■■■ 工業連盟脱退からイタリア脱出まで ■■■
この冬イタリアでは、フィアットのマルキオンネCEOの発言が次々と波紋を広げている。内容は1899年の創業以来イタリアとともに歩んできた同社にとって、昨今の日本流にいえば“平成維新”ともいえるものだ。
ひとつめは10月初め、彼がイタリア工業連盟「コンフィンドゥストリア」から脱退する意向を明らかにしたことである。2012年1月から脱退することを、同連盟のマルチェガイア会長にすでに文書で通達した。イタリア工業連盟は、3年前の2008年までフィアットのモンテゼーモロ前会長が会長を務めていた企業団体。にもかかわらず、敢えて訣別の道を選んだかたちだ。
もうひとつは12月1日、マルキオンネ氏が一部メディアに明かしたとされる発言。「フィアットは多国籍企業であり、企業活動は世界で展開されている。イタリア(事業)がなくても存続できる」といった内容だ。
マルキオンネ氏は以前にも資本提携先のクライスラー本社があるデトロイトとの2本社体制の可能性を示唆したことがある。また現在イタリアにおけるフィアットの従業員は約8万人にのぼるだけに、発言は政界をも巻き込む大きな論議となった。
そのためフィアット本社は、「マルキオンネCEOは多国籍企業であるとは述べたものの、イタリア事業がなくても存続できるとまでは発言していない」とする異例の追加コメントを急きょ発表して事態の鎮静化を図った。
イタリア不要発言の真偽はともかく、背景には、マルキオンネ氏がイタリアの複雑化・硬直化した労使交渉を嫌っていることがあるのはたしかだ。
マルキオンネ氏はかねてから、全米自動車労組(UAW)の例にならって、「イタリアも労働側の交渉窓口を一本化すべきだ」と主張してきた。その彼が第一弾の行動として、国内の複数の労働団体と協約を定めているイタリア工業連盟からの脱退を目指したのは間違いなかろう。
また、「多国籍企業」発言は、2010年にミラフィオーリ本社工場の存続問題において最終段階まで会社側を悩ませ、最近は南部工場の労働協約問題で他の労働組合とは妥協点が見いだせたあとも交渉難航したイタリア金属労連(FIOM)へのけん制だった。
なお「多国籍企業」発言が問題となった12月1日は、ボローニャモーターショーの報道関係者公開日。9年ぶりに生産工場がポーランドからイタリアに戻ることになった主力車種フィアット『パンダ』の新型国内初公開のほうが本来なら話題として盛り上がるはずだった。
イタリア生まれでカナダ育ちの二重国籍をもつマルキオンネ氏。一般のイタリア人からは、フィアットを倒産の危機から救ったときは「さすがイタリア人の血を引く人物」と称賛されたが、いざ人員削減・工場閉鎖といった動きが報じられると「彼はイタリア人ではないから」と非難される。なかなか難しい立ち場だ。
■筆者:大矢アキオ(Akio Lorenzo OYA)■■■コラムニスト。国立音楽大学卒。二玄社『SUPER CG』記者を経て、96年からシエナ在住。イタリアに対するユニークな視点と親しみやすい筆致に、老若男女犬猫問わずファンがいる。NHK『ラジオ深夜便』のレポーターをはじめ、ラジオ・テレビでも活躍中。主な著書に『カンティーナを巡る冒険旅行』、『幸せのイタリア料理!』(以上光人社)、『Hotするイタリア』(二玄社)、訳書に『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)がある。