ジオテクノロジーズの前身は、パイオニアの子会社インクリメントP(IPC)だ。約1年前の2021年6月にパイオニアの資本を離れ独立した。IPC時代を含めるとジオテクノロジーズは第二創業期の只中だといえる。
同社の戦略を追うこのシリーズ3回目は、いよいよパイオニアとの関係に迫る。パイオニアから坂本雅人 常務執行役員を招き、ジオテクノロジーズ(GT)杉原博茂 代表取締役社長 CEOと対談形式で、分社化のねらい、現在の両者の関係や今後の戦略について語ってもらった。
(1)分社・分割は両者にとって攻めの経営
(2)コネクテッドスマートデバイス「NP1」に現れる成果
(3)クラウドで広がる可能性
(4)地球のためにできること
(5)ビジョンの共有があれば自ずと深まる絆
(1)分社・分割は両者にとって攻めの経営

ジオテクノロジーズ 杉原博茂 代表取締役社長 CEO(以下敬称略):両者の資本関係が解消されたとき、「パイオニアが虎の子(地図データ)を手放した」、「IPCは自立できるのか?」といったネガティブな声があったのは事実です。ですがグローバルビジネスでは、「コングロマリットディスカウント」という言葉があるように、私は分社をポジティブにとらえています。
データビジネスの可能性を考えれば合理的な判断だと思います。位置情報は、IT業界から見るとさまざまなデータやデータ構造がある中、点と線と面を融合した非常に高次な情報と言えます。技術のみならず、人の知見や歴史の集大成であると思っています。
地図というのはあまりに当たり前の存在になっていますが、そこに投入されている情報量、技術量は膨大です。われわれは、そのデータに注力することで、鮮度や付加価値の高いデジタルコンテンツを広く提供できると思っています。
パイオニア 坂本雅人 常務執行役員(以下敬称略):パイオニアはもともと部品としてのスピーカーを作るメーカーでした。その後ステレオやカーオーディオなど音響製品を手がけるようになり、カーナビでは製品と地図データを組み合わせたシステムを作るシステムメーカーになりました。現在は、システムからサービスソリューションに軸足を移そうとしており、2月にその基盤となるモビリティ領域におけるオープンプラットフォーム「Piomatix(パイオマティクス)」を公開しました。
カーナビを手掛けたとき地図データの重要性を認識して自前でやろうとIPCを立ち上げたわけですが、もはや地図データはカーナビだけのための存在ではありません。そこで、プラットフォームと地図データを分離して、それぞれの成長分野にしっかり資本を入れていく。このことが、お互いを育てていくことにつながると思っています。
杉原:パイオニアさんはカーナビだけにとらわれないプラットフォームビジネスを強化されるので、お互いの能力を最大限発揮しやすい環境に移行することが重要と考えています。幸い、DXやデジタルツイン・メタバースが叫ばれるこの時代、地図データやPOI(ポイント・オブ・インタレスト Point Of Interest)はとても大きな市場・潜在力があると思います。
それに、独立したといってもジオテクノロジーズは、IPC時代からパイオニアさんと一緒に戦ってきたDNAが根付いています。ビジョンの共有はできていますので、不安要素はあまりなく、むしろ2社で手を取り合って進む絶好のタイミングだと思っています。
坂本:そうですね。プラットフォームとコンテンツ、それぞれ餅屋に任せたほうが、結果的にお互いが成長できます。地図データはカーナビの枠に収めておくべきではありません。パイオニアが力を入れているプラットフォームビジネスでは、価値の本体はクラウド上のシステムと、それによって得られるユーザー体験になります。プラットフォーマーは、サービスやコンテンツの場所、入り口などの環境を提供しますので、そこに展開されるデータの多様性と高い付加価値がとても重要になります。
杉原:その点パイオニアさんは、高品質なハードウェア生産能力、消費者に直接リーチできる販売チェーン、高い顧客エンゲージメントを持っています。これは、純粋なデータプロバイダーが持っていないユーザーに対する「ゲートウェイ」として機能します。パイオニアさんのビジネスがプラットフォーム化すれば、ジオテクノロジーズの地図データがさまざまなユーザー、それこそ自動車以外のユーザーへの展望が開けます。
坂本:地図データや位置情報はCASE(ケース Connected、Autonomous、Shared & Service、Electric)車両の新しい市場の他、オープンデータとしての価値も上がってきています。その大前提は高品質な地図データです。ジオテクノロジーズさんとの補完関係は、お互いが成長することで、より強固なものとなるでしょう。
(2)コネクテッドスマートデバイス「NP1」に現れる成果
杉原:3月に発売になった「NP1」は、両者新体制で生み出されたひとつの成果だと思っています。本体はドライブレコーダーのように小さいですが、機能の多くがクラウド上にあり、提供サービスは増えていきますし、OTAで機能アップデートも可能なので非常にワクワクする商品です。
坂本:ありがとうございます。エッジクラウドコンピューティングでモノとコトを融合し、サービス軸に重点を移したことで実現した商品です。
杉原:既存の据え置き型カーナビの市場と競合してしまうという懸念はなかったのでしょうか?
坂本:既存カーナビのニーズは変わらず強い状況です。開発時の調査でも、地図があるカーナビを好むユーザーと、音声主体のカーナビを好む方の両方が存在することは明らかでした。カーナビも含めてさまざまなサービスを受けたいユーザーにとって、音声AIを搭載し、通信で進化する「NP1」は、これまでにない新しいカテゴリーとなりうる。そのように考えています。また、設置も本体をドライブレコーダーのようにフロントウィンドウに貼り付けて、電源ケーブルをつなぐだけなので、カーナビ本体と共存でき、幅広い車種への取付が可能です。

