【井元康一郎のビフォーアフター】ホンダ伊東社長が見せるHV戦略 “次の一手”は!?

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伊東孝紳社長とフィットハイブリッド
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ハイブリッドカー最安値の「フィットハイブリッド」

10月8日にホンダが発売した新エコカー、『フィットハイブリッド(HV)』の販売が好調と報じられている。発売前に1万台を集め、市場投入後2週間でさらに5000台近く注文を積み増したという。

フィットHVの価格は159万円からと、昨年発売したハイブリッド専用モデル『インサイト』に比べてスターティングプライスが30万円安い。いっぽうでフィットのラインナップ中、ほぼ同等装備の非ハイブリッドグレード「G Fパッケージ」に比べると30万円ほど高く、以前から目標としてきた“価格差20万円以内”には届いていないものの、現行のハイブリッドカーではブッチギリの最安値であり、それがユーザーを引き付ける原動力となったものと考えられる。

脱石油・低炭素技術を金看板とするホンダは昨年2月、年産20万台以上を見込むグローバルモデル、インサイトを発売し、ハイブリッドカー攻勢に打って出た。世間ではEVが話題を集めているが、ホンダはEVがモータリゼーションの主役になるのは相当先と考えており、ハイブリッドカーを当分の間、エコカーの主軸に据えるという戦略を取っている。これはハイブリッドカー分野のトップメーカー、トヨタ自動車とほぼ同じ路線だ。中期的な目標として掲げているのは、2015年にハイブリッドカーのグローバル販売50万台。これは決して容易に達成できる数字ではない。

果たして、ホンダのハイブリッドカーの販売台数は、ホンダが当初期待していたほどには伸びていないのが実情だ。ホンダの手持ちのシステムは、小型モーター1個を使う簡便なマイルドハイブリッド「Honda IMA」のみ。燃費改善効果はトヨタのストロングハイブリッドより小さく、また事実上コンパクトカーにしか使えないという制約もある。伊東孝紳社長はフィットHVの発表会見で、「目標に対して現状はスローペース。頑張りたい」と奮起を誓う。

◆巧みな継投策で強力打線をかわす

しかし見方を変えれば、ハイブリッド技術のリソースが少なく、性能も不足気味というハンディを抱えるわりには、ホンダのハイブリッドカーの販売は悪くない。むしろ健闘しているとすら言えるほどだ。

国内市場を見ると、インサイトは昨年こそ多い時で月販1万台を超えるなど、月5000台の目標を超えるセールスを続けていたものの、今年に入って販売に急ブレーキがかかった。ところが、その直後の2月にハイブリッドカーの小型2ドアクーペ『CR-Z』を発売したところ、2ドアはもう売れないという国内市場の“常識”を覆す好調ぶりを見せ、9月までに2万1000台の注文を獲得。おまけに高性能スポーツカーという仕立てではないにもかかわらず、スマートでスポーティというホンダのイメージの回復にも貢献した。そして今回のフィットHVの良好なスタートダッシュ。

来年、トヨタはフィットHVのライバルとなるコンパクトハイブリッドカーを発売する計画を持っている。フィットHVの足止め効果を狙ってか、やれ燃費が40km/リットル台半ばだの、価格は150万円程度だのといったコメントが内部から聞こえてくる。フィットHVはタフな競争相手を迎えることになるが、ホンダはその頃には、今度はコンパクトミニバンの人気モデル『フリード』にハイブリッドモデルを追加する予定であるという。そこにライバルとなるモデルが登場するのはさらに先のことで、ホンダはそれまで先行者利益を得られる可能性が高い。

トヨタが充電可能なプラグインハイブリッドをはじめ、大小さまざまなハイブリッドシステムを取り揃えるという力技を見せているのに対し、手持ちのIMA一本を有効活用し、手を変え品を変えて上手くハイブリッドカーを売り続けるホンダ。野球に例えれば、投手事情の苦しいチームが巧みな継投策で強力打線をかわしているといったイメージである。

◆「偉大なる中小企業」を目指すホンダ

もっとも、ホンダのハイブリッド戦略の前途は決して平坦なものではない。現行のIMAをハイブリッド技術の主軸とするのが許されるのは、大目に見ても来年いっぱいといったところだ。国内では上手く戦っているものの、グローバル市場ではホンダのハイブリッドカーの存在感は大きくはない。

とくにヨーロッパ市場において、インサイトが1kmあたりのCO2排出量101g/km、『ジャズHV』(フィットハイブリッドの欧州名)が104g/km(計画値)と、エコカー減税ラインの100g/kmを下回れていないのは痛い。これでは現地ユーザーにネガティブなイメージすら与えかねない。一方で、世界の自動車メーカーがこぞってコストの安い普通のコンパクトカーの燃費の引き上げにかかっていることも、ホンダのハイブリッドカーにプレッシャーをかける。

ホンダは世界の自動車メーカーの中でも研究開発費の額で上位をキープしており、エンジニアの陣容も質量ともに充実している。技術開発の潜在能力は非常に高いのだ。が、その人材が高いモチベーションを持ち、能力をフルに発揮することができなければ、環境技術のトップランナーを目指す戦いに勝つことはできない。

ホンダが世界を変えていくような目覚しい技術革新をふたたび出せるようになるには、伊東社長自らがホンダに蔓延する大企業病を解消し、挑戦することを美徳とする気風を取り戻すべく、企業体質の革新に大なたを振るう必要も出てくる。最近、メディアの取材に対して「偉大なる中小企業を目指す」と語った伊東氏がどのような“実行力”を見せるかということも、自動車業界では注目の的となっている。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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