北海道大停電43時間、体験ドキュメント…電源確保&食料確保どうする?! 平成30年北海道胆振東部地震

  • 9月6日3時8分、枕元に置いていたiPad miniから緊急地震速報が鳴り響き、次の瞬間、激しい縦揺れに見舞われた。これまでに体験したことがない揺れで、思わず身体が震えた。
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地震発生当日に閉鎖された小樽駅では、JR北海道社員が駅頭で案内に努めていた。
  • 地震発生当日に閉鎖された小樽駅では、JR北海道社員が駅頭で案内に努めていた。
  • 地震発生直後の国道5号線。たちまちブラックアウトに見舞われた。
  • 被害はこの程度で済んだ筆者宅。
  • 小樽市内の公共交通機関は始発から運行見合せとなった。
  • 交通量が多い交差点で手信号を送る警察官。
  • 入店規制が行なわれていたコンビニ。
  • 駅前のスーパーで生活必需品の臨時販売に並ぶ人々。
  • 大手コンビニはどこも長蛇の列ができていた。
9月6日3時8分、枕元に置いていたiPad miniから緊急地震速報が鳴り響き、次の瞬間、激しい縦揺れに見舞われた。これまでに体験したことがない揺れで、思わず身体が震えた。

■「数時間で復旧するさ」とたかをくくったものの…



筆者が住む小樽市は震度4ということだったが、東京で同程度の震度を何度も経験している身としては、とても震度4とは思えない「人生最大震度」とも言うべき激しい揺れだった。

揺れが収まったのと同時に停電したが、筆者宅はエントランス付近に非常灯が点いていたこと、幹線国道に面していて自動車のライトに照らされていたこともあって、完全なブラックアウトに陥ったわけではなかった。

それでも人生で数えるほどしかない停電に突然見舞われたため、やや不安がよぎったが、晴天で夜明けを迎えたせいか「なぁに、4~5時間もすれば復旧するさ」とたかをくくっていた。

ところが10時を過ぎても停電は解消されず、少々焦り出してきた。ラジオからは北海道電力(北電)の火力発電所がかなりのダメージを受けており、「電力の需給バランスが崩れた」として、全域が一斉に停電。運転を休止している泊発電所を除けば、北電最大級の苫東厚真火力発電所が復旧までに1週間以上というアナウンスが流れてきた。

幸い、ガスと水道は生きており、2011年3月に発生した東日本大震災に比べると、「被災」と言うには語弊があるのかもしれない。しかし、ひとつの都道府県が丸ごとブラックアウトに陥るのは例が少ない。

大手コンビニはどこも長蛇の列ができていた。
停電が長期化すれば物流はたちまちストップし、商店の営業もままならない。不安に駆られて飛び出した街では、信号がダウンした交差点で警察官が手信号で誘導を行なっており、JRや路線バスはすべてがストップ。最寄りの小樽駅は閉鎖され、JR北海道の社員が駅頭で案内に努めていた。

駅前のスーパーでは、エントランス前で生活必需品の臨時販売が行なわれており、長蛇の列ができていた。コンビニは閉店、開店がまちまちだったが。開いていても入店規制が行なわれており、店員が入口前で仁王立ち。入店できても、電池はもちろん、カップ麺すら手に入らない状況だった。

■食料の確保に奔走し「アイスもいかがですか?」



筆者宅ではあいにく飯類が尽きていて、乾麺2日分しか頼りになる食料はなかった。停電はいつまで続くか見当がつかないため、ラジオを聴きながら食料確保に奔走した。

買えないかもしれない場所で長蛇の列に加わるのは時間の無駄なので、街中を丹念に歩き回ると、ノーマークの和菓子店を発見。ここで腹持ちがよく、日持ちがするどら焼きを購入した。さらに、町外れの坂の上へ行くと、これまたノーマークの小さなスーパーを発見し、1週間分の乾麺や菓子類を調達することができた。

筆者が見つけた穴場スーパー。店内は薄暗いが、待たずに十分な食料を確保することができた。
もちろんレジを使えないので、店員が電卓片手に会計。「値段が適当になってすいません」と言われたが、手に入りさえすればよい状況なので、いちいち気にしてはいられない。クレジットカードや電子マネーが普及している昨今だが、これらは電気を使えない状態では無力で、現金こそ頼りになる存在であることを痛いほど感じた。

ここでは「アイスもいかがですか?」と勧められ、1個買ってみたが、地震発生から12時間も経過しているのにほとんど解けていなかったのが不思議だった。さすがに冷蔵庫を使えないとあっては、まとめ買いをする勇気はなかったが。

ちなみにコンビニでは「セコマ」が普段から停電対応に熱心で、オフラインでレジ打ちをできる態勢になっていたという。品薄ではあるものの、閉鎖や入店規制もなかったという。

■電池の心配をしていたら携帯基地局がダウン



食料を確保できたところで、次は電池の問題。実は地震の前に北海道を襲った台風21号に備えて、手持ちの「エネループ」のほとんどを満充電にしており、ラジオを聴くには不自由しなかった。地元のコミュニティラジオ局である「FMおたる」では、震災情報番組を流し続けており、災害時は電力を食うテレビやスマートフォンよりアナログラジオが有効であることを身を以て知った。

スマートフォンやタブレットに対しては、8000mAHのモバイルバッテリーを満充電にしていたものの、これも2日は持たない。とりあえず画面の明るさを落とし、使えないWiFiやbluetoothを切り、ラジオアプリのサイマル放送も聴かなくするなどして乗り切りを図った。

