かねてからワークスの名で登場するのではないかと言われていた『アルト ターボRS』がデビューした。ノーマルアルトの一番高いXというグレードが115万0200円(FWDモデル)。そこから15万弱のアップでこいつに乗れると思うと、相当幸せだった。
最近、日本の自動車業界は元気がないと、個人的には思っている。それは走りでわくわくさせてくれるようなモデルが安い価格帯に無いからだ。異論がある人もいるだろうが、例えば日産『GT-R』など、そりぁあ凄いパフォーマンスで走れば確かにわくわくするが、値段を見たらすぐにゴメンナサイ。それにあのパワーは一体どこで使えるの?という話になると日本じゃね…ということになる。
昭和の時代の話をして笑われる覚悟で話させてもらうと、俗にホットハッチと呼ばれるようなクルマが横行していた昭和の時代では、パワーを思う存分使えてキュンキュン走らせることが出来るクルマに乗ると、とても自動車に乗ることが愉しくて、ただ走ることだけで純粋にわくわくしたものである。自動車の値段が上がり、そうした胸キュンのクルマが現代でもなくはないのだが、それらでも今は300万円台とちょっと手軽とは言いにくい価格帯に移行してしまった。
アルト ターボRSは129万3840円である。そしてこのクルマ、例を挙げるならまだ、ホットハッチと呼ばれるクルマたちが100万円台で手に入った時代のそれらとそう変わらない動力性能や運動性能を見せてくれた。具体的に比較に出したのは、例えば初代VW『ゴルフ』のGTI、初代ホンダ『シビック』のRSなど。いずれも古のクルマで、読者の中にはなんだかさっぱりわからないという人もいるかもしれない。だから、これを読みながらそうしたクルマをググってもらえば、何を言いたいかがわかってもらえると思う。
所詮軽自動車と思うなかれ。現代の軽自動車のパフォーマンスは実に頼もしく、峠道を汗をかくようなドライビングでガンガン行くような場合には実に丁度良い。まさに使い切れるパフォーマンスだと思うわけで、真のスポーツドライビングが出来る。そして、アルトターボRSは見事にそうしたドライビングに応えてくれる。
具体的にノーマルのアルトから変わっている点は、まずボディではストラットタワーバーとフロントバンパーメンバーを新たに加えて強化が図られている。さらにスポット溶接の打ち増しもされた。おかげてねじり剛性は5%強化されている。足はカヤバ製のダンパーに強化されたスプリング、さらにブッシュ類も変わり、ステアリングもEPSの制御マップを変え、AGSのギア比も変更した。
エンジンでは、R06A型のターボユニットは初めてエクゾーストマニフォールド一体型のヘッドを使い、最大トルクを3Nm向上させ98Nmとされている。さらにブレーキは13インチのベンチレーテッドがフロントに奢られ、エンケイ製アルミホイールも60年代を想起させるデザインで、まさにミニライトやRSワタナベのパターンを思い起こさせるものだ。ほかにも多くの変更点があるのだが、それらは写真キャプションで見て欲しい。これだけやってたったの15万アップなのだから、何度も言うが本当に幸せである。
AGSは、今のところ僕が試乗したどのモデルよりも優れた接続性能を持ち、ATモードを使ってフルスロットルで加速した際も、とりあえず及第点を与えられるシフトアップを見せてくれたが、本気で走ろうと思ったらマニュアルモードに入れてパドルもしくはシフトレバーを使うことをお勧めする。こうすれば、まさに納得のスポーツ性を示してくれる。
また、フルスロットルで加速していくと、この種のギアボックスの場合、オーバーレブを察知すると自動的にシフトアップしてしまうのが通例だが、何とこのクルマ、そのままサチュレートする。かなり本格的だ。また、このクルマには縁遠いとは思ったが、AGSには最も意地悪な、大型スーパーの駐車場モードでスロープをあがる状況を想定して走らせてみたが、2速にシフトアップした状態から僅か1000rpmを少し超えたエンジン回転でも、最低でも8%はあろうかという登りを難なくこなしてくれたから、日常性も非常に高い。
ハンドリングも大したものだ。ライントレース性能は軽かよ?と思わせる高さを持ち、何よりシャープ。それにノーマルでは全くと言ってよいほど感じられなかったキャスターアクションもしっかりとある。強化された足はかなり意図的にコーナーの立ち上がりでアクセルを開いても、かなり頑張って路面を捉えるし、相当なハイスピードに至っても破綻を感じさせるような動きはなかった。ただ、大入力が入った時はさすがに底突きをするが、それはこちらが本気で思いっきり攻めている時だけだった。
快適さも十分。小さいと言っても二人乗車で感じた室内空間は、昔の『ローバー・ミニ』程度の乗員の間隔を確保している。そう、オールドミニのクーパーを思い出していただけると、かなり近い動力性能を持っていて、あの車ほどアンダーステア傾向を示さないと言えば、おおよそ想像がつくかもしれない。久々に興奮して走らせることの出来るクルマだった。「ゴーカート感覚」の称号をこのクルマにも与えよう。
最後に一言。やはり純粋なマニュアルミッションで乗ってみたいモデルである。
■5つ星評価
パッケージング ★★★★
インテリア居住性 ★★★★
パワーソース ★★★★★
フットワーク ★★★★★
おすすめ度 ★★★★★
中村孝仁(なかむらたかひと)AJAJ会員
1952年生まれ、4歳にしてモーターマガジンの誌面を飾るクルマ好き。その後スーパーカーショップのバイトに始まり、ノバエンジニアリングの丁稚メカを経験し、その後ドイツでクルマ修行。1977年にジャーナリズム業界に入り、以来37年間、フリージャーナリストとして活動を続けている。