言う例をいくらでも思い出すことができる。
レースのビジネス化が最も進んでいるのはトヨタである。トヨタはレースでのあらゆる開発に際し、市販車の開発ルールを完全に踏襲して進めている。ルマン24時間レースを例にとれば、外部のプロアスリートであるドライバーは別として、それ以外のチームスタッフは、日本の労働基準法に準拠して働く。当然シフトが組まれ、トラブルの復旧作業などで労働時間を超過するなら組合と交渉を行う。意地と根性で徹夜するようなブラックなやり方は認められない。
車両の開発も市販車のルールを完全に適用する。ある部品が壊れたら、壊れた原因を突き止め、必要な設計変更を行い、それらの記録を全て市販車開発と同じルールで開発記録として保存する。いわゆる「経験と勘」で、「いいから径を1mm太くしておけ」というような根拠のない開発はしない。
ライバルチームはレースのレギュレーション以外に縛られないため、トヨタだけが勝手に労働基準法だの社内の開発手順ルールだのを持ち込んでいるわけで、目の前のレースだけを見ればハンデ戦のようなものである。だがしかし、ご存知の通りレースは待ってくれない。「開発が間に合わないからレース開催日を延期する」ことはできない。どうしてもとなれば発売延期が可能な市販車とはそこが違う。限られたチームメンバーで、定められた手順に従いつつレースのスケジュールで開発することで磨かれるのは開発速度の圧倒的な向上だ。なにしろ市販車と寸分違わぬルールで開発しているので、レースでできることはそのまま市販車開発に持ち込める。
それが何を意味するかといえば、トヨタはレースの現場で、トヨタの本業中の本業である市販車の開発手法をブラッシュアップしている、ということ。開発の速度向上は、ほぼストレートに原価低減に繋がる。市販車のチームと比べて、元々人数が少ない上に、開発期間を仮に半分に削れば、少ない人件費がさらに半分になる。人件費だけではない。家賃も機材のリース費や減価償却も全部半分。つまりトヨタはレースの鉄火場を利用して本業の開発速度を上げることで、企業として儲ける方法を編み出した。いまやトヨタにとってレース活動は「金の卵を産む鶏」そのものである。景気が悪くなったとしても、もう止めるわけにはいかない。
レース用コンプリートカーが鍵を握るか
さて、トヨタに限らず、様々なメーカーのレース活動を見渡しても新たな取り組みが始まっている。象徴的な例で言えば、レース用コンプリートカーの販売である。主だったところを挙げれば、サーキットレースならGT3やGT4、ラリーならラリー2やラリー3、ラリー4、ラリー5と言ったFIAの規定に則った競技専用車両を販売するメーカーが徐々に増えているのだ。ユーザードライバーが中核となるこれらの競技はカスタマーレーシングと呼ばれる。