2018年に23回目の開催を数えるアジア最大の国際ラリー、それがアジアクロスカントリーラリー(AXCR)だ。FIA公認の苛酷なラリーレイドで、毎年8月にタイ王国を中心とする東南アジアを舞台に、速さと耐久信頼性を競う。
コースはマッド路面が主体だ。が、フラットダートだけでなくミューの低い泥濘路や岩場、サンド、コンクリートの様に硬く締まった凹凸の赤土、ターマックなど、路面は刻々と表情を変える。走行ステージは広大な荒野のほか、ブッシュの生い茂ったジャングルや急勾配の山岳地帯など、変化に富む。だからドライバーの力量はもちろん、マシンにも高いポテンシャルが求められる。
◆究極の市販パーツ耐久テスト
クロスカントリー4WDを中心としたドレスアップパーツやチューニングパーツの開発と製造、そして販売を行っているJAOSは、2015年に創立から30年の節目を迎えた。そこで30周年記念プロジェクトの一環としてチームJAOSを結成し、AXCRに挑んでいる。このときに使ったのはトヨタの『FJクルーザー』で、総合8位(T1Gクラス2位)の成績を残した。
JAOSの代表取締役で、自らもコ・ドライバーとしてAXCRに挑み、現在はチーム監督として活躍している赤星大二郎氏は、AXCRに参戦する意義について、
「難易度の高いAXCRに、自社の市販パーツを数多く装着して挑むことで、自社製品の耐久テストができます。また、弊社やサポートしていただいている企業さまのグローバル市場へのプロモーションとしても、AXCR参戦は有意義な場だととらえています。FJクルーザーに装着した別体リザーバータンク式ショックアブソーバとコイルスプリングは、市販を前提にした仕様です。KYBとJAOSが共同開発したもので、これは後にBATTLEZ(バトルズ) VF-Rシリーズとしてリリースしました」
と、その成果を述べている。
KYBとJAOSの関係は古い。1990年代、JAOSはBATTLEZの商品化に向けて開発を行った。そのときパートナーに選んだのがKYB(当時はカヤバ工業)だったのだ。
参戦2年目の2016年にはマシンを最新の『ハイラックス』に変更し、チーム体制もより強固なものとして挑んだ。ハイラックスはタイ王国から輸入したダブルキャブで、エンジンは2.8リットルの直列4気筒DOHCディーゼルターボを搭載している。市販モデルの最高出力は130kW(177ps)/3400rpm、最大トルクは420N・m(42.8kg-m)/1400~2600rpmだ。これを最適チューニングし、ポテンシャルを高めた。トランスミッションは、副変速機付きの6速MTを組み合わせている。
ドライバーは、10代のときからオフロードレースに挑み続けているJAOS開発部の能戸知徳氏を起用した。ナビゲーター役のコ・ドライバーを務めたのは、AXCRの経験が豊富なJAOSの赤星大二郎氏だ。ハイラックスでは初めての参戦だったが、健闘して5位に入賞する。
◆コ・ドライバーはKYB開発者
これに続く2017年はKYBのサスペンション事業部に籍を置き、ショックアブソーバ設計を通してチームJAOSのスタッフとも親しかった田中一弘氏をコ・ドライバーに起用した。ショックアブソーバの世界で名を馳せたKYBは、初参戦のときからJAOSと強力なタッグを組み、AXCRに挑んでいる。
田中氏は、チーム発足時からショックアブソーバ技術者として、またマネージャーとしてチームJAOSと接してきた。自らが設計したショックアブソーバの実力を知るにはいい機会だ。今後の製品開発にも大いに役に立つはずである。AXCR本番では苦戦を強いられた。が、粘り強く走り抜いて総合10位の結果を残している。
2018年のAXCRも開催は8月だ。8月12日にタイ王国のビーチリゾート、パタヤをスタートし、18日にカンボジアの首都プノンペンでゴールを予定している。チームJAOSは、過去2年間の経験をもとに、きめ細かい改良を施して完成度を高めたハイラックスをタイの大地に持ち込む。ドライバーは、ハイラックスで参戦3年目になる能戸氏だ。女房役のコ・ドライバーは、引き続き田中氏が務める。
天候や時間によって刻々と路面状況が変わり、ダイレクトにショックが伝わるバンピーな路面や走破に難儀するモーグルなど、さまざまな難関が待ち受けるのがクロスカントリーラリー。これがラリーの醍醐味だが、マシンには大きな負担がかかる。マシンの優劣を大きく左右するのがサスペンションだ。とりわけショックアブソーバが果たす役割は大きい。チームJAOSとKYBはハイラックスにチェンジした2016年以降、走る実験室としてBATTLEZ VF-Rに先進的な技術を積極的に導入し、進化させてきた。
