三菱自動車の益子修さんを偲ぶ 別れ際のあの"最後の言葉"[新聞ウォッチ]

気になるニュース・気になる内幕。今日の朝刊(朝日、読売、毎日、産経、東京、日経の各紙・東京本社発行最終版)から注目の自動車関連記事をピックアップし、その内幕を分析する新聞ウォッチ。…………

「加藤CEOをよろしくお願いします」。新型コロナウイルスが流行し始めた春先のことである。久しぶりの会食後、赤いマフラーを肩にかけながら別れ際のその言葉が、益子修さんとの最後の言葉だった。

人間の寿命は運命で定められているもので、自分では決められるものではないが、振り返れば、勘が鋭く情報収集能力に優れていた益子さんには、すでにその時にも何かのひらめくようなことがあったのかもわからない。

三菱商事出身で、三菱自動車の社長、会長職を約16年にわたり務めた益子修さんが亡くなった。3週間前の8月7日には「健康上を理由」に会長職を辞任したばかりの突然の訃報である。時期が時期だけその時は様々な憶測も飛び交い、唐突のようにも思えたが、昨年2月に古希(70歳)を過ぎ、その6月にはCEO職を生え抜きの加藤隆雄氏に譲った頃から、引き際のタイミングを模索していた。

ここ数年はストレスが重なり宴席でも好きなお酒を控えるなど体調も万全ではなかった。強い責任感から「新しい中期経営計画の道筋だけはつけないと……」と言い、5月に予定していた発表がコロナの影響で7月末にずれ込んだ後に経営の一線から身を引いて、治療に専念したばかりだった。

論理的な思考で世界情勢や業界の需要見通しなどを明快に説明するなど、明るい性格からもメディア関係者にも人気があった。日本自動車工業会の副会長職を長らく務めたこともあり、懇親会の会場などでは、いつも報道陣に囲まれていたほどだった。そのことは、きょうの各紙の「評伝」からも伝わってくる。

経営トップとして度重なる不祥事や経営不振に直面しながらも、スリーダイヤのブランドを維持し、再建に奔走し続けた益子さん。折しも、きょうは東京・田町の新本社ビルにショールームがオープンする。足を運ぶことができなかったのは残念無念だろうが、山あり谷ありのオフロード経営に終止符を打ち、きっと「あとはよろしく頼むよ」とでも言いたげな情け深い人柄が目に浮かぶ。

昭和の昔にはよく見られたビジネスマンのタイプだが、まさに会社再建のために粉骨砕身で命を投げ出してまで職責を全うした昭和から平成を駆け抜けた壮絶すぎる「企業戦士」でもあった。合掌。

2020年9月1日付

●自民総裁選菅氏優位、14日選出、細田、麻生派が支持 (読売・1面)

●夢と笑顔は永遠、としまえん閉園 (読売・25面)

●三菱自前会長益子修氏死去、71歳リコール隠しの会社再建 (読売・32面)

●小型SUV「ヤリスクロス」発表 (朝日・6面)

●燃料電池バス電力供給実験、トヨタとホンダ (毎日・8面)

《福田俊之》

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