日産自動車は、東京モーターショー13には若年層との「コ・クリエーション(共同創造)」により開発した『IDx』や、注力するEVのコンセプトカー『ブレードグライダー』に加え、新型『エクストレイル』やスポーツフラッグシップモデル『GT-R NISMO』を出展した。
新興国におけるダットサンブランドの展開、先日発表された新型『スカイライン』はインフィニティのバッチを伴って販売されるなど、注目すべき話題の多い日産。
同社が抱える多様なモデルたちのデザインは、どのような個性を持ち、この先どこへ向かうのか。イタリア人デザイナー エンリコ・フミア氏と日産 チーフクリエイティブオフィサー 中村史郎氏による、2003年以来10年ぶりの対談がモーターショー会場で実現した。
3ブランドそれぞれのキャラクター
エンリコ・フミア氏(以下敬称略):日産では現在、ニッサン、インフィニティそれにダットサンという3ブランドを展開しているわけですが、まずこれらが市場でどう棲み分けるのかを教えてください。
中村史郎氏(以下敬称略):まずニッサンはメインストリーム路線ですから、軽自動車からフルサイズトラック、ミニバンからスーパーカーまで幅広くカバーしています。インフィニティはプレミアムブランドとして、ある一定の範囲しかカバーしません。ラインナップもセダン、クロスオーバー、クーペと絞り込み、さらにFRを主体にしています。オーセンティックなブランドですね。ダットサンは新興国市場がメインのブランドとして、エントリープライスのセグメントを担います。これが各ブランドの大まかな位置付けです。
フミア:それぞれどういったキャラクターなのですか?
中村:インフィニティはセダクティブ(誘惑的)でエモーショナル。ダットサンはシンプル、ロバスト(逞しい)それにモダン。ニッサンはモダンでエキサイティング。いままではブランドとしてのニッサンと、企業としての日産が曖昧で一緒くたになっていた。ですからインフィニティもニッサンブランドの車種だと思われてしまうことがありました。そこで現在はニッサン、インフィニティ、ダットサンのそれぞれが、独立したブランドと認識できるよう気をつけています。
フミア:欧米メーカーでは、もともと独立していたブランドが買収などで集約されてグループを形成することが多い。日産の場合はその逆ですから、慎重なマネージメントが必要になりますね。
中村:性能やデザインだけでなく、マーケティングやサービスといった面でも差異化を図ることが大事です。
ブランドごとの造形の違い
フミア:3つのブランドで、方向性やトレンドの違いを明確に持たせるようにしているわけですね。デザインではそれをどう表現しているのでしょうか。
中村:インフィニティはダイナミックな造形でスタンスがよく、オーセンティックなプロポーションを持っています。セダクティブのほかにプロボカティブ(挑発的)という言葉も使っていますね。普通の人がやらないようなデザインにしよう、という意味です。
フミア:エモーショナル路線ということですね。するとダットサンは質実剛健な方向ですか?
中村:はい、リライアブル(信頼できる)な感じです。必要以上に飾っていないがモダンで、基本的な機能がしっかりしている。六角形のグリルが特徴で、ウィンドウグラフィックスもそれに近い形にしています。六角形はボルトを思わせて、メカニカルでロバストなイメージがあるんです。比較的低価格のブランドですが、メイン市場の人にとっては高価格ですから、信頼感があって長く付き合えそうなデザインを追及しています。
ブランドイメージを高める要素
フミア:ニッサンはどうでしょうか? 車種が多くてイメージの統一が難しそうですけれども。
中村:1つにまとめるのは難しい。とはいえイメージがバラバラではブランドが構築できません。グローバル市場で中心となる車種ではしっかり日産らしさを出していきます。キャシュカイやエクストレイルなどを中心として、セダンやハッチバックのスタイリングを作り上げていこう、と。具体的には、エンブレムを囲う「Vモーショングリル」をもっと強調して、ブーメラン形のヘッドランプと組み合わせてフロントエンドを構成します。この要素の大きさやバランスを調整しながら、さまざまなサイズやキャラクターの車種に当てはめてゆく。サイドビューでは「フローティングルーフ」ですね。ピラーと切り離されて見えるようにするなどして、ルーフが浮いているように見せる。これを共通の要素として展開していきます。
フミア:どの車種を見ても、同じブランドとして認識できるということは絶対に必要ですね。
中村:日産ブランドの共通イメージは間違いなく、今後ますます強くなっていくはずですよ。
日本市場は特殊すぎる
フミア:日本市場では昔から、ブランドに統一したデザインは持たせないほうがいいと言われてきていますね。
中村:日本というのは世界でもっともユニークで、他のどの地域にも当てはまらない独特な市場です。そこで現在では、まずグローバルな商品を作って日本にも導入し、それで足りないものは日本専用に作るようにしています。ここで、グローバルで考えた「日産らしさ」を意識しすぎてしまうと、日本市場での価値が逆に下がってしまうということもあるんです。
フミア:なるほど、日本市場の傾向は昔から変わっていないということですか。
中村:日本国内では浸透していますから、わざわざ「これがニッサンです」と主張する必要がない。ところが海外では「私はニッサンです」「私はインフィニティです」と常に言い続けなければいけません。好き嫌いという以前に、まずブランドを知ってもらうことが重要。明確なブランドイメージを主張して、他のブランドとの違いを訴える必要があるんです。
フミア:インフィニティを展開していない日本では、『Q50』が新しい日産スカイラインになると聞きました。これも特殊な日本市場に合わせて措置を取ったということでしょうか?
