ヒョンデEVの日本戦略、スピード感が脅威…アキレス腱は?

ヒョンデ・アイオニック5
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  • ヒョンデ、日本市場に再参入
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ヒョンデモビリティジャパンが8日、『アイオニック5』、『ネッソ』の日本市場での販売開始を発表した。メディアの多くは日本再上陸のヒョンデ(前回はヒュンダイ表記)の自動車が日本で成功するのか、という視点でみているだろう。

「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を経験した層にとっては、再挑戦のお手並み拝見といったところかもしれないが、業界に少しでも身を置く立場なら危機感を持ってこのニュースに触れていることだろう。注目したいのは戦略のスピード感だ。

◆7月に納車を開始する意味

2月に市場参入を発表し、5月には受注開始。7月には車両出荷が始まるという。日産『アリア』やトヨタ『bZ4X』、スバル『ソルテラ』が発表後1年前後で出荷開始・開始予定というタイムラインより倍の速度での展開だ。日本国内市場でEVに対する直近の大きな動きは年末年始のトヨタおよび日産の発表だ。全方位などの理屈はともかくEV市場を否定したところでだれも幸せにはなれない。この事実にようやく日本勢も重い腰を動かさざるをえなくなった。

いまだに「ガソリンをやめるわけではない」といった論調もみられるが、問題はそこではない。いまどき新聞や大手出版社やアーティストがネットをやらない選択肢がないように、シンプルに戦略の優先度の問題だ。拙速な行動は弊害も大きいが、そもそも全方位であらゆる変化に備える戦略なら、それに追従した手段を繰り出さないでどうするのか? という話である。

製品の開発サイクルや出荷までのスピードは、各企業のやり方がある。入念な準備を行い、サポートを含めた万全な体制ができなければ安易なリリース・出荷は行わない。この戦略に間違いはないが、ライバルがそれに合わせてくれるとは限らない。

ヒョンデの計画どおりなら、業界の盟主たるトヨタのEVが市場に投入される前に主力車両、アイオニック5が日本市場に出回ることになる。ひょっとすると噂されるテスラ『モデルY』よりも前になるかもしれない。半導体他サプライチェーンや物流の不確定要素がある中、既存生産車両でも半年から1年以上納車待ちになる状態だ。7月納車開始が可能なら、アリアや輸入車EVで火がつこうとしている市場での先行者利益が期待できる。

ヒョンデ、日本市場に再参入ヒョンデ、日本市場に再参入

◆重要なのは準備を怠らないスピード経営

そんなスピード感はうまくいかないという見立てもある。ヒョンデ自体も22年の予想としてコロナパンデミックによるマレーシア工場のロックダウン、関連する半導体不足を懸念材料に挙げている。下期には改善するという読みをしているが、7月出荷のスタートダッシュができなければ市場での評価を下げることになる。

だが、日本の原料や部品不足は、円安による海外市場での買い負けという側面もある。グループ全体で800万台、ヒョンデ単体で約390万台のグローバル販売を誇る。トヨタグループのグローバル販売1000万台に対して若干見劣りするものの日産、ホンダに匹敵する生産規模だ。調達で負けることはないだろう。

品質について、さまざまな指標や見解はあるが、ヒョンデはIIHS(米国の保険協会)の衝突安全評価で5車種にTSP+が認定されている(トヨタ:6車種、ボルボ:9車種)。「アイオニック5」は2021年EURO NCAPでファイブスターを取っている。海外メディアの比較記事では、航続距離や走破性能でテスラより高い性能・評価を得ている例もある。

日本国内では、21年夏ごろから「アイオニック5」の偽装車やテスト車両のフィールド走行テスト、充電テストが目撃されている。意思決定が速いからといって、拙速・稚拙な参入計画とみるべきではない。

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◆アキレス腱は充電網戦略

ヒョンデの戦略にアキレス腱があるとしたら充電戦略だろう。これまでの発表では、国内で独自の充電網を展開する計画はないという。チャデモが普及する日本では、プラグと充電規格を合わせておけば十分という考え方もあるが、テスラの成功要因のひとつは独自の充電網(スーパーチャージャー)整備がある。網の目のディーラー網を持たないテスラやヒョンデにとって、外充電の急速DCチャージャーの存在は無視できない。

とくに日本は、大容量バッテリーが多い輸入車EVにとってネットワークは整備されているものの充電器スペックが相対的に貧弱だ。アイオニック5自体は、800V・350kWとポルシェ『タイカン』並みの充電能力を持つ。150~200kW出力機の設置が進む欧米に対し、50kW機がひとつの目安になっている日本では、性能が十分に生かしきれない。ヒョンデに限ったことではないが、自宅充電の整備と高出力充電器の整備は、EV戦略の要といっていいだろう。

関連してディーラー網の不足もアキレス腱となりそうだが、これはおそらく本質的な問題にならない。ディーラーの業態変換や構造改革が叫ばれる中、オンライン販売やモバイルメンテナンスはさらに広がる可能性がある。慣れたスマホユーザーが、手続きが面倒なキャリアショップではなく端末とSIMを別々に通販で購入するように、EVを選ぶ層にとってディーラーの手厚いサービスが最重要項目ではなくなってきている。

ヒョンデ・アイオニック5日本導入ヒョンデ・アイオニック5日本導入

◆充電網が新しいプラットフォームになる

ヒョンデは、「E-pit」というガソリンスタンドのような専用充電ステーションを整備している。日本では充電単体がビジネスになりにくい現状があるが、カスタマーセンターや提携工場には積極的に高出力DCチャージャーの設置支援を行うなどできれば競争力は上がる。

余談だが、テスラは一部の国でスーパーチャージャーを試験的に他社EVに解放しだしている。たとえば、テスラ車はCHAdeMO(CCS1、CCS2、GB/T)でも変換アダプターを介せば充電できたが、日産『リーフ』はテスラのスーパーチャージャーで充電ができない(内部的な車両の認証ができない)。これを他社EVでも充電できるようする。

これまで充電網は、業界協調領域とするのが一般的で、非標準とする場合、排他的な利用を差別化要因とする考え方が必要だった。しかし、EV市場の拡大が臨界点を超えると、充電網はディーラーやサービス網に変わる顧客ネットワークとしての機能が高まる。充電ステーションやサービスアカウントがプラットフォームとなり、派生ビジネスが生まれるかもしれない。テスラは、充電ステーションとネットワークによる新しいビジネスも見ている可能性が高い。

《中尾真二》

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