山内一典代表「父親の助手席で車を覚えた」…グランツーリスモ25周年[インタビュー]

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  • グランツーリスモ・ワールドシリーズ2022最終戦、モナコでフェラーリ・ビジョン・グランツーリスモをアンヴェイルする山内氏(向かって左)

2022年12月23日に25周年を迎えた『グランツーリスモ』(以下、「GT」)シリーズ。それを機に、ポリフォニー・デジタルの設立者で代表の山内一典氏へのメディア合同インタビューが実施された。

シリーズ25周年の振り返りから、最新作「グランツーリスモ7」(以下「GT7」。PlayStation 5/PlayStation 4用ソフト)の事、シリーズ制作秘話など多様な話が聞けた本インタビューの模様をお届けする後編。


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◆いつも進化していた

---:この25年間で山内さんが思う最も変わったな、進化したなと思ったことを教えてください。

山内:進化というか変化は実は毎回起きていて、ビデオゲームって、ハードウェアの進化に合わせて進化していくものですけれども、作り方って毎回変わるんですよ。それが例えば映画制作であれば50年前からカメラとフィルムで撮って編集してっていうシステム自体はあまり変わってないですよね。

ですがビデオゲームの場合って、コンピューティングパワーが大体初代のPSからPS5で、トータルすると3桁とか4桁っていう性能向上をしてるわけです。それぐらい変わってくると、実はワークフローそのものも変わるし、制作環境そのものも変わるので、かなり作り方に関してはスクラップアンドビルドをするのが日常的になっています。

ですからどこかにターニングポイントがあったというわけではないんですけれども、同じチーム、同じ会社で作りながらもその作り方とかは毎回結構変わります。それがゲーム制作の面白さでもあり、大変さでもありますね。

---:コースをレーザースキャンで制作するにあたって、苦労された部分はどんな部分にあるのでしょうか。

山内:今でこそLiDARというのは、ある意味よく見かけるようなものにはなりましたよね。例えばGoogleが街をスキャンしたりとか。でも僕らがLiDARを使い始めた時期というのは、まだそこまでポピュラーになっていなくて。非常に高価でもあったし、大きかったんですよね。それを全世界の取材地に運ぶとか、バラして運ぶんですけど、向こうで組み立てたりとか、そういうのはとにかく大変でしたね。

---:天候とかアクシデントみたいなものもありそうですね。

山内:はい、そうですね。だから取材はある意味冒険みたいなところがあります。本当に体力勝負ですし、天候との関係とか、実際に危険なところにも行きますし、そういうところはありますね。

グランツーリスモ7グランツーリスモ7

◆市街地コースを作成するときの一番の難点

---:「GT7」で市街地コースやヒルクライムコースみたいなのがまた復活してくれれば嬉しいなと思うのですが、そういうのは考えていらっしゃるのでしょうか。

山内:市街地コースの一番の難点はですね、とにかく「GT」シリーズってシリーズを追うごとにどんどんモデルの精度が上がってますよね。

市街地コースって一つは非常に複雑な形をしていて、かつ完全にユニークですよね。一つとして同じ建物はないわけです。そういったものを「GT7」のクオリティで作るのはものすごく手間がかかります。

なので例えば市街地コースを一つ作るコストで、そうではないパーマネントコースを五つぐらい作れたりするので、コストパフォーマンスっていう意味で、市街地コースが若干敬遠されがちなところもあります。

ただそのあたりは、コースの作り方、車の作り方などは常にイノベーションが起きてるんですよ。なので、従来の方法で今後も作り続けるとは限らなくて、何らかのイノベーションがあれば一気にそういうものが実現する可能性はあります。

◆年間60台ぐらいのペースで新車種投入

---:「GT7」収録車種の目標地点はどれくらいに設定しているのでしょうか?

