【土井正己のMove the World】「数字が全てではない」トヨタの経営

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トヨタ豊田章男社長(トヨタ Investors Meeting 2015 中継より)
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3月の最終の日曜日、桜が咲き始めた名古屋で「TOYOTA Investors Meeting 2015」というイベントが開催された。サブタイトルには「個人投資家の皆さまと共につくる100年先の未来」と題されており、クルマや技術展示、試乗、豊田章男社長のスピーチ、そして小谷真生子を交えてのトークショーなどで構成されていていた。

巨大な会場には、4000人以上の個人投資家の方らが来場。さらに、豊田社長のスピーチとトークショーの様子は、インターネットで同時中継され、アーカイブでも見ることができるので(英語も含め)、全国・全世界の投資家に発信されたメッセージ・イベントである。このように現場と企業のオウンド・メディアを通じ、経営姿勢や実態をダイレクトに個人投資家対象に届けようとする試みは、「IRの革新的取組み」と言える。(IR=Investor Relations)

◆ IRの革新的取組み

「IRの革新的取組み」とは言え、売り上げ目標の数字も利益率の目標数字もなかった。こうした数字を挙げないトヨタのIR姿勢を批判する声もあるようだが、トヨタを見る投資家が最も注意を払わなければならないポイントはトヨタの「リスク管理能力」と「ゲームチェンジャーへの対応能力」ではないだろうか。これらの能力が欠けていると、いくら立派な経営目標を挙げようともあっという間に赤字に転落するのが今日の競争社会である。

◆ トヨタの「リスク管理能力」

豊田社長は、そのスピーチの中で自分自身の体験を振り返り、「リーマンショック後のトヨタ初の赤字」、「米国品質問題」、「東日本大震災」などいくつものリスクに全社を挙げて対応した様子を熱く語った。

特に印象に残ったのは、「米国品質問題」で豊田社長が米国公聴会に呼び出され、トヨタ車の急加速について答えた時の気持ちとして、「トヨタでは、この試験を4000回も行っていた。だから私は、トヨタではそういう(急加速をする)クルマはつくらないと自信を持って言えた。4000回も繰り返して試験をやってくれている人のお陰で、そう言えることができた」という言葉だ。

トヨタの「リスク管理能力」は、この言葉に代表される通り、「トップの判断能力」とそれを支える「現場力」ということだろう。その公聴会終了後に、「自分がテレビに出て、直接米国のお客様にご説明したい。そういう番組を探してくれ」と指示をしたのも豊田社長だ。その指示でテレビ局と必死にかけ合い、「ラリーキングショー」の生番組の出演を決めて来たのは現場の力である。豊田社長のその生番組への出演で、それまでトヨタに対して懐疑的であった米国世論は「トヨタを信用する方向」へと大きく動いた。社内に対しても、豊田社長が「最も重要なことは透明性」と方針を明確に示していたため、現場にいた者は、全く迷うことなく対応をすることができたはずである。

この「トップの判断能力」とそれを支える「現場力」は、「東日本大震災」の時にも威力を発揮した。トヨタ、日産、ホンダなどの企業の垣根を超え、呉越同舟で、被災したサプライヤーの復旧をお手伝いすることを豊田社長はじめ、各社のトップが合意した。そして、現場は、その意図に応え、本来1年かかるはずであった電子部品工場の復旧は、約3か月で完了した。トヨタだけでなく、総じて、日本の自動車メーカーはリスク管理能力が高いと思う。それは、意思決定のメカニズムが明確であり、トップと現場の距離が近いからであろう。

◆ トヨタの「ゲームチェンジャーへの対応能力」

「ゲームチェンジャーへの対応能力」については、豊田社長はスピーチの中で「100年前、米国にいた1500万頭の馬が、あっと言う間に自動車に置き換わった。フォード車が生まれたからだ。我々は変革には敏感にならなければならない。そして、変革を起こす主体とならなければならない。その為には、そういう人材を育てなければならない」と強調した。

現在、トヨタが取り組む「ゲームチェンジャーへの対応」ということでは、「TNGA」(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)と言われるプラットフォームの整理・部品の共通化がある。これは、VWなどが始めた新たな低コスト設計様式である「モジュール化」というゲームチェンジャーに対抗するものである。さらにトヨタは今回、「工場建設コストを4割削減できた」と発表した。これは、「リーマンショック」での赤字転落の反省から研究を続けてきた工場のダウンサイジング(生産ラインの短縮化や工場の低層化など)が実を結んだものであろう。苦難に遭うたびに強くなるトヨタの証である。

トヨタには明確なビジョンがあり、それを実現していく強力な経営のガバナンスがある。「経営は数字が全てではない」という豊田社長の強いメッセージが発せられた革新的なIRイベントであった。

<土井正己 プロフィール>
グローバル・コミュニケーションを専門とする国際コンサル ティング・ファームである「クレアブ」副社長。山形大学 特任教授。2013年末まで、トヨタ自動車に31年間勤務。主に広報分野、グローバル・マーケティング(宣伝)分野で活躍。2000年から2004年まで チェコのプラハに駐在。帰国後、グローバル・コミュニケーション室長、広報部担当部長を歴任。2014年より、「クレアブ」で、官公庁や企業のコンサルタント業務に従事

《土井 正己》

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