トヨタ、最高峰の技術力で国内生産維持にチャレンジ

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■トヨタ自動車九州にてレクサスES、第6世代の第1号車がロールアウト

7月6日、トヨタ自動車の国内主力生産拠点のひとつ、トヨタ自動車九州でレクサス『ES』の最新型、第6世代モデルの第1号車がロールアウトした。

「1989年に誕生したESは今日、レクサス全体の4分の1を占めるレクサスビジネスの基幹車種となった。日本で実力を磨き、その力を世界で発揮する、いわば日本人メジャーリーガーのようなクルマに思える。レクサスカムバックの象徴的モデルとなってくれること期待している」

豊田章男社長は第1号車のラインオフ式典で、こう述べた。ESはSUVのレクサス『RX』と並び、トヨタのレクサスラインナップの中でも特別な存在と言える。レクサスのRWD(後輪駆動)モデルはダイムラー、BMW、アウディというプレミアムブランド“ドイツ御三家”へのチャレンジャー的な性格が強く、デザインや走り味などのキャラクターも欧州車を意識したものとなっている。

それに対してESはFWD(前輪駆動)小型プレミアムセダンの、RXは高級クロスオーバーSUVのパイオニア。クルマのデザインや性格付けはトヨタオリジナルそのもので、他ブランドに影響を与える側に立つトレンドセッターである。

■レクサスESは高級車戦略の大黒柱

実際、工場から出てきた新型ESは、前後方向に伸びやかさを感じさせる流麗な外観、複雑で緻密な造形の内装など、大陸的なラグジュアリーさを突き詰めた魅力的なクルマに仕上がっていた。従来の主戦場であった北米に加え、中国でも年間3万台以上を売る計画であるという。トヨタにとってはまさに、高級車戦略の大黒柱と言うべきモデルなのだ。

新型ESの注目点は、単なる高級車販売の拡大ばかりではない。1ドル70円台後半という円高が続くなか、国内生産をどこまで維持できるかということの試金石でもある。旧型モデルに引き続き、ESには右ハンドルモデルが存在しない。すなわち国内投入の可能性はゼロで、全量が輸出される。

豊田社長は「日本のモノづくりを守るため、石にかじりついても国内生産300万台維持」という方針を打ち出している。背景にあるのはモノづくりのパワーを落とさないため、日本で一定規模以上の製造を行うことが必要不可欠という思想だ。また、今の円高が未来永劫続くとは限らないことを考えると、闇雲に海外移転を行うのにもリスクがある。国内生産を守るためには、国内で作る意味のあるモデルを増やすしかない。すなわち、付加価値の大きな高級車であるESはそのひとつなのだ。

■単なる「高付加価値製品の国内生産」ではない

しかし、単なる高級車というだけでは、日本で作ることが絶対正義にはならない。ESのような北米主体のモデルは、本来ならば高級車であっても北米で作ったほうがコスト面で優位だ。トヨタは新型ESの価格帯を3万6000~4万4000ドルに設定しているが、トヨタ幹部の一人は「激化する販売合戦や景気のことを考えると、V6搭載モデルで3万5000ドルを大きく超える額を払ってもらうのは難しい」と語る。

トヨタ自動車九州は、もともと高級車専用工場として設立されたという経緯もあって、クルマの品質向上への執念は相当なものだった。ラインオフ当日、トヨタはレクサス製造ラインの一部を報道陣に公開した。出来たばかりのクルマを3種類の不整路面をシミュレートしたダイナモにかけ、その後に車輪の向きを0.1度の狂いもなくピッタリと調整する。このほか、品質維持のために1700項目ものチェック・調整を行うという念の入れようは、見ているだけでも圧巻だった。

手間ひまをかけて仕上げたESも、日本円に換算するとせいぜい300万円程度の値段でしか売れないというのは、トヨタにとっては辛い。総合的に考えれば高級車の国内生産は妥当だ。しかし、コストを考えれば国内生産の意義は薄れてしまう。

こうした状況下でも国内生産を維持するには、日本でしか作れないか、海外展開が著しく困難な製品を作り、ユーザーから高い付加価値分のお金を払ってもらうことくらいしか道はない。

トヨタは輸出専用モデルや輸出主体のモデルを海外で生産せず、九州で生産する理由をそこに求めている。九州北部は自動車部品に限らず、古くから高度な独自技術を有する企業が集積している。それらの企業のパワーを活用することで、クルマの付加価値をより高められると考えている。