中村:もともとインフィニティとしてデザインしていますので、無理やり日産のエンブレムをつけるとアイデンティティに矛盾が生じてしまう。だから販売チャンネルは日産だけれども、インフィニティのままで売る。そのほうが自然ですし、それぞれのブランドイメージを保つことができると判断しました。
ブランドイメージの鮮度を上げるチャンス
フミア:日産ではEVを積極的に推進していますよね。ブレードグライダーはユニークなデザインだと思いましたが、これはEVだから可能になったデザインなのでしょうか?
中村:EVでなくても可能ですが、EVならば特徴を強調できるデザインです。インホイールモーター方式を採用すると、さまざまなパッケージレイアウトに挑戦できるのです。フロントのトレッドが狭くて不安定に見えますが、実際はものすごくファン・トゥ・ドライブ。テストカーに乗ってみて「速い!」というよりは「楽しい!」と感じました。「スポーティ=トレッドを拡げて安定させる」という常識に挑むデザインです。
フミア:絶対的なスピードではなくドライビング・プレジャーを、という考えはいいですね。後席乗員の前方視界が開けているのもいい。
中村:リーフは量産車として、EVが市場に定着して浸透することを目標にデザインしました。だからパッケージレイアウトはオーソドックスです。そしてこれからは、EVでなければできないユニークなデザインを加えていこうとしているところです。
フミア:機能本位の商品で市場を確立しつつ、新しいコンセプトを提案してゆくという戦略。ブレードグライダーもそうした流れに従ったものなのですね。
中村:まずはインフラが整い、EV特有のメカニズムの価格がリーズナブルなものになる必要がある。そうなってはじめて自由な発想でデザインできるようになり、そうした新しい商品が買える時代がやってくると思っています。
フミア:技術革新はブランドの新しいイメージを打ち出すチャンス。従来のブランドイメージやデザインキューを継承することは必要ですが、ブランドの鮮度を向上させる機会にできます。EV市場をリードする日産には、そうした新しいデザインを期待します。
中村:そうですね。5年後、いや5年以内にはそういうモデルを発売したいと考えています。前回フミアさんと対談したのは10年前、5年前は2008年、リーマンショックの年です。5年なんてすぐですよ。
中村史郎|日産自動車 常務執行役員 チーフクリエイティブオフィサー
1950年生まれ。武蔵野美術大学卒、米国アートセンター・カレッジ・オブ・デザイン、トランスポーテーションデザイン専攻修了。1974年、いすゞ自動車株式会社に入社し、GMデザインアドバンススタジオを経て、欧州デザインマネージャー兼チーフデザイナー、米国副社長、デザインセンター部長を歴任した。1999年に日産自動車へ入社し、翌年にはデザイン本部長就任。2001年には常務執行役員となり、2006年にはブランドマネージメントを兼任するチーフクリエイティブオフィサーに就任した。2010年には国際的デザイナー賞である米国 Eyes on Lifetime Design Achievement賞を受賞している。
エンリコ・フミア|カーデザイナー インダストリアルデザイナー
1948年トリノ生まれ。76年にピニンファリーナに入社し、88年には同社のデザイン開発部長に就任。91 年にフィアットに移籍してランチアのデザインセンター所長に、96 年には同社のアドバンスデザイン部長となる。99年に独立、2002年にはデザイン開発やエンジニアリングのアドバイザリーとして フミア・デザイン・アソチャーティを設立した。手掛けたモデルは、アルファロメオ『164』『スパイダー』、ランチア『イプシロン』、マセラティ『3200GT』など。