山内:シリーズの中では、一番多かった時で1000台超えていた時期もあったと思います。ただその頃は例えばグレード違いを別車種としてカウントしていたりということもあったので、あの当時の1000台と今の400台っていうのはだいぶ価値が異なります。もちろんモデルの精度も含めて。だから今大体月5台ぐらいのペースで作ってるんですよね。年間60台ぐらいのペースってことになりますけれども、そのペースはそんなに悪くないと思っています。

内装も含めて今のPS5では明らかにオーバースペックなぐらい細部まで作り込まれていますから、もう一度作り直す必要はもうないと思ってるんですよ。なので、あそこまで精度高くモデルが作られていて、内部のフィジックスであったりとか、あるいはサウンド。サウンドも1台1台録っていますから、おそらく文化的な遺産になってくとは思います。

毎月5台ずつ必ずアップデートで追加されるとは限らないんですけれども、でも概ねそれぐらいのペースで僕らは作っているので、徐々にカバーされていくと思います。

グランツーリスモ7グランツーリスモ7

---:「GT」ファンの間でフェラーリ『ヴィジョン・グランツーリスモ』を楽しみにしている方も多いと思うのですが、山内さんの中での評価はいかがでしょうか。

山内:フェラーリのチーフデザインオフィサーのフラビオ・マンツォーニさんがちょうどアンベールする直前に小声で僕に囁いていたんですけれど、彼は「Most beautiful ferrari car ever」って言ってたんですよ。

その感覚が僕すごくよくわかるんですね。もちろんこれまでのフェラーリの形とはずいぶん違い複雑な面を持ってるんですけれども、デザインのやり方としてはとてもシンプルにクリーンに作られていて、シド・ミードの影響を受けている感じがします。

「シド・ミードの影響を受けてますよね」って話をマンツォーニさんにしたら、やっぱりマンツォーニさん、シド・ミードが大好きで。同じような車を挙げると、ピニンファリーナが作ったマセラティ『バートケージ』とかですね、ああいう車と一緒で、おそらく今後100年の自動車デザインに影響を与えるマスターピースの一つになるだろうという気はしています。

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◆架空のコースはまず紙にコース図を描くところから

---:「GT」オリジナルのコースはどういった点に注視してコースをセッティングしているのでしょうか?

山内:実は最初の『GT』って実在コースが一つも入ってなかったんですよ。全て架空のコースなんですね。だから今でも「GT7」に入っているハイスピードリンクであるとかトライアルマウンテン、あるいはディープフォレストといったコースは最初の「GT」からずっとアップデートを続けてきて今に至ります。

架空のコースはまず紙にコース図を描くところからスタートしますね。そこで例えばここは丘になってる、ここは谷になっているとかアップダウンの情報を加えていき実際に作ってみて、走ってみて、例えばバンク角はどうだ、コーナーのRはどうだみたいな点を調整しながら、僕ら線形と呼んでますけれども、レイアウトを決めていきます。そしてレイアウトが決まってから周囲の景観を作り込んでいくみたいなプロセスを取ります。

やっぱり走らないともう全然わからないですね、コース制作って。ですから最初はベルト状のものを作って、とはいえそれだと物のスケールがわからないので、木を植えたりとか建物を実際に置いてみたりして、スケールがわかるような状態でそのコースの形状を詰めていっています。

◆AIエージェント「GTソフィー」は設定次第

---:「GTソフィー」(世界最高峰のプレイヤーを凌ぐドライビングスキルを学習したAIエージェント)がもしゲーム内に入ってくることがあるとしたら、何か変えなければいけないところがあるのかどうか。ゲームのためのAIと、レーサーとコンペティティブなレースができるAIを作ることとは、イコールではないと思います。その中で今どんなことを考えているのか、話せる範囲で教えてください。

山内:「GTソフィー」って速く走るってことは目標にしてなかったんですよね。あくまでも通過点として、“早く走れる”を達成しようと思ったんですけれど。それと同時に、どうしてもこれまでのインゲームAIのやり方、ルールベースのAIはできることに限界があります。

