国とともにどう発展するか
新興市場でASEAN(東南アジア諸国連合)の勢いが増している。洪水からの復興もあって2012年はタイ、インドネシアの新車需要は、ともに初めて100万台を突破する。日本勢は地理的条件からもこの地域に強く、とくにトヨタ自動車のシェアは際立つ。同社は、それぞれの進出先で「良き企業市民」を標榜し、その地に最適なメニューを模索しながら社会貢献活動を展開してきた。ASEANでの強さの背後には、トヨタが得意とする人材育成などの社会貢献を通じ、地域にしっかり根を張ってきたことがある。インドネシアでの取り組みを取材した。
アジア地域などを担当する布野幸利副社長は、「自動車産業が成立していた欧米と異なり、アジアでは、当社の先人たちがその国とともにどう発展するかを常に念頭に置いてきた。部品産業の育成や社会貢献活動もその精神に基づく取り組みだ」と、指摘する。グループの創始者、豊田佐吉の理念を明文化した豊田綱領に掲げられている「産業報国」を、いわばそれぞれの進出地で、それぞれのやり方で具現化してきたといえる。
海外で最初の財団設立となったインドネシア
インドネシアのトヨタのシェアは、現地でも小さめの車を担当しているダイハツ工業と合算すると、ほぼ6割と、ASEANのなかでも抜きんでている。同国での社会貢献活動は、1974(昭和49)年にトヨタによる海外の財団としては第一号となった「トヨタアストラ財団」の発足に遡る。「日貨排斥」という反日運動が高まった時代背景があり、事業活動とは別の視点で、社会にしっかり根付いた貢献活動を展開する決意だったという。
同財団はトヨタやダイハツの現地合弁パートナーであるアストラ・インターナショナルとともに設立、奨学金の支給など教育支援と人材育成に持続的に取り組んでいる。その後、製造・販売の合弁事業会社も時代要請をくみ取った活動を本格化させており、現在では人材育成にとどまらず、交通安全、環境へと輪が広がった。
人材育成では1991年に自動車整備士養成の指導者に対する技術訓練やカリキュラム、教材などを提供する「T-TEP」(トヨタ・テクニカル・エデュケーション・プログラム)が始まった。販売部門法人のトヨタアストラモーター(TMA)が、地域のトヨタディーラーの協力も得ながら運営している。4年制を中心とした専門学校向けのプログラムであり、導入校は、すでに全土で57校にのぼる。
最新テクノロジーの教材に魅力
首都ジャカルタから西に飛行機で1時間ほどの古都、ジョグジャカルタ州に立地する国立専門学校「SMKN2DEPOK」の自動車学科は、T-TEPのスタート直後にこの州で最初に導入し、全国的なモデル校ともなっている。就学者は16歳から19歳。自動車分解整備を中心とした一般コースに加え、08年からは事故車の修理に欠かせない板金塗装技能を習得するボディーリペアのコースも加わった。各種の工具類や実習用パーツだけでなく、塗装ブースなどの設備がTAMから寄贈されている。
こうした設備関係も含むサポートを受けているのは57校のうち9校にとどまるが、「各校の評価が高いので、年2校ずつのペースで設備導入校を増やしている」(TAM担当者)という。同校の自動車学科には1学年約60人が在籍。ほぼ全員の就職先である自動車ディーラーからは毎年、定員を上回る求人が寄せられる。
生徒の技能習得レベルが高く、評価も定まっているからだ。ガニー校長は、「トヨタは最新のテクノロジーが盛り込まれた教材を提供してくれる。そうした洗練された情報が、当校の発展に寄与してきた」と話す。日々進化する自動車技術を、教育現場でタイムリーにフォローするのは容易ではなく、校長の指摘からは教育者としての切実な思いが伝わってきた。
このプログラムが社会貢献活動であるため、当然のことながらTAMは、生徒の就職先を縛ることはない。それでも大半の卒業生がインドネシア全土のトヨタディーラーへと巣立っていくそうだ。トップブランド企業への就職人気が高まるのは、自然な流れでもある。また、最近では整備士だけでなく、自動車の知識を生かして営業やマーケティング部門に従事する卒業生も増えているという。整備分野の人材育成としてスタートしたT-TEPは、20年を経て、質の高いアフターサービスや営業活動の展開を通じたトヨタ車の販売拡大といった好循環をもたらしている。
環境学習プログラムに350を超える高校が参画
自動車分野に直接関係しない活動では、05年から全国の高校生を対象に導入した「トヨタ・エコユース」が軌道に乗ってきた。こちらは製造部門のトヨタモーター・マニュファクチャリング・インドネシア(TMMIN)とTAMが、トヨタディーラーの協力も得て推進している。環境学習を支援しながら、生徒や地域社会に環境保全への取り組みを根付かせるのが狙いだ。これまでに全土で350を超える高校が参画、その中からコンテストなどにより、12年まで24のモデル校を認定した。優秀チームには奨学金も支給されるコンテストの参加に際しては、トヨタの問題解決手法などを事前に学び、いわばトヨタ流のカイゼンで地域の環境問題に当たる。
今回取材したジョグジャカルタ州の国立第6高等学校は、エコユースの導入当初から活動を始め、10年には最初のモデル校に認定されている。この活動では、インドネシアでとくに深刻な「ゴミ処理」を主要テーマとしてきたが、同校内では化学実験室から出る汚水の浄化処理、落葉樹を裁断してのコンポスト(たい肥)作り、植物の種を利用した食料やバイオディーゼルの研究――など、実に幅広いアプローチが行われている。最近では海外の教育関係者による視察も増えている。
トヨタの強固なオペレーションを支える黒子
エコユースは、地域社会の環境問題へのアプローチを基本としており、そのひとつとして豆腐の製造に伴う廃棄物(おから)を、ドーナツなど多彩な菓子作りに利用する試みが地元でも注目されていた。市街地から車で30分の郊外にある60世帯ほどのグドンキキ村は、多くが自家製豆腐の製造で生計を立てている。村には幅3メートルくらいの小川が流れているが、以前はおからなどの捨て場として異臭を放つ劣悪な環境だったという。
生徒のアイデアにより菓子作りへの取り組みが始まったのは06年。着実に小川の浄化も進み、今では鯉が泳ぐまでになった。村民たちを喜ばせたのは環境の改善に、菓子の販売による収入の増加が伴ったことだった。環境対策がスモールビジネスを生んだのだ。村落のまとめ役であるタマン氏は「先生や生徒たちの支援でここまできた。今は廃棄物から肥料やガス燃料ができないか、一緒に勉強を進めている」と、新たなアプローチに目を輝かせていた。
現地法人やディーラーとともに進めるこうした地道な取り組みが、金城湯池ともいえるASEANでのトヨタのオペレーションを黒子役のように支えている。