「両方とも、らくらくホンだとは思わないだろうか」(NTTドコモ 執行役員 プロダクト&サービス本部 プロダクト部長の永田清人氏)
3月17日、NTTドコモと富士通が、東芝が開発し、ソフトバンクモバイルが販売している“かんたん携帯”「821T」の製造・販売等の差し止めを求める仮処分命令の申し立てを東京地方裁判所に行ったと発表した。
記者会見に臨んだドコモの永田氏は、同社のらくらくホンとソフトバンクモバイルの「821T」の比較写真を指さし、両者が酷似していることを強調した。
「(らくらくホンの特徴である)3つのショートカットキーや十字型のカーソルキーなどが酷似している。それ以外にも複数個所に酷似した部分があり、お客様が見たら、両方ともらくらくホンだとは思わないだろうか」(永田氏)
むろん、「折りたたみ式の携帯電話」で、シルバー層向けの「シンプルな操作体系の端末」となれば、使用されるデバイス形状や操作体系が似通ってくるのは致し方ない部分がある。しかし、ドコモ側は「問題は個々の部分ではなく、それらの“組み合わせ”が酷似しているということ。(デザインやUIが)“どういう印象をお客さんに与えているか”だと思っている」(永田氏)と話す。
ドコモのらくらくホンはシルバー向け携帯電話の代名詞ともいえるシリーズであり、地味ながら累計1200万台を出荷した人気商品だ。らくらくホンの主力製造メーカーである富士通にとっては、国内市場の大黒柱ともいえる存在であり、類似商品の登場は看過できないといったところだろう。
実際にドコモの「らくらくホン」と「821T」を見比べると、両者は確かに似ている。特にらくらくホンの先代モデル「らくらくホン III」との相似は著しく、パッと見ると821Tが、らくらくホンIIIの兄弟機か後継モデルに見えるほどだ。
それもそのはずで、821Tの開発にあたってはソフトバンクモバイル側が「ドコモのらくらくホンを参考にした」と公言しており、その開発チームには、富士通から転職したらくらくホンの元開発者も携わっている。らくらくホンをモチーフにし、そこに新たなアイディアや機能を搭載したのが821Tなので、似ているのは当然である。ドコモ・富士通側が問題だとするのは、「UIの組み合わせが千差万別ある中で、本当に(らくらくホンに酷似した)あの組み合わせしか解答がなかったのか」(永田氏)という部分だ。
UIに関しては、一般に広く認められた「普遍化したUI」を踏襲した方が多くのユーザーに受け入れられやすい。これはクルマにおいて、基本的なUIの位置関係や操作体系が慣習的に普遍化してきていることを考えれば、わかりやすいだろう。特にシルバー層は、過去の利用経験や周囲のユーザーと同じUIを好む傾向があり、ドコモのらくらくホンでは「せっかく使い方を覚えた人が、買い替えるときに一から覚えるのは大変なので、メニューを変えずにきたという歴史もある」(富士通常務理事モバイルフォン事業本部副本部長の大谷信雄氏)。
ソフトバンクモバイルからすれば、シルバー層に広まった「らくらくホンのUI」の基本部分を踏襲することは、この市場を開拓する上で合理的な戦略だ。一方で、ドコモ・富士通側は「らくらくホンのUI」は両社の共有財産であり、そこから受けるイメージも含めて不可侵なものだと主張している。
「らくらくホンのUIは競争領域にあるもの。普遍的な(UIにあたる)ものではない」(永田氏)
◆UIの「イメージの酷似」が法的根拠として認められるか
このようにドコモ・富士通側は、らくらくホンのUIやイメージに「酷似していること」が不正競争にあたると強調している。しかし、その法的根拠となると、両社の主張が盤石というわけでもない。
まず、今回の仮処分命令の申し立てに関して、ドコモおよび富士通は「特許権や意匠権など登録された権利に基づく請求ではない」(ドコモ法務部)としている。ドコモ・富士通側はらくらくホンのUIは“普遍的なものではない”としているが、それを権利として保護する姿勢を取ってこなかった。記者会見では、「(特許権や意匠権を)なぜ、登録していなかったのか」という記者の質問に関してドコモ側が返答に窮する場面もあった。
例えば独創的なUIで昨年注目されたアップル「iPhone」では、タッチパネルなどハードウェアやソフトウェアに複数の特許が登録されており、同製品の売りものであるUIの“新規性”や“ノウハウ”を明示的に保護している。しかし、らくらくホンはそのような対策を講じておらず、記者会見でも「どの程度のUIの酷似性が問題なのか」について、その詳細は最後まで語られなかった。
さらにドコモと富士通は「今回の不正競争防止法でやっているのは、与えるイメージの話」(永田氏)だとしている。しかし、その一方で、「お客様から(両機を混同したという)問い合わせやクレーム、店頭での混乱などが確認されたわけではない」(永田氏)という。与えるイメージが問題とはするが、その部分について客観性のあるデータや問題も明かされていない。
総じて言えば、ドコモ・富士通の仮処分命令の申し立ては、そのタイミングも含めて詰めのあまさがある。UIのように、これまで普遍化と模倣の中で進化してきたものに対して、法的問題とするには、明示的かつ公明性のある論拠に乏しいのだ。
◆“UIが似ている”だけで販売差し止めできるのか
筆者はソフトバンクモバイルと東芝が全面的に正しいとも思ってはいないが、両社が「らくらくホンに似せて作る」戦略を隠していないのも事実だ。ドコモ・富士通側が特許権や意匠権で「真似してはいけないというファウルライン」を明示せず、携帯電話業界全体で“模倣と発展”が数多く行われてきたことを鑑みれば、ソフトバンクモバイル・東芝がモチーフをどれだけ引用するかは、あくまで「程度の問題」だ。また、821Tには、らくらくホンを研究し尽くして、より使いやすくなるように改善を施した個所も多々あり、それを「単なるパクリ」と切り捨てるのも適切ではないだろう。
いずれにせよ、この問題は今後司法の場に委ねられる。携帯電話のUIや総合的な商品イメージが争点になった裁判は過去に例がない。その結果によっては、携帯電話はもちろん、様々な製品の「UIの独自性」をどこまでを権利として認めるかの重要な判例になるだろう。今後の動向に注目していきたい。