【井元康一郎のビフォーアフター】チャデモ、世界標準への壁と存在意義

エコカー EV
ハセテック製の「急速充電器」とTAKASAGO製の「TQVC500M2」
  • ハセテック製の「急速充電器」とTAKASAGO製の「TQVC500M2」
  • 向かって左より富士重馬渕晃常務執行役員、三菱自動車益子修社長、東京電力勝俣恒久会長、増子輝彦経済産業副大臣、日産自動車志賀俊之COO、トヨタ嵯峨宏英常務役員
  • 設立総会会場
  • i-MiEV
  • リーフ

CHAdeMO協議会発足で加速するEVの“標準化”

電気自動車(EV)やプラグインハイブリッドカー(PHV)など、電力を使って走る次世代エコカーの開発が世界で活発化している昨今、“標準化”という言葉がしばしば使われるようになってきている。EVやPHVに関する技術をある程度共通化すれば、クルマを安く作れるようになり、使うときの利便性を高めることもできるというのが、標準化の謳い文句である。

3月15日、標準化狙いの大きな動きがあった。東京電力と自動車メーカー4社が幹事会社を務める「CHAdeMO(チャデモ)協議会」が発足したのだ。三菱自動車の『i-MiEV』(アイミーブ)や日産自動車の『リーフ』などに使われるEV用急速充電器「チャデモ」の標準化を推進するための協議会で、2009年秋から設立準備を重ねてきた。

幹事会社の1社でEVビジネスに力を入れる日産の志賀俊之COO(最高執行責任者)は記者会見で「日本はガラパゴスと揶揄されているが、この素晴らしい充電技術を世界に広めたい」と、世界標準の獲得に意欲を見せた。まず日本のEV急速充電規格の統一を目指し、さらにその後、世界標準規格化も狙うという。

◆世界標準へのハードルは「スペック不足」

チャデモは工業用電力などに使われる三相200Vを使い、車体にコネクタを接続して充電を行うコンダクティブ(接触)方式。三菱i-MiEVの総容量16kW時のバッテリーを80%まで充電するための所要時間が30分というスペックである。「現時点で、これだけのシステムを完成させ、運用にこぎつけているのは日本くらい。欧米に充分対抗できると思う」とトヨタのハイブリッドシステム開発者の一人は言う。規格策定から技術構築まで、すべてをオールジャパンで行った独自規格で、それだけに期待も大きい。

しかし、EV、PHVの充電方式の世界標準をチャデモが取るためのハードルは非常に高い。まずは、チャデモのスペックの問題。世界のEV充電のトレンドを見ると、ざっくりとアメリカ、日本は固定設置型の急速充電器、ヨーロッパは車載急速充電器を推進している。現時点で技術的な煮詰めが最も進んでいるのは日本のチャデモだが、ネックとなるのはその性能。チャデモ充電器の標準的な出力は50kWだが、EVのバッテリーが容量不足と言われている今日でも、すでに魅力的なスペックには見えない。

1990年代に起こったEVブームの際にも、充電に関する標準化が日米で議論されたことがあった。その際、日本は規格策定で守勢に立たされたが、そうなった原因のひとつは充電器のスペック不足だった。「シティコミューター程度のEVを充電するのに何十分もかかるような規格は受け入れがたい、もっと短時間ですむ方式が望ましい」というアメリカ側に、日本規格を導入するよう説得する材料は、日本側にはなかったのだ。

その構図は今もそっくり当てはまる。アメリカは国土が広く、走行距離も長い。GMのPHV、シボレー『ボルト』のように、バッテリーの電力を使い果たしたあとはエンジンで発電しながら走れるという場合は別として、純EVの場合はどうしても大容量のバッテリーを積むことになる。急速充電をチャデモ程度の給電能力でやろうとすると、ゆうに何時間もかかってしまうのだ。「アメリカ政府は少なくとも日本の3倍程度の能力は欲しいと考えているようだ」(政府関係者)。

EVが現在、まだ進化途上であるという点も、チャデモで世界標準を狙う妥当性に疑問符が残るところだ。将来の急速充電の技術として有望視されているものとして、インダクティブ(非接触)方式がある。充電スポットの近くにクルマを停め、コマンドを送るだけで、プラグの抜き差しなしに充電できるというものだ。もともと欧米が先行していた技術だが、三井造船系の昭和飛行機がそのシステムの国産化に成功。しかも、オリジナルと比べて電力のやりとりを行うコイルを極度に薄型化し、使いやすさの向上や低コスト化に道筋をつけている。日産も昭和飛行機のシステムを使い、LEAFでインダクティブ充電の実験を行っている。

◆チャデモの存在意義

EV分野への投資が加速すれば、こうした次世代技術の本格実用化も格段に早まる可能性がある。あっという間に旧態化する可能性があるチャデモをわざわざ国際標準化する必要があるのかという声があるのも事実である。

が、チャデモに意味がないかといえば、そんなことはない。ある自動車業界事情通は、東京電力を巻き込んだ本格的な協議会ができたことに、大きな意義があると指摘する。

「東京電力は電気事業法をはじめ、日本のエネルギー立法に関して一番大きな発言力を持つ企業だが、お役所的体質が非常に強く、変化を嫌う性質がある。その東京電力を幹事に仕立て、150社以上の賛同企業が協議会に集まり、各企業の担当者同士が情報交換をする場を作ることは、この手の大きなことを成し遂げるうえでとても重要なんですよ」

もともと、チャデモの50kWという出力上限も、保守的な電力業界の意向で決められた90年代のスペックがそのまま引き継がれたという側面がある。国によって電力事情や電圧などの規格がまったく異なり、世界でマルチに使える急速充電規格を作るためには、まず国内の規制緩和が必要だ。世界標準となるには力不足の感があるチャデモだが、日本の規制に縛られない将来技術の開発への道筋をつけるべく、規制緩和について最大の発言力を持つ東京電力を巻き込むための“商材”となったという点では、大いに有意義だったと言っていい。

進化の途上にあるEVの世界標準獲得には、数年先の目先にとらわれる必要はまったくない。重要なのは、ユーザーが経済合理性や利便性でEVを選び始める時点で世界標準をモノにすることなのだ。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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