中間層の顧客獲得をめぐる攻防に
トヨタ自動車が新興国での事業強化策を公表した。2010年12月にインドに投入した『エティオス』を皮切りに、新興国専用のコンパクトカーを合計で8車種投入し、シリーズの世界販売を15年までに年100万台とする。価格は100万円前後を想定しており、同社の布野幸利副社長は、50万円クラスの廉価モデルには参入しない方針を明確にした。
新興国の開拓では、日産自動車がダットサンブランドを復活させ、14年からインド、インドネシア、ロシアのエントリー市場をテコ入れする計画を3月に発表している。両社の作戦は一見、かけ離れているように映るが、実は第2ブランドを立上げるか否かを除けばそう差はなく、急速に拡大する中間層の顧客獲得をめぐる攻防が激しくなる。
トヨタはこのほどインドでの累計販売が10万台を突破したエティオスシリーズに次ぎ、今年後半にはブラジルに建設中の新工場で、同国向けの専用モデルを生産・販売する。また、中国では4月の北京モーターショーで参考出品したコンパクトカー『チン』のセダンとハッチバックを13年から同国の合弁2社で生産・販売する計画としている。
「新興国では、安ければ売れる」は誤り
いずれも05年当時から開発を進めてきたEFC(エントリー・ファミリー・カー)シリーズであり、タイやインドネシアなど東南アジアでも同様の展開を図り、これらの専用コンパクトカーの投入は、日米欧を除く100以上の国・地域に広げる。
布野副社長が、こうした事業方策を発表した際、50万円カーへの不参入に言及したのは、その前日に「トヨタ、インドで50万円車 16年めど新ブランド設立」との新聞報道があったからだ。布野副社長は、「新興国だから、安いクルマを出せばヒットするとの考えは完全な誤り」との持論を展開しながら、やんわりと報道を否定した。同社によると新ブランドの計画もない。
一方でダットサンの価格は「各国のエントリープライスとなる」(カルロス・ゴーン社長)ことから、廉価が売りの第2ブランドとのイメージが膨らみやすい。確かに、50万円前後のクルマがエントリー車としてひしめくインドでは、ダットサンも相当安いモデルが用意されることになろう。
クルマへの要求水準が高い人、中古車分野も含めた戦略
しかし、インドはむしろ例外であり、インドネシアやロシアでは違った展開になる。「安いだけではだめ」という認識は日産も同じであり、想定するダットサンの顧客層は「クルマへの強い憧れをもち、要求水準も高い人」(ダットサン事業担当のヴァンサン・コべ執行役員)と描いている。
ゴーン社長は「現在、中古車や2輪車に乗っている方々」の受け皿がダットサンと話す。エントリーユーザーとはいっても、運転経験があり、クルマに一定の知識をもつ層だ。期せずしてトヨタの布野副社長も「新興国では、中古車市場も併せて(攻略策を)考えないと見誤る」と指摘している。
日産があえて第2ブランドを立ち上げる背景には、ロシアはともかくインドではスズキ、インドネシアではトヨタグループと、日本のライバルに大きく水を開けられているという事情がある。ダットサンの導入は、日産ブランドの制約から解放され、思い切った商品づくりやアフターサービスによって、スズキやトヨタの牙城に挑むためであり、決して安売りに突っ走るためではない。