【池原照雄の単眼複眼】ホンダジェット、日本で苦難の航路に挑む

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ホンダジェット日本導入。向かって左端がホンダエアクラフトカンパニーの藤野社長、同2人目が本田技研工業の八郷社長
  • ホンダジェット日本導入。向かって左端がホンダエアクラフトカンパニーの藤野社長、同2人目が本田技研工業の八郷社長
  • ホンダエアクラフトカンパニーの藤野社長
  • ホンダジェット・エリート
  • ホンダエアクラフトカンパニーの工場建屋とホンダジェット(2016年11月 米国ノースカロライナ州)
  • 顧客に引き渡されたホンダジェットの量産第一号機
◆ホンダブランド輝かせる大いなる存在に

ホンダは小型ビジネスジェット機『ホンダジェット』の日本での受注を始め、2019年前半には顧客への引き渡しが始まる見込みとなった。

15年末に米国で初号機を納入し、中南米、欧州、中国を含むアジア、中東へと販路を拡大してきたが、ようやく母国の空を飛ぶことになった。まだ市場性の乏しい日本での事業展開は苦難の航路が予想されるものの、間違いなくホンダブランドに磨きをかける大いなる存在となろう。

ホンダと航空機のかかわりは、創業者・本田宗一郎氏(1906~1991年)が1962年(昭和37年)に「軽飛行機」を事業化するために新聞広告で設計者を募ったことにさかのぼる。宗一郎氏の「空」への夢の第1歩だった。62年といえばホンダはまだオートバイメーカーであり、この年に軽トラックや小型スポーツカーを発表し、ようやく翌年に自動車に進出している。

ホンダジェットにつながる航空機の研究が実際に始まるのは、それからほぼ四半世紀が経過した1986年だった。本田技術研究所内に、将来技術専門に取り組む「基礎技術研究センター」が新設され、「ASIMO」につながったヒューマノイド・ロボットなどともに、航空機の研究に着手した。ホンダジェット生みの親で、米国ノースカロライナ州に本社と工場をもつ航空機事業部門「ホンダエアクラフトカンパニー」の社長を務める藤野道格氏(ホンダ常務執行役員)も、入社3年目の86年にこの研究センターに配属された。

◆創業者にも秘密裡に発足したプロジェクト

ホンダが最終的にホンダジェットの事業化を機関決定したのはそれから更に20年を経た2006年で、この年から米国での正式受注も始まった。だが、ここに至るまでの歩みは平たんでなく、幾度となく「撤退」の危機に直面した。研究開始から間もない1990年代初頭の日本のバブル崩壊による経営悪化、90年代末から今世紀初頭にかけての環境技術投資を引き金とした世界的な合従連衡の加速などが、乱気流のようにホンダジェットの行く手を襲った。事業化を決めた後も08年にはリーマン・ショックによる世界経済停滞の影響を被った。

「選択と集中」という、もっともらしい理屈で撤退を決める経営者がいてもおかしくなかった。だが、80年代末からここに至る6人の歴代ホンダトップはそうしなかった。ただし、「創業者の夢」を現実のものにという、美談仕立てのストーリーでもない。86年に航空機の開発に着手した際は極秘プロジェクトであり、すでに第一線を退いていた宗一郎氏にも伝えられることはなかったそうだ。

経営トップに灯を消させることなく事業化に導いたのは、藤野氏ら開発陣の気迫に満ちた仕事ぶりだったのではないか。ホンダの八郷隆弘社長は「未知の領域の開発には多くの困難があったが、それを乗り越える原動力は、ホンダがやるからには今までにない航空機を造りたいという開発者たちの強い想いだった」と振り返る。「独創の技術でヒトの移動に役立つ」という、いわば「ホンダらしさ」が詰まった航空機をやめることは、歴代トップにはホンダの存在そのものを否定することだったのだろう。

◆日本に新しい交通システムをつくる

日本で販売するのは5月に発表したばかりの性能を高めた新型機『ホンダジェット・エリート』で、価格は18年度米国ベースで525万ドル(約5億7800万円)。17年の世界デリバリーが43機となり、小型ジェット機のカテゴリー別でトップとなったホンダジェットだが、日本での事業は簡単ではない。国内のビジネスジェット機の保有は現在、全体のほぼ3分の2を占める官公庁保有分を含めて90機程度。国土の違いもあるが1万3000機規模の米国との開きは余りにも大きい。

日本のホンダジェット販売ディーラーとなった丸紅エアロスペース(東京都千代田区)の遠矢源太郎社長は、「日本にも購入層は多く存在しているが、各空港でのビジネスジェット向け施設などインフラの整備がまだ不十分」と課題を指摘する。ホンダエアクラフトの藤野社長は、丸紅エアロ社とともに「日本に新しい交通システムをつくっていく。4、5年くらいで(保有を)現在の2倍くらいにしたい」と決意表明した。ホンダジェットと藤野氏の挑戦はまだまだ続くのだ。
《池原照雄》

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