【池原照雄の単眼複眼】翻弄された子会社へのホンダの処し方

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ホンダ N BOX+ カスタム
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  • ライフ。八千代の新工場で生産予定だった
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N BOXを生産するはずだった八千代で早期退職

ホンダの軽自動車『N BOX』が好調な販売を続けるにつけ、気になることがあった。本来、このクルマを生産することになっていた連結子会社、八千代工業のその後である。同社のニュースリリースをチェックして驚いた。4月末で従業員のほぼ3分の1に相当する約770人が「特別早期退職支援制度」に応募して退職していたのだ。

八千代は戦後間もなく、東京で機械部品の塗装業として創業し、1951(昭和26)年には関東に進出したホンダから2輪車部品の塗装を受注している。その後、プレス部品などに参入し、1970年代からはホンダの軽自動車の名車として知られる『ステップバン』やバギー車などの受託生産にも乗り出した。

もう30年近く前になるが、新聞記者時代に埼玉県の工場を見せてもらったことがあり、高い開発力ももった部品メーカーとの印象が強く残っている。実際、重要保安部品の燃料タンクはホンダ向けのみならず、系列外のトヨタ自動車への納入実績もある。

1985年からは三重県の四日市製作所に本格的な組立工場を建設し、最近はN BOXが立ち上がるまで、ホンダの軽自動車をほぼ一手に担ってきた。ホンダは、車体メーカーとしての八千代との一体化を推進するため、2006年末には株式公開買い付けによって過半を出資し、連結子会社とした。

リーマン・ショックで消えた500億円プロジェクト

そして2008年3月に、四日市製作所の隣接用地の取得と新組立工場などの建設を決めた。新旧工場の年産能力は24万台であり、先行して準備が進められていたエンジン工場などを含む総投資額は500億円という大型プロジェクトだった。しかし、同年秋のリーマン・ショックによって事態は一変する。当初、ホンダと八千代は新工場の稼働を1年余り延期する方針としていたものの、金融危機を追うように円高も進み、2010年7月になって両社は新工場計画の中止を余儀なくされた。

同時にホンダは、新開発の軽自動車(=N BOX)を自社の鈴鹿製作所で生産し、以降も、このプラットホーム(車台)を使う軽乗用車は鈴鹿で集中生産することとした。生産技術でもさまざまな革新を織り込んだNシリーズの生産は、八千代の新鋭工場ならともかく、既存工場では荷が重いと判断したようだ。一方で、輸出車の採算は大きく悪化しており、自社工場の操業度を維持するに、背に腹は代えられないという事情もあった。

現在、八千代では乗用車の『ライフ』、『ゼスト』と商用車を生産しており、2011年度の実績は約11万6000台だった。今後はライフなどのNシリーズ版投入を機に乗用車からは撤退し、『アクティ』シリーズなど商用車系のみを生産する。八千代の総務部によると、四日市製作所は2012年4月から、2直だった勤務体制を1直とし、徐々に減産に入っている。

加算退職金の85%を負担したホンダ

早期退職も、差し迫った仕事量の減少に備えるためで、2月から3月にかけて全従業員を対象に、枠を設定せずに募集した。直近に入社した人を除いて退職金に加算金を乗せ、再就職希望者には支援会社を通じて就職先が決まるまで支援するという条件だった。

その結果が、約770人の応募となった。八千代は加算退職金として112億円余りを12年3月期決算の特別損失として計上しているので、まずまず手厚い制度だったといえよう。筆者の関心は、この時、ホンダがどう動いたかだった。八千代の決算書にも示されているのだが、補償金として加算退職金の85%に相当する95億3000万円をホンダが負担している。この負担割合は「第3者機関による合理的な算定」(ホンダ広報部)によって決めたという。

同時にホンダは、結果的に希望者は出なかったものの、八千代社員の同社への出向受け入れも提案していた。ここまで聞くと、「当社の事業方針変更で多大なご迷惑をかけることになった」(ホンダ幹部)ので当然ではあるが、相当の誠意をもって「翻弄」の償いに当たったのだと思える。

八千代は、ここ数年で新興諸国への進出を活発化させており、車両組立事業の落ち込みを補う布石を着々と打っている。残留した人々が、そうしたところで存分に力量を発揮すると同時に、苦渋の選択を経て新しい職場を目指す人々の活躍を願っている。

《池原照雄》

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