そのようなことをしているうちに、これまで稼働していた付近のau基地局がいきなりダウンし、比較的電池の残容量に余裕があったスマートフォンがアクセス不能になってしまった。どうやら基地局の非常用電源のバッテリーが切れたようだ。

iPad miniで使っていたNTTドコモは生きており、4Gが3Gになる不安定さはあったものの、SNSで情報を確認する程度なら問題はない。常日頃、ひとつのキャリアに頼ることは危険と思い、複数のキャリアと契約していたことが、ここで功を奏した。

iPad miniの残容量は50%程度で、電池の劣化を考えると、翌日まで持つかどうか微妙な状況だった。そんな不安を抱えながら6日はなんとかiPad miniだけで地震関連の記事1本を配信。auのSIMが入っているスマートフォン2台は80%程度だったため、基地局のダウンはなんとももどかしい気持ちにさせられた。

電気が灯った小樽駅とは裏腹に、依然ブラックアウトが続く駅前通り。
記事を配信してから再び街に出てみると、小樽運河付近で送電が復旧。小樽駅周辺でも駅だけは電気が点くようになり、列車の発着がないにも拘わらず、日中の閉鎖が解かれていた。やはり駅に電気が灯ると「砂漠の中のオアシス」のようで救われた気分になる。鉄道の駅がいかに大きな存在であるかを思い知らされた。

■充電は市役所、海保、携帯ショップが総出で対応



翌9月7日、筆者が住む地域は地震発生から24時間が経過しても停電が解消されず、昼過ぎから電源探しに街へ。小樽駅へ行くとJRは午後から一部で運行再開とあったが、結局、再開したのは札幌発着の快速『エアポート』のみで、この日も小樽駅に発着する列車は1本もなかった。小樽で動いている公共交通機関といえば、小樽港を発着する新日本海フェリーのみで、クルーズ船の「にっぽん丸」も予定どおり寄港していた。

こういう時のアナログラジオの情報は貴重で、小樽では市役所や海上保安庁が充電態勢をとっていたことを知る。また、独自に非常用電源を持つ、小樽築港駅近くの商業施設「ウイングベイ小樽」では、1階の携帯電話ショップで充電サービスが行なわれており、NTTドコモではスタッフ総動員で案内に努めていた。

ドコモの力の入れようには驚くべきものがあった。スマートフォンやタブレットはもちろん、ガラケーにも対応した充電器が多数用意されており、まるでこの大停電を想定していたかのようでもあった。ドコモショップは、キャリアの垣根を越えた携帯電話の見本市のようになり、まさに「壮観」の2文字状態。充電前はiPad miniの電池残容量が20%を切っていたので、もしドコモで充電できなければ7日の記事配信は危なかったかもしれない。

ウイングベイ小樽のドコモショップでは充電サービスに力が入れられていた。
結局、この日は19時過ぎに帰宅しても電気の復旧はなし。すでに停電から36時間以上が経過しており、地震の数日前に100均で購入したばかりのLEDライトを頼りに、またもや長い夜が続くのかと思ったところ、22時前にようやく復旧。この時、歓声をあげたい気持ちになった。

結果的に停電時間はおよそ43時間。2003年8月に発生した北アメリカ大停電が29時間だったので、それを大幅に超す記録的停電を北海道で体験できたとは、貴重と言ってよいものなのかどうか、複雑な気分になった。真冬に発生しなかっただけ救いというべきだろうか。

■地震発生3日目以降にようやく平常に向かう



地震発生から3日目となる9月8日は、小樽駅でも列車の発着が始まり、市内の路線バスの運行も復活。公共交通機関が少しずつ動きだし、ようやく平常に近い状態になってきたが、街に出ると、依然、コンビニやスーパーは閉鎖状態で、飲食店も軒並み閉店。わずか2日間とはいえ、さすがに乾麺だけでは身が持たなくなってきた。そんな中、モスバーガーだけはすでに開いており、フィッシュバーガーを口にできた時は、まさに「地獄に仏」だった。

小樽市では、道路の陥没や液状化などはなかったが、最大震度6弱を記録した隣の札幌市では、地盤が弱い東区や清田区などで続出。筆者は昨年まで東区に住んでいたので、とても他人事とは思えなかった。

札幌には知人が大勢いるが、マンションに住む知人は、停電で水道の給水ポンプが止まり、断水がなくてもそれと同じ状態に見舞われていた。また、地震に強いと言われているLPガスが機器にダメージを受け、使えない状態になっている世帯も多数あった。

そのようなことから、筆者は津波のリスクはあるものの、地盤が強固な小樽に越す選択をしたことはひとまず正解だったと思えてきた。余震は頻繁に続いているものの、知る範囲では、小樽で身体に感じたものは2回のみ。一歩間違えれば「凶器」になる背の高い本棚が崩れることもなかった。

こうして、8日には北海道を襲った大停電がほぼ収束。翌9月9日にはJRの特急列車も一部で運行を再開した。駅前のスーパーを覗くと、豆腐や納豆、野菜、魚介類、冷凍食品、菓子パンといったものが依然欠品していたものの、カップ麺は自由に買える状態に。気になっていたモバイルバッテリーは、さっそく14000mAhの大容量タイプを購入した。

世耕弘成経済産業大臣は早くも計画停電の検討を打ち出しており、企業の生産活動が活発化する週明け10日以降、日中の需要に危機感を示している。北電は、老朽化した発電所や本州からの電力融通などを活用して供給に努めているということだが、節電がうまくいかなければ、北電が言う電力の「需給バランス」が再び崩れかねないだけに、送電が復旧したとはいえ、北海道はまだまだ安心できない状況が続いている。筆者も可能な限り節電に努めたいと思っている。
《佐藤正樹(キハユニ工房)》

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