■高付加価値製品の生産を支える世界最高峰のサプライヤー

ESのラインオフの前日、トヨタのハイブリッドカー用モーターを生産する精密金型製造、精密加工会社、三井ハイテックの生産ラインが報道陣に公開された。トヨタのストロングハイブリッド用モーターはエネルギー密度がきわめて高く、最も強力なレクサス『LS600h』用の駆動モーターは定格出力が165kW(224ps)もある。出力だけで比較すれば、初代の新幹線に使われていたモーターの185kWにも迫る壮絶なパワーだが、寸法はノーマル車の変速機くらいのスペースに楽々収まるほど小さい。

この高エネルギー密度を実現する原動力のひとつとなったのが、三井ハイテックの精密プレス技術であったという。工場では後輪駆動用のものと思われるハイブリッドモーターのコアを見せられたが、茶筒を大きくしたくらいのコンパクトなコアは、厚さ0.35mmの電磁鋼板を500枚重ね合わせ、40tの力をかけてコーキング積層して作られている。

「自動車用の駆動モーターは非常に高い加工精度が要求される世界。金型に許される誤差は2ミクロン以内。そのために工場内は常に気温24度プラスマイナス1度、湿度50%プラスマイナス10%、1立法フィートあたりの粉塵30万個以下という環境を維持しています」

三井ハイテック幹部は工場のスペックをこう語る。これだけなら、同等の生産設備を海外に作れば同等品を製造できそうに思えるのだが、実は非常に難しいのだという。

「金型は使っているうちに消耗してきます。一定量をプレスした後は必ずメンテナンスが必要になるのですが、そのメンテナンスだけは今も自動化できないところなんです。当社には連結で3000人以上の従業員がいますが、金型のメンテナンスができる、マイスター級の技術者は数えるほどしかいません。人材の養成には最低でも10年はかかります」(三井ハイテック幹部)

三井ハイテックの社員は入社後まるまる1年間、金属加工の研修を受ける。作業はヤスリやフライス盤などの加工具を用いて、金属の無垢材からブロックを手作業で削り出すといった地道なものだ。

「ヤスリがけで作ろうとしても、なかなか直角が出ません。削るたびに寸法のバランスが狂うのです。素材と悪戦苦闘するなかで、1ミクロンを削るとはどのようなものなのかを体得していきます」(三井ハイテック幹部)

マイスターはそのように鍛えられた技術者の、さらに頂点に立つ存在なのだという。個人の資質と修行への忍耐力の両方が求められるため、養成はきわめて難しい。今日では精密金型を作るだけなら、高性能な工作機械が多くの作業を担うようになった。しかし、メンテナンスや金型を加工機に設置した時の目に見えない微妙なバランス取りなど、高品質を実現するためのバックボーンとなる作業は、マイスターの手に委ねられている。

■最高レベルのサプライヤーが集積する土地

「トヨタのハイブリッドモーターコアは一部を除き、製造を三井ハイテックさん1社にお願いしています。こうした力のある企業が集積している日本は、最高のモノづくりを目指すうえで、いまだ魅力的な土地なのです」(トヨタ関係者)

新型ESには、1989年から続く同モデルの歴史のなかで、初のハイブリッドシステム搭載車が設定された。トヨタはレクサスブランドにおいても、ハイブリッドを看板技術としていくという方針を打ち立てている。車体の大きさのわりに室内が狭かったレクサス『HS』は人気を博することができなかったが、コンパクトハイブリッドのレクサス『CT』は日米で着実に販売を伸ばしている。日本の技術力を投入したESハイブリッドがレクサスのブランドイメージを向上させ、付加価値を拡大させる原動力となることへのトヨタの期待は大きい。

「アメリカでは燃料価格が高騰するにつれてハイブリッドカーの売れ行きも上がってきています。欧州などではまだハイブリッドカーはマイナーな存在ですが、それはユーザーがまだハイブリッドカーの真の力を知らないから。必ず世界的に売れるようになります」(レクサスインターナショナルマネージャー、ダンヌ・デュクロ氏)

為替の影響を直接的に受けにくい国内向けモデルという意味合いや、国内生産維持という意味合いで生産されるハイテク高級車。この作戦は未来永劫通用するものではない。現在はとてつもなく高い技術力を要する製品が、何らかの技術革新によって簡単に製造可能になるというのはよくあることだ。今の技術資産を有効活用しながら、次の一手となる新技術を模索していかなければならない。トヨタは国内生産継続の必然性を確立すべく、世界に類を見ない技術力を持ったサプライヤーとの協力を進める。

国内生産300万台を絶対防衛ラインに掲げるトヨタの前途は決して平坦なものではないが、そのハンディを跳ね返して日本のモノづくりを維持できるかどうか。トヨタの挑戦の今後に注目したい。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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