というのは、「こういう状況のときにこういうことをしなさい」っていうプログラムを人間が書かないといけなくて、それってすごく限界があります。例えば100万行人間が書くって無理じゃないですか。ですが、ニューラルネットワークを使うと、そういう人間ならとても書ききれないような、「こういう状態でこうする」みたいなルールが無限にネットワーク層の中に生成されるんですよね。

そうすると何が起きるかというと、インゲームAIだと「こういうポジション取りをしたら譲ってくれる」とか「こう走れば抜ける」とかそういうことが読めてしまうわけですけど、そういうことが起きなくなります。速さとは別に、すごく臨機応変にプレイヤーの車とのインタラクションが可能になります。僕も「GTソフィー」と何度もレースをしていますが、ほとんど人間とプレイしている感覚と一緒です。

もちろん速さも変えられますから、そうするといろんなレベルのユーザーにフィットするんじゃないかなと思っています。

「GTソフィー」は人間と走りながら学習していくわけじゃないんですよ。あくまでも強化学習で「GTソフィー」同士が戦いながら学習していくので、何を学習させるのかっていうのは報酬関数を設定次第なところがあります。どう振舞ったら「楽しい」と感じてくれるのかとか、どう振舞ったら「フェアだ」と感じてくれるのかっていうところの報酬関数の設計の問題になってきます。

山内一典代表山内一典代表

◆3歳で街を走ってる車の名前はほぼ全部言えた

---:山内さんが車を好きになったルーツを教えてください。

山内:僕は3歳ぐらいですね、記憶しているところで言うと。うちの父が自営業だったんですけれども、僕を助手席に乗せて、あっちこっち車で配達に行ったりとかしていたんですよ。僕はずっと助手席に乗りながら父が「あれはセリカだ、あれはクラウンだ」って全部教えてくれるわけですね、

なので3歳くらいの時には、ほぼ街を走ってる車の名前は全部言えました。そのあたりがルーツですよね。その後、車のメカニズムであったり、ドライビングであったり、あるいはチューニングであったりというところに中学生ぐらいで目覚めていく。そういう時代でしたね。

---:山内さんが思う車の一番の魅力は何ですか?

山内:とてもシンプルで、遠くへ行けることですね。

やっぱり免許を取った日のこと、初めて車に乗った日のことって覚えてますけど、世界が一変して、その気になりさえすればどこでも行けるじゃないですか、車って。しかもパーソナルなデバイスで、もし事故を起こせばほんの一秒で取り返しのつかない事になるようなものが、免許という制度があるにせよ 自由に運転して良いということは、よく考えるとかなりすごい事ですよね。

人類がそれを容認してきたという歴史的な産物ではあると思うのですが、それぞれ人間がコントロールする車がこれだけ毎日走っていて社会が営まれていることは奇跡であり、やはり人間ってすごいなっていうふうに思いました。それと同時に、こういうものが自由として与えられてるってことが本当にありがたいなと思いました。車っていう存在。そういう意味ですごく特別だと思います。世の中にある様々な商品の中で。

---:車のメカニック部分に関して、「ここいつも見るんだよね」みたいなポイントはありますか?

山内:乗り味は常に気になります。例えばステアリングフィールに関して言うと、ポルシェとかBMWがやっぱりいいですよね。

こないだモナコで新しい『911 GT3 RS』に乗せて頂きましたけど、とてもそういう場所で乗る車ではなくて、本来ならニュルブルクリンクをぶっ飛ばす車なんですけど。でもすごくいい車でしたよ。やっぱり基本はサーキット走りたいなと思っているので、ガチガチな車が好きですね。

◆80年代は実験的な作品“しか”なかった

---:「GT」を作る際のアイデアのインプットはどうしているのでしょうか?

