「クルマがソフトウェアで選ばれる時代が来る」とフォルクスワーゲンは考えている

「ソフトウェアが開発業務の中心になっている」

ID.ファミリーはアップデートを前提とした車である

車のキャラクターを決定するのはユーザーに

「クルマがソフトウェアで選ばれる時代が来る」とVWは考えている
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  • VWの電動車ブランド「ID.」ファミリー
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「ソフトウェアが開発業務の中心になっている」

『ゴルフ8』が日本市場でローンチされる数日前、フォルクスワーゲンはオンラインでソフトウェアに関するワークショップを行った。パネラーとして登場したクラウス・ツェルマー、営業マーケティング&アフターセールス担当取締役は、次のように述べた。

「すべての会社と同じようにカスタマーの越えに耳を傾け、サステイナブルなモビリティにおいてもっとも魅力的なブランドとなれるよう、我々はEモビリティにおける新戦略を採っています」

その一端が、ソフトウェア・オフェンシブだという。すでに新車の様々な部分にソフトウェアは入り込んでいて、今日のニューモデルをよりスマートにインテリジェントにしている。将来的にもソフトウェアが自動車メーカーにとっていかに重要であるか、もう一人のパネラーであるトーマス・ウルブリッヒ 技術開発担当取締役は、こう説明する。

「今日、ソフトウェアなしに持続していくものはないと考えます。だからここ数年でソフトウェアは私たちの開発業務の中心になっているのです」

コネクテッドカーのイメージコネクテッドカーのイメージ
例えばバッテリー残量をメーターパネル内に表示するだけでなく、直近の走り方を鑑みて航続可能距離を割り出し、そのレンジ内で急速充電ステーションの候補をナビゲーション・システムの上に映し出して、ドライバーに選ばせるといった一連のプロセスは、ソフトウェアの働きがあってこそ。VWはつい先日発表されたゴルフ8で、インフォテイメントシステムのみならずデジタル・アーキテクチャそのものを一新しているが、新しいモビリティ世界では今後、コネクティッド環境におけるソフトウェア機能が重きをなしていくという。

つまりエンジンが車に話しかけ、車は周囲の環境に話しかけるのみならず、スマートフォンやインターネットにも話しかけ、バックグラウンドでのコミュニケーションはさらに増えていく。その際にあらゆるタスクを担うのがソフトウェアなのだ。やがて導入されるであろう『ID.3』や『ID.4』においては、カー・トゥ・Xテクノロジーが搭載されており、安全装備としての可能性をユーロNCAPも先行リサーチしている。

いわばソフトウェアは将来、カスタマーにとって安全性の要になる。のみならず、移動するというエクスペリエンスそのものを左右するファクターであるがゆえ、VWはソフトウェア開発のイノベーターであることを目指すという。

ID.ファミリーはアップデートを前提とした車である

VWの電動車ブランド「ID.」VWの電動車ブランド「ID.」
90年代半ば、チェスの世界チャンピオンだったガルリ・カスパロフに対しIBMのチェスコンピュータのディープ・ブルーは一度は敗れたが、翌年の再戦ではより短い試合時間で、カスパロフを投了に追い込んだ。ウルブリッヒ取締役はこれが、IBMのエンジニアが努力してソフトウェアを見直すことによって、ソフトウェアの革新が既存の世界を変革する可能性を証明した、初のケースだったと指摘する。だが一方で、ソフトウェアはデイ1から完璧でないがゆえ、進化していくプロダクトとして、さらなる開発とアップデートを重ねられるものであり、つねに最適化されるべき余地のあるとも、氏は強調する。

「そして大事なのは誰が最初に進歩させ続けるか、加えてそれを実行するスピードも必要です」

クラウス・ツェルマー取締役も、昨年から欧州市場に投入されたID.3でソフトウェアに関する初期不良があったことを認めつつ、このように続ける。

「ID.ファミリーはアップデートを前提とした車であり、我々のような量販車メーカーのボリュームでオーバー・ジ・エア方式のアップデートを成し遂げたのは重要なこと。それにモデルライフ期間を通じてアップデートとアップグレードを絶えずカスタマーに提供し続けることで、よりニーズに沿ったものになる」

VW ゴルフ 新型のインテリアVW ゴルフ 新型のインテリア
さらに彼らは、ゴルフ8がこれまででもっともデジタルなゴルフであることを隠そうとしない。インジェクションやエアコン、ABSやESCといった電子制御デバイスやDSGなど、ゴルフはデビュー当初から各時代の最新テクノロジーを量販車として果敢に採用してきた。8世代目において搭載されているのは、コネクティビティそのものだ。ほぼ半世紀前、初代ゴルフでは30ほどだった車載機能は、ゴルフ8では500以上にもなっている。ゴルフはボタンやレバー類が極力、排しつつも、ドライバー中心のセルフ・オペレーティング環境の伝統を、デジタルコクピットという未来へ繋いだのだ。