(3)クラウドで広がる可能性
杉原:地図データを扱っている者として、交通事業者や物流事業者などMaaS領域にも期待しています。地図データと管理システムがクラウドにあり、GPSを搭載したカメラ端末が車両に設置されるというのは、運行管理、配送ルート管理、ドライバー管理など事業者向けMaaSサービスのほとんどに対応可能ですよね。
坂本:ITやネットワークビジネスに精通する杉原社長のアイデアはいつも参考になり、刺激にもなっています。カメラ機能とPOI情報の組み合わせは、観光事業や自治体の公共サービスとしての可能性があると思っています。
コンシューマ向けでは、AIエージェントとの連携も面白いと思っています。海外では家電にアレクサやGoogleアシスタントが搭載され、家電機能以外のサービスやアプリのポータルにもなっています。「NP1」はOTAにより新サービスの追加が可能ですので、今春、アレクサを搭載予定です。また、「NP1」のアカウントはユーザーと紐づいているため、車両が変わっても自分の「NP1」アカウントで利用できます。タクシーやレンタカーに設置された「NP1」でも、自分のアカウントで認証すれば、自分の「NP1」として機能させることができます。
杉原:モビリティ向け端末として見れば、バイクや自転車にも展開可能ですね。ゴーグルやヘルメットに「NP1」機能を組み込めばウーバーイーツのようなデリバリーサービス、ラストマイル配送の業務端末になりますね。スマートヘルメットへの応用も面白そうです。
(4)地球のためにできること

坂本:話が「NP1」ばかりになってしまいましたが、逆にパイオニア製品やその協業によって、ジオテクノロジーズさんの製品やサービスが強化された、利用が広がったというものはありますか。お互いの成長を感じていないわけではないですが、事例があればこの場でもお聞きしたいですね。
杉原:コンシューマ向けMapFanや、事業者向けのMapFan API/SDKを通じて、ユーザーやパートナーに地図データを使ってもらっていますが、やはりIPC時代の経験や知見が凝縮されていると思います。冒頭にパイオニアさんのDNAと言いましたが、これまでの製品は協業の賜物です。
今後はパートナーとしてお互いのビジネスを進めて行くわけですが、かといってこれまでのやり方を大きく変える意識はあまりしていません。もちろん、時代や市場の変化には対応していきます。プラットフォーマーとしてのパイオニアさんにどう貢献できるかを考えるだけです。
そしてそれは地球環境への貢献にもつながると考えています。位置情報や人流データはすでに各キャリアさんも災害時やコロナの動向を分析するところで社会貢献をしています。我々は「トリマ」という、すでに820万DLを超える移動をすればポイントをもらえるポイ活アプリを展開しています。移動は手段を問わず何らかのCO2排出につながっていますが、数百万人単位の位置情報を以ってその移動を最適化すれば無駄なCO2削減に貢献できるのではと考えています。第一歩としてはまずは排出量を見える化するだけでもいいでしょう。一歩ずつでも社会課題解決に貢献していきたいと考えています。
トリマで獲得したポイントは、自分で使うだけでなく寄付に使うこともできます。すでに、トリマには国内外で森林保全活動を行う森林保全団体・一般社団法人more trees(モア・トゥリーズ)への寄付機能を実装しています。「NP1」と組み合わせれば「今日のドライブ分は寄付して」と言うだけで、移動距離を寄付にあてることも可能になります。同様な機能をタクシーや事業者のフリート管理にも実装すれば、CO2排出の少ないルートの選択や環境保全のための寄付活動も可能です。

(5)ビジョンの共有があれば自ずと深まる絆
坂本:「NP1」で社会課題解決ができるというのはいいアイデアですね。プラットフォームの良さはビジネスに幅ができることだと思います。
杉原:はい、そういった展開はハードウェアが優秀でないとできません。プラットフォーム事業の成功例はアップルやグーグルが典型例ですが、アップルがグーグルやフェイスブックなどと一線を画するのは、iPhoneという優秀なハードウェアの存在があるからです。パイオニアさんは優秀なハードウェア技術を持っています。カーナビ開発等で鍛えたソフトウェアがあって初めて、地図データと位置情報という生のコンテンツを消費者に価値のある情報やサービスとして利用してもらえるでしょう。
坂本:はい。ただ「NP1」は分社する前、IPCの頃からのプロジェクトでした。こうしてみると、プラットフォームビジネスを考える上で、分社は必然だったのかもしれません。お互い動きやすくなったおかげで、拡張性の高い製品がリリースできたというのもあると思います。
以前、IPCはカーナビのための地図データを作っていました。しかし杉原さんとはメタバースの、非常にワクワクする話もできています。サイバーフィジカルシステム(デジタルツイン)や拡張現実の世界では位置情報がとても重要になります。カーナビという枠の中だけでは得られないような位置情報、地図データを、独立によってジオテクノロジーズさんは自由に集めて付加価値を高めています。このフィードバックでお互い成長できると思っています。
杉原:以前の日本は、親会社・子会社、取引先でもより良い製品、より良いサービスを作るためにポジティブにお互い意見をぶつけ合うことが普通にありました。「NP1」は、我々の魂も入った製品だと自負しています。「NP1」はプロジェクトを通じて両者が対等な立場で意見交換、議論、開発ができたというのはありがたい言葉です。子会社のままなら、ひょっとすると親のいうとおりの製品を作ればよいという考え方が正しいでしょう。
しかし、それではプロジェクトはうまくいかなかったかもしれません。お互いに親離れ、子離れができたからこそ双方の成長が実現したのだと思っています。
これからも何がいいのか「一生懸命」に考え、新しい価値・市場・ルールを創り、より良いものをより強い情熱を持ってリリースしていきたいと考えています。