山内:もう30年近く「GT」を作り続けているので、どういう「GT」を作るかってことはほぼ毎日考えています。ちょっとしたきっかけでアイデアが落ちてくるという事もあります。「GT7」でいうとミュージックラリーという新しいゲームモードを作りました。あるいはミュージックリプレイという新しいリプレイのモードを作りましたけど、その二つに関して言うとそれは音楽を聞きながら思いつきました。

音楽を聞きながら、この音楽を伝えたいなってなったときに、どういうゲームシステムが必要だろう。そういう発想ですね。だから着想する時というのは、音楽を聞いてる時あるいは本を読んでいる時、車を運転してる時、もちろん他のビデオゲーム遊んでいる時など、いろんな時に着想はあります。それは本当に突然やってくるというか、そういうものですね。

---:1980年代のPC文化に影響を受けてポリフォニー・デジタルができていると伺いましたが、山内さんにとって、1980年代に受けたインスピレーションやインスパイアが今どういうふうに生きているのか教えてください。

山内:当時のPC、マイコンのゲームって非常に実験的な作品“しか”なかったんですよね。あんまりウェルメイドなものってなくて、そのあとファミコンなどの家庭用ゲーム機が初めて出てきて、ある種の“お行儀のいいゲーム”ってのがどんどん増えていきます。でもPCのゲームって、今で言うとインディーズしかないところで様々な試みが行われていていました。必ずしも“ビデオゲームクリエイター”って職業も自明ではなかった時代ですから、いろんな業界の人がゲームを作っていたんですよね。科学者だったり、物理学者だったり医者だったり精神科医だったり。そういう人たちが作っているものはやはりすごく面白くて。

「GT」が今でも実験的な作品であることの理由はそのあたりの影響が大きいですね。

グランツーリスモ・ワールドシリーズ2022最終戦、モナコでフェラーリ・ビジョン・グランツーリスモをアンヴェイルする山内氏(向かって左)グランツーリスモ・ワールドシリーズ2022最終戦、モナコでフェラーリ・ビジョン・グランツーリスモをアンヴェイルする山内氏(向かって左)

◆社会の変化にGTがどういう形で関わっていくのか

---:25周年の振り返りということでこれまでのお話が中心でしたが、未来の展望や山内さん個人の目標があれば教えてください。

山内:「CEDEC 2022」の基調講演をやらせて頂いたときに、すごく大きな視野での未来のお話っていうのはしたんですけれども、今この場で未来の何らかのお話をするのはちょっと早いかなと思っています(笑)。

僕自身はわりと常に未来に生きてはいるので、未来でやりたいことってたくさんあるんです。ただまだ「GT7」が発売してからまだそこまで時間が経っていないので、その時点で未来のことを話すのはちょっと時期としては早いかなって感じがしています。

むしろ社会がどう進化していくのかってことにすごく興味があります。その中でビデオゲームが、あるいは「GT」がどういう形で関わっていくのか、ということに今一番興味がありますね。「GT」だけの話ではなく、今は多分100年ぶりぐらいの大きな社会変革が起きる時代だと思うので。

---:ポリフォニー・デジタルのテーゼとして、「森羅万象を量子化し、計算可能にする」というものがあると思います。25周年を超えて、新しい何かを計算可能にしていきたいもの、目標や抱負があれば教えてください。

山内:目標というか、一つはセンサーの技術がとにかくほしいですね。

今はイメージセンサーとレーザースキャナーでデータキャプチャリングしてますけれども、もっともっといろんなセンサーを使いたいです。そういったセンサーのイノベーションがあると、当然そこで得られたデータをどういう風に計算するのかというところにもイノベーションが起きるので、そういうイノベーションを心待ちにしているっていうことと、あとセンサーの技術と対になるのは、データをどう処理するかというデータを処理する技術なんです。

これはどちらかというとソフトウェアの世界なんですけれども、これも例えば「GTソフィー」の場合、AIを使ってますが、今後もそういう形で得られたデータをどのようにプロセスするのか、コンピュートするのかみたいなところの開発は、多分延々と続いていくんだと思います。

---:ありがとうございました。


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