◆KYBの振動制御技術が支えるラリーレイド用ショックアブソーバ
その設計者でもある田中氏がショックアブソーバの設計哲学を熱く語る。
「レース結果だけでは、ショックアブソーバの技術力の本質は見えてこないと思っています。見えない、地味な改良を繰り返し、技術を途絶えさせないように継承していくことが今の、そしてこれからの技術力へとつながっていきます。
KYBは競技用ショックアブソーバに特化した技術も多く持っていますが、世界中のカーメーカーに採用されている純正ショックアブソーバの開発技術の豊かさ、何十年にもわたる振動制御技術の蓄積が根底にあります。純正ショックアブソーバは、ひとつひとつのパーツが、高い設計品質を持っています。この設計品質を土台に、長年にわたって培ってきたモータースポーツ競技に特化した技術を融合させて新しい理想や要求を実現させる力、技術力としているのです」。
クロスカントリーラリー用のショックアブソーバを支えている具体的な技術は、油圧機構のハイドロバンプクッションを筆頭に、摺動部の低フリクション化を実現する皮膜をピストンロッドへ施し、滑らかなアブソーバ・ストロークを発生させるDLCコーティング、周到な発熱対策などだ。驚かされたのは、1輪につきショックアブソーバを2本装着するマシンが多いのに対し、KYBはショックアブソーバをシングル装着していることである。
「シングル装着はショックアブソーバへの負担が大きくなりますが、サイズを大きくするので強度と剛性を高められるし、オイルもたくさん入れることができます。熱対策には効果が大きいですね。17年からはオイルロックと呼ばれる油圧式のバンプクッションをショックアブソーバの内部に搭載しました。ジャンプして着地したときなど、起伏の大きい路面を駆け抜ける際に高い減衰力を発生させ、車両姿勢を安定させられる機能です。
また、ダイレクトなハンドリングを実現するため、DLC皮膜処理ピストンロッドによるフリクションコントロール、タイヤ接地性と車両安定性を両立する減衰力発生機構など、17年のマシンには多くの技術と機能を盛り込んでいます」
と、改良のポイントを語っている。
能戸氏はKYBのショックアブソーバについて「オイルロックが採用されたことで、大きな入力に対して車の挙動が安定するようになりました。僕たちとしてはなるべく疲労を軽減したいので、とても嬉しい効果です。また、シングルショックについても最初は、1日もつのかな? と思う部分もあったのですが、実際に乗ってみたらまったく耐久性に不安を持つことなく完走することができました」と話す。
◆独自の経験活かし進化、18年レースの目標は?
では2018年の参戦マシンには、どのような新しい技術が注がれるのだろう。
「17年仕様の熟成に加え、フロントサスペンションをワイドトレッド化しショックアブソーバも一新しています。昨年、初めてコ・ドライバーを務めたことで、さまざまな角度からショックアブソーバを評価できるようになりました。多くの生のデータを得られたのが収穫です。これをダイレクトにフィードバックすることが可能になりました。昨年はショックアブソーバの特性面において落とし込みが万全だったとは言えず、よりオールラウンダーで、速く走れるショックアブソーバを目指し、油圧回路や減衰力発生部位を徹底的に解析し、再構築しています。
走行中のバネ反力や車重の全負荷を受ける構造となったフロントショックアブソーバの強度確保、そして軽量化も徹底しました。また、車高やショックアブソーバのストローク、取り付けレイアウト、形状なども検討し、最適化を図っています。減衰力調整機構に手動で調整可能なダイヤルを装着し、工具を使わずスピーディにセットアップできるようにしたことも改良点のひとつといえるでしょう」
と、田中氏は違いを述べている。
最後にドライバーの能戸氏にAXCRにかける意気込みを聞くと、「今年はマシンが仕上がっているし、何度も国内でトレーニングを重ねています。ボディパーツもカスタムしました。順位を狙えるところまで来たと思っています。完走はもちろんですが、何としても上位入賞したいですね。目標は表彰台です」 と、力強く語ってくれた。
8月12日に開幕するAXCR2018で、チームJAOSのハイラックスは大暴れしてくれるだろう。吉報を待ちたい。