欧州市場ではゴルフ8にもID.ファミリーと同じく、ソフトウェアの初期不具合があって、自動緊急通報システムの正常作動がおぼつかない、脆弱な状態だった。これがカスタマーのフラストレーションになったことをVWの担当者たちは認める。しかしフィードバックからソフトウェアという複雑なシステムに修正を施し、早急に対応する経験を重ねたことがプラスだったという。カスタマーからさらなるコネクティビティと安全性、パーソナライズが求められる今日から将来にかけて、車載機能とオンラインサービスは新たな基軸であり機会でもある。

車のキャラクターを決定するのはユーザーへ

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ツェルマー氏は、テスラがモビリティとコネクティビティにおけるデジタル・トランスフォーメーションを推し進めてきたこと、同社に対するリスペクトを口にしつつ、VWのケースは次のように異なると指摘する。
「量産車メーカーとしてここ最近で見ても今だ、テスラに対し我々は10倍以上多くの台数を扱っています。我々の取り組みとは、これまで存在してきた古いビルに手を加えるのではなく、まったく異なるグリーン・フィールドに新しいビルを建てるようなものです。それは単に規模だけでなく、どう展開できるかというスケーラビリティの話でもある」

それが世界最大規模の量販車メーカーのひとつとして、MEBというEV専用プラットフォームそしてソフトウェアの開発に繋がったところだ。

「ソフトウェアは完成したら、車というハードウェアの違いに関わらず、ある程度は同じように応用できる」と、ウルブリッヒ氏は強調する。それはクロス・プロダクトやコスト分散性、魅力的な価格といった形で、カスタマーへのメリットへと還元されうる。

「だからVWが提供していくのは、大衆のための、ソフトウェア・ドリヴンによるEモビリティやコネクティビティであるといえます」とツェルマー氏はまとめる。

無論、カスタマーが所有車としてでなく、モビリティ・サービスとして車を一時的に必要とする際にも、ソフトウェアは主要な役割を果たしつつある。ハンブルクやベルリン、フランスなど欧州域内でVWはID.3を用いた「WE SHARE」というカーシェアを展開しているし、そこではソフトウェアが重要な役割を果たす。予約やログイン/オフだけでなく、運転の仕方や買物、充電の拠点といったテレマティクスサービスのハブでもある。

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加えて車は今後、移動のニーズを満たすだけでなく、ソフトウェアによるFOB、つまりフォンクショナリティ・オン・デマンドによって、車自体のキャラクターをカスタマーの好みに応じて変えていくことが視野に入ってくるとか。逆にいえば、「車のキャラクターを決定するのはカスタマー。カスタマーが車をハードウェアではなく、ソフトウェアのパフォーマンスで選ぶ時代が来ると考えている」と、ツェルマー氏は語る。

例えばシートやステアリングポストの位置、アンビエントライトの設定などが、車を変えてもドライバーについて回るようになる。車を購入した後に、ソフトウェアの出来映えによって使い方、走らせ方におけるパーソナライズの質がどんどん上がって、テイラーメイドばりの仕上がりになっていくというのだ。新しいVWのモデルは工場をラインオフした後、車がライフサイクル期間中、外部環境の進化に合わせて、アップデートし続けるという。個人データのセキュリティ面を含め、それをシームレスに可能にするのがオーバー・ジ・エア(OTA)と呼ばれるテクノロジーだ。

ゴルフに代表される伝統のラインナップに加え、ID.ファミリーというオルタナティブかつ100%BEVのニューラインナップが並行して登場した時、VWは巨大なジレンマを抱えているようにも見えた。だがソフトウェア面で、スケールメリットを活かして広く大衆に次世代モビリティを敷衍(ふえん)するという目的において、両ラインナップは表裏一体であり、パワートレイン電動化の度合いを超えて、よりサステナブルかつカスタマー・オリエンテッドな自動車メーカーを目指す、そんな意思の表れと捉えるべきなのだろう。

《南陽一浩》

南陽一浩

南陽一浩|モータージャーナリスト 1971年生まれ、静岡県出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・服飾等の分野で日仏の男性誌や専門誌へ寄稿。現在は活動の場を日本に移し、一般誌から自動車専門誌、ウェブサイトなどで活躍している。

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