【インタビュー】F1、WRC、MotoGP…最高峰のレースで試されるスパークプラグの開発現場

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これまであまり語られたことのなかった、サーキットでのNGKの興味深い話を、NGK自動車関連事業本部の中尾寛氏に聞かせていただいた。
  • これまであまり語られたことのなかった、サーキットでのNGKの興味深い話を、NGK自動車関連事業本部の中尾寛氏に聞かせていただいた。
  • 1964年に採用されたF1用プラグ。プラグレンチをかける六角形の下が異常に長い。このプラグは1964年当時のものが保存してあったのではなく、数年前に新たに製造したのだそうだ。
  • 市販車向けプラグでは外側電極の先端の一部だけが貴金属だが、レース用では外側電極全体が貴金属。斜方タイプ(スラントタイプ)というのだそうだが、なんとも贅沢だ。
  • 最新のF1エンジン用プラグ。突き出た外側電極がないのが目を引く。全体が非常に細く小径である点も非常に重要なポイントだ。
  • 左の2本はレース用プラグ。右は市販車用プラグの最新フラッグシップモデル「プレミアムRX」

スパークプラグの世界トップシェアを誇るNGK(日本特殊陶業)。同社のプラグはF1やWRC、そしてMotoGPなど最高峰のレースカテゴリーでトップチームが採用しており、2013年4月にはF1通算300勝という大記録を達成した。その他のレースでも4輪、2輪共にNGKの強さは圧倒的だ。レースシーンにおけるプラグの開発現場について、自動車関連事業本部の中尾寛氏に話を聞いた。

◆ホンダとともにF1の舞台へ

インタビューを開始すると、いきなり凄いものを見せていただいた。1964年にF1への挑戦を開始したホンダのF1マシンに装着されていたスパークプラグだ。NGKはホンダとともにF1の舞台へ足を踏み入れたのである。

このプラグ、手に取ってみると異様に長いことに気づく。中尾氏はその理由について、次のように説明してくれた。「プラグを脱着するレンチは、当然ながらプラグより太いので、エンジンのヘッドにはこのレンチが入る分だけスペースを設けねばなりません。しかしプラグの横にはバルブがありますし、その上にはカムがある。場所の制約が大きいわけです。それでプラグの形状をこの様にすることで、レンチを奥まで突っ込まなくてもいいようにして、その分バルブやカムのスペースを増やすというのが、このプラグの発想です」。

続いて、もっと後のF1用プラグも見せていただいた。1本は外側電極が非常に短く、もう1本に至ってはL字型の外側電極がない。これが着火性能の極限を具現化したプラグなのだろうか? ところが、説明を聞くと全く違っていた。

「F1になりますと1万8000とか9000回転まで回りますから、バルブスプリングも市販車とは比較にならないほど強い。それどころか、最近ではエアで、あるいは機械式でバルブを戻すのが当たり前になっています。そうすると、プラグのすぐ横で4本のバルブがバッチンバッチンと、振動がすごいんですね。その激しい振動の中では、棒状のものは必ず折れます。ですから、通常の外側電極を付けても折れてしまう。このプラグの電極の形状は、着火性は良くないです。しかし、折れてしまう物を付けてエンジンが止まってしまっては仕方ないから、こういった形状になりました」。

◆売り込みなしでF1チームが続々採用

F1のような極限のエンジンでプラグに求められるのは、できるだけ小さく細くしてバルブのためにスペースを譲ること。そして、振動や高温を始めとする過酷な使用環境に耐える耐久性だ。このような厳しいF1の世界で、NGKプラグを装着したマシンは2012年シーズンに全20戦の全てで勝利した。さらに2013年の第2戦でF1通算300勝を達成している。F1だけではない。 WRCでも2012年シーズン全13戦で全勝。MotoGPでも2012年シーズン全18戦で全勝と、改めて列挙すると驚異的としかいいようがない活躍をしている。これはNGKを使うチームが強いという以前に、レースに出場しているほぼすべてのチームがNGKを使っているという驚くべき現実があればこその実績だ。

しかし、これほど圧倒的な活躍をしているNGKのロゴを、サーキットでは見かけることがほとんど無い。これはなぜなのか?

「例えばF1のマシンにNGKのロゴを貼ってもらうと億の単位のお金がかかります。その宣伝効果で、エンドユーザーが弊社のプラグを買ってくれるとしても、やはりお金がかかりすぎる。コストと見合わないよねと。でも技術開発は必要なので、そのためにレースに関わるというのが、弊社の考えです」。

自動車メーカーを始めとする様々な企業がレースに関わるとき、そこには必ず宣伝効果を狙う営業的な側面があるものだ。しかし、NGKではそれをしない。フェラーリのF1マシンは間違いなくNGKのプラグを使っているが、そのボディのどこを探してもNGKの文字はないのだという。さらに言えば、NGKはレースで商売をするつもりもない。現在F1に参戦しているチームのほぼ全てがNGKのプラグを使っているが、営業活動はしていないそうだ。

「フェラーリの例を紹介しますと、ホンダの第2期のF1をやっていた後藤治さんがフェラーリに行ったときに、NGKのプラグを使ってみないかとフェラーリに提案してくれた。それでテストをして採用してくれたんですが、2年ほどで別のプラグメーカーさんに変わって、でも、それからまた5年後くらいに、その時はもう後藤さんはいなかったんですが、フェラーリからもう一度やってくれないかと話がありました。それからずっと使って頂いてます」。

◆名は体を表す…「日本特殊陶業」だからこその技術

これほどまでにレースで使われるNGKのプラグ。その凄さはどこにあるのか。その秘密を探るため、まず最新のレース用プラグの動向を聞いた。

「最近はプラグを長くしてくれという要望が多いです。エンジンのヘッドにはエキゾーストバルブがあって、これが真っ赤になるほど高温になります。これでは異常燃焼になりますから、なんとかして冷やしたい。ヘッドに流れる冷却水を増やせばいいんですが、そのためにはウォータージャケットを広げる必要があります。そこでプラグを長くしてウォータージャケットのスペースを稼ぐわけです」。

このように、最新のレース用プラグのトレンドは「長いプラグ」となっている。その一方で小径への要求も相変わらず高いから、プラグはどんどん細長くなっていく。しかし、これが大問題なのだ。

「プラグの中には絶縁体が入っているのですが、これは焼き物ですから茶碗などと同じなんです。それをこの細さでさらに長くすると、焼いた時に曲がっちゃうんです。ちょっとでも曲がっていると、割れちゃうので使えない。つまり、プラグを長くするというのは、プラグ屋にとって大きな難題なのです」。

スパークプラグというとイリジウムなど電極に使用される貴金属が注目されがちだが、金属材料は削って整形することができる。しかし、焼き物である絶縁体はそれができないので、最初から必要な形に作らなければならない。焼いた時の収縮率のコントロール、均等に熱をかける技術など、ノウハウの塊なのだ。

細長いプラグの絶縁体はもはやストローのような形状。それを焼き物で作るのはいかにも難しそうだ。それができるからこそ、NGKはレースの世界でも圧倒的なシェアを獲得している。それにしても、いろいろな話をしていただいたなかでスパークプラグを最終的に突き詰めていくと、そこにあったのは真っ白な陶器の絶縁体。まさに「日本特殊陶業」の社名そのものであった。

《山田正昭》

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