【井元康一郎のビフォーアフター】メーカーとユーザーの距離感を浮き彫りにした プリウス

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  • 5日に緊急会見を開いた豊田章男社長
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プリウスのリコール問題、会見は耳を疑う内容

環境技術を成長エンジンとしてきたトヨタに、思わぬところから逆風が吹いた。トヨタの脱石油技術の象徴とも言えるハイブリッドカー、3代目プリウスに欠陥疑惑が浮上。路面状況や走行状況によって、ブレーキペダルを踏んでも少しの間、ブレーキが効かなくなるという苦情が日米などで寄せられいたことが発覚したのだ。

この件に関して、トヨタは2月4日に釈明会見を行ったが、その中身は実質世界トップ企業とは思えないようなものだった。説明に立った横山裕行常務役員の説明はこうである。

「油圧ブレーキと回生ブレーキ(電気モーターで発電を行い、その抵抗で減速する機構)の協調制御の問題。限られた状況下でブレーキ抜けはあるが、踏み増せばちゃんと止まる。素人的には違和感を覚えるかもしれず、1月にはプログラムを改良した」

会見でこの説明を聞いたジャーナリストの一人は、呆れ顔で次のように語った。

「プリウスの苦情を訴えたユーザーは、運転技術の巧拙はともかく、公式な自動車運転免許を持つドライバー。そのドライバーを素人呼ばわりするのは、内心でユーザーをバカにしている証拠で、耳を疑ってしまう」

会見中の質疑応答も雰囲気は良くなく、本当に問題はこれで全部なのかと問いただすような質問が目立った。

ハイブリッドカーのブレーキは普通のクルマのものと違うとユーザーに説明していたのなら弁解の余地もあるが、普通に運転していてユーザーがびっくりするような挙動をクルマが示したという情報があった以上、1月にプログラムを改良したなどと悠長なことを事後に言うのではなく、少なくとも検証ができた段階でオーナーに情報をきちんと提供するべきだった。

◆問題はトヨタの対応の悪さ

もちろんトヨタの言い分にも一理がないわけではない。プリウスのブレーキフィールが本当にトヨタの言う通り、単なるフィーリングの問題なのか、それともフェールセーフなど設計思想に大きな問題があるかはまだ不明である。

だが、フィーリングの問題であった場合、新しいデバイスにユーザーが違和感を持つことは、別に珍しいことではないのも事実だ。

90年代に安全装置の一つでブレーキロックを防ぐアンチロックブレーキシステム(ABS)が普及しはじめた頃、緊急ブレーキ時にペダルからガクガクと反力が伝わり、びっくりしてブレーキを緩めてかえって衝突してしまうという事故が続出したことがある。当時は今ほど製造物責任が厳しく問われる時代ではなかったが、やはり社会問題になった。

今回、プリウスのブレーキがことさら問題になったのは、支持率低下に悩むオバマ米政権が仕掛けたジャパンバッシングと見る向きもある。実際、その可能性は非常に高いが、その火の手を無用に拡大させたのは、トヨタの対応のまずさだ。訴訟社会のアメリカで簡単に謝罪して相手に足下を見られ、日本ではやたらと強気に突っ張ってユーザーの感情を逆撫でするというのは、リスクマネジメントの観点からは大いに疑問符が付く。

◆課題はメーカー側の“上から目線”

一方で、プリウスのブレーキフィールがアメリカからバッシングのネタにされたことは、次世代エコカーの今後の普及に向け、大きな教訓を残した。

プリウスに限らずハイブリッドカーやEV、燃料電池車など、次世代エコカーはすべて、エンジン車と様々な点で運転感覚が異なる。アメリカや中国など巨大市場では、それらの“違和感”が恣意的に攻撃の標的になる可能性があり、その手当を事前に充分に施しておくことが重要になる。

過去、アメリカの電子レンジのマニュアルに「猫を乾かさないでください」などという文言が載り、笑いの物種となったことがある。自動車の場合、マニュアルに記載するだけでなく、さらに細やかなユーザーとのリレーションが求められるだろう。もちろん、輸出先の政府とのコミュニケーションもしっかり図らなければならない。米民主党に対するロビーが苦手だなどと言っている場合ではないのだ。

もうひとつの方策としては、EVやハイブリッドカーを、これまでのクルマとまったく同じ操作感覚に仕立てるというものがあるが、これはあまり意味のあることではない。巧みな機械設計や制御ロジックの開発で、エンジン車とまったく同一のものを作るより、ユーザーが新しいものに慣れたほうが、話はずっと早いからだ。

実際、ハイブリッドカーに乗り慣れたユーザーは、停止するときにモーターでどれだけたくさん発電できるかということを意識してブレーキを踏むようになる。

協調回生ブレーキを持たず、回生量を増やしたいときにはシフトレバーをBレンジに入れる必要がある三菱自動車のEV『i-MiEV』(アイミーブ)も、慣れてくるとBレンジに入れたまま、加速したいときにはアクセルを踏み込み、巡航するときにはハーフスロットル、スロットルをさらに緩めると、その度合いによって回生ブレーキがかかる……、と、停止時以外はスロットルペダルひとつでかなり自由に走ることができ、それがとても楽しかったりする。そうした特性を消すよりは、ユーザーにきちんと情報発信して新しいものを楽しめるようにしたほうが建設的というものだ。

今回のプリウスのブレーキ問題は、図らずも自動車メーカーとユーザーの距離感の大きさを浮き彫りにした。世の中のためにエコカーを作ってやっているというメーカーの“上から目線”を是正することが、その距離を縮め、日本の次世代エコカーが世界でより広く受け入れられるためには重要である。

トヨタ自動車は5日夜、豊田章男社長による緊急記者会見を実施。「原因をさらに精査する」とし、信頼回復に向け「グローバル品質特別委員会」を設置することを明らかにしている。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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