【土井正己の Move the World】逆境が生む日本の「イノベーション」

自動車 ビジネス 企業動向
初代プリウスと内山田会長
  • 初代プリウスと内山田会長
  • マツダ・CX-5
  • SKYACTIV-D(スカイアクティブディー)
  • マツダ 新型 アクセラ(参考画像)
  • 歴代トヨタプリウス。左から2代目、初代、3代目(現行型)
  • 1997年に登場した初代プリウス

軒並みの過去最高益。その理由は?

自動車各社は、今月、本年3月期決算予想を公表した。軒並みの過去最高益とのことだ。トヨタ自動車は、営業利益が2兆4000億円(前年比81.7%増)とリーマンショック直前に記録した過去最高益を塗り替えると予想。また、マツダは1800億円(前年比3.3倍)の営業利益で、こちらも過去最高との予想だ。

この理由としては、各社が「1ドル75円でも利益の出るビジネスモデルに」と大幅な原価低減活動に取組んだ成果が大きい。超円高でも利益が出せる「超筋肉体質」となったところに、為替がやや円安に振れ、追い風が吹いたと言われている。

しかし、見落としてはならない点がもう一つある。厳しい時にこそ、「イノベーション」が生まれるという日本人独特の「モノづくり力」が機能している点である。

マツダは、リーマンショック以降、大変厳しい状況が続き、2009年3月期、2012年3月期には赤字を計上している。そんな中においても「イノベーション」をめざし、不断の努力を続けた。そして、2012年2月に「スカイアクティブ」技術を搭載した『CX-5』を発売した。ガソリンエンジンではエネルギー効率を大幅に高め、燃費をハイブリッド並とした。また、デザインも「魂動(こどう)」という新デザインコンセプトを採用し、斬新さを強調した。その後も、この「スカイアクティブ」を搭載した『アテンザ』、そして『アクセラ』を発売し、これらのモデルが、国内、海外での販売を大きく牽引している。厳しい経営の中で、全社一丸となって行った「イノベーション」を達成したからこそ、今の収益拡大があることを見落としてはいけない。

運慶・快慶の彫刻とプリウスの「サイマルタニアス・エンジニアリング」

運慶・快慶は鎌倉時代前半に活躍した日本を代表する仏師で、社会の教科書にも出てくる奈良の東大寺南大門の「金剛力士像」が代表作である。この2体の彫刻は、8.5mもの大作だが、これを作るには大木が必要だった。しかし、源平の合戦などで木材の需要が高く価格が高騰しており、彼らの台所事情は、この高額素材を自費で買うことを許さなかった。そこで、作品納品後にその代金で、素材費を払うことにした。そして、何とこの2体の大作品を69日間で仕上げたという(素材代金支払い期限と思われる)。建立は1203年で、ざっと今から800年前である。当時としては画期的な速さで、一体を約3000のパーツに分けて分業作業をして、最後に「擦り合せ」(寄木作り)を行ったのである。この資金繰りとスピード生産の考え方は「トヨタ生産方式」と同じである。

また、運慶・快慶は、3000のチームが同時に作業できるよう、作業製図技術、組付け技術、チーム管理技術などこれまでにはなかった技術を開発したと想像できる。しかも、芸術性を犠牲にしたわけではない。運慶・快慶による芸術のリアリズム表現は、イタリアン・ルネッサンスよりも300年早い。これは、まさに経営の危機的状態から生まれた「イノベーション」であった。

同様のストーリーは他にもある。初代『プリウス』(1997年発売)は、経営判断から発売が2年早だしとなった。普通では、2年の早だしは不可能としか言いようがない。この当時の開発責任者であった内山田竹志氏(現トヨタ自動車会長)は、「初めてトライした『サイマルタニアス・エンジニアリング(複数の新技術の同時開発)』で、何とかやり遂げることができた」と最近の記者懇談会で語っている。同時に動かしたチームの数は、サプライチェーンを含めると運慶・快慶の比ではないが、日本人の「モノづくりDNA」として共通のものを感じる。この時に生み出された開発メソッドがトヨタのその後の開発体制をより強固にしたことは言うまでもない。

このように、危機の時こそ、真に強力な「イノベーション」が生まれ、長きにわたって企業の発展に寄与してくれるものが多い。冒頭に挙げたマツダの「スカイアクティブ」以外でも、スバルの「アイサイト」やホンダの新ハイブリッドシステム「SPORT HYBRID i-DCD」、三菱自動車の「ツインモーター4WD型プラグインハイブリッド(PHEV)」など、日本の自動車産業は、震災や超円高の極めて厳しい経営状況下にあっても、世界に先駆けた技術をマーケットに送り出している。

今後も、経済の状況は、「山あり谷あり」が続くであろう。しかし、苦境の時こそ日本人は「イノベーション」のDNAが騒ぐようである。短期に踊らされず、中長期を見据えて、800年後も語り継がれる更なる「イノベーション」が出てくることを期待したい。

<土井正己 プロフィール>
クレアブ・ギャビン・アンダーソン副社長。2013年末まで、トヨタ自動車に31年間勤務。主に広報分野、グローバル・マーケティング(宣伝)分野、海外営業分野で活躍。2000年から2004年までチェコのプラハに駐在。帰国後、グローバル・コミュニケーション室長、広報部担当部長を歴任。2010年のトヨタのグローバル品質問題や2011年の震災対応などいくつもの危機を対応。2014年より、グローバル・コミュニケーションを専門とする国際コンサルティング・ファームであるクレアブ・ギャビン・アンダーソンで、政府や企業のコンサルタント業務に従事。

《土井 正己》

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