【スズキ バレーノ 試乗】凄く良くできているところと、まだまだの部分と…中村孝仁

試乗記 国産車
スズキ バレーノ XT
  • スズキ バレーノ XT
  • スズキ バレーノ XT
  • スズキ バレーノ XT
  • スズキ バレーノ XT
  • スズキ バレーノ XT
  • スズキ バレーノ XT
  • スズキ バレーノ XT
  • スズキ バレーノ XT
『ソリオ』に続き『イグニス』がデビューし、『スイフト』と並んでコンパクトカー3台体制かと思っていたら、さらにもう一台この『バレーノ』が加わって、スズキのコンパクトカーは一気に4車種に増えた。

どうしても触れなくてはならないことは、このクルマがインド製であるということ。これはネガティブな要素では全くない。インド製と聞いて身構えるユーザーがいるかもしれないが、インド、マネサール工場で作られるこのクルマは、そもそもスズキの品質基準をそのまま持ち込んで生産しているうえ、それでも心配がないよう、日本に陸揚げされた後、さらにスズキ湖西工場でPDI作業を行うダブルチェックが施される。というわけでクォリティーに関しては文句なしである。

今回取り上げるのは3気筒1リットルターボエンジンを搭載する「XT」というグレード。1.2リットル4気筒NAを搭載する「XG」というグレードよりも価格的には上級に位置するモデルで、さらにセットオプションを装着した試乗車は、本革シートにアームレストや助手席シートヒーターなどを備えるかなりの豪華仕様である。

まずは評価すべきすごく良くできていると感じたのはエンジンだ。このエンジン、今回が初採用なのだが、小癪なまでにパワフルである。面白いのがウェイストゲートバルブノーマルオープン制御というもの。通常だとウェイストゲートは閉じていて、ブローを防ぐために過給圧が上がりすぎるとこのバルブを開く。ところが、このバレーノの3気筒ターボは普段はこのウェイストゲートを開いているのである。

理由はポンピングロスの低減で、本当にパワーが必要な時だけバルブを閉じて高い過給圧を得るようにできている。いつバルブが閉じるかなどは全く体感できないが、とにかく上述したようにアクセルの踏み方に対してリニアな加速感が得られている。

もう一つ立派だと思えたのは、このクルマには6速のステップATが組み合わされている点だ。CVTのトルク容量が足りないから、ステップATにしたのかと思いきや、実はそうではなくて、燃費を犠牲にしても軽快な運動性能やレスポンスを得るために敢えて採用しているのだという。クルマの性格に合わせたステップAT装備は大いに評価したい。

もう一つ評価したいのは、『アルト』以来ほぼ同じ形状で開発されている新たなプラットフォームだ。今回も軽量化に余念がなく、重量の重いXTでも950kgと1tを切る。しかもこれ、同じように見えるがイグニスやソリオのそれとは異なり、Bセグメント用のシャシーで別物なのである。これを元に次のスイフトが開発されるかと思うと楽しみだ。

一方で、まだまだと感じた部分は、このクルマ、妙にステアリングに微振動が入力される。最初は個体差だと思っていたが、他のジャーナリストの評価を見てもその記述があり、NAを搭載するXGの方ではその兆候が全くないことから、3気筒搭載車固有に発するものらしい。理由は不明だ。この微振動の入力を除けばハンドリングはすこぶる良好で好ましい。

乗り心地は16インチの185/55R16を装備している関係か、15インチの175/65R15のXGと比べると、少しだけ路面からのあたりが強い印象を受けたが、大差ない。スタイルは16インチの方が俄然好印象だ。また、何故か知らないがアイドリングストップがつかない点も解せない。何故という疑問に対する明確な答えはなかったが、ステップATを装備してもアイドリングストップが付けばもう少し燃費は良かったはずである。もう一つ、国産車としては珍しくプレミアムガソリンを要求することである。まあ、ヨーロッパ車はこのクラスでも日本に来ればプレミアムガソリンだから、そこを相手にするなら仕方ないが、ライバルを国産車に求めると、評価が下がる。

とまあ、良い部分とまだまだと思える部分が混在するモデルだが、およそ日本車離れしたデザインと言い、敢えてインドで生産し持ち込むという大胆な戦略などには拍手である。ただ、賃金の安いインドで生産し、国内生産拠点の空洞化を招かなければいいのだが。

■5つ星評価
パッケージング ★★★★
インテリア居住性 ★★★★
パワーソース ★★★★
フットワーク ★★★★
おすすめ度 ★★★★

中村孝仁(なかむらたかひと)AJAJ会員
1952年生まれ、4歳にしてモーターマガジンの誌面を飾るクルマ好き。その後スーパーカーショップのバイトに始まり、ノバエンジニアリングの丁稚メカを経験し、その後ドイツでクルマ修行。1977年にジャーナリズム業界に入り、以来38年間、フリージャーナリストとして活動を続けている。
《中村 孝仁》

編集部おすすめのニュース

特集