北米事業への影響は軽微?
トヨタ自動車初の外国人取締役としてこの6月に専務に就任したばかりのジム・プレス北米トヨタ社長(60)が14日に退任、米クライスラーの副会長兼社長に転じることになった。
トヨタ本体の取締役がいきなりライバル社に転じるのは初めてであり、米産業界では日常茶飯事であるスカウト人事の洗礼を受けた格好だ。ただ、組織力で動くのがトヨタであり、北米での事業展開に多大な影響が出るとは思えない。
プレス氏は大学卒業後、短期間フォードモーターに勤務し、23歳だった1970年に米国トヨタ自動車販売に入社した。以来、一貫して販売部門の強化に尽力、89年に立ち上げたレクサス販売網も軌道に乗せた。
渡辺捷昭社長はプレス氏の退任に当たって「長年にわたり、トヨタの米国におけるプレゼンスを高めることに大いに貢献してくれた」と、最大級の賛辞を送っている。2003年には常務役員に、これも外国人として初めて就任。05年には米国トヨタ自販の社長に起用された。
◆ナルデリCEOが白羽の矢
さらに06年5月からは、トヨタの北米事業の持ち株会社であり、渉外や広報を取り仕きる北米トヨタ社長に転じていた。今年6月には本体のボード入りを果たし、トヨタの北米の顔として活躍するはずだった。
ところが、ダイムラークライスラーから分離され、再出発を図ることになったクライスラーCEOに8月に就任したロバート・ナルデリ氏が、販売部門の再建役としてプレス氏に白羽の矢を立てた。相当な報酬が用意されたのは想像に難くないが、プレス氏には販売第1線への復帰も魅力と映ったのだろう。
ちなみに、経営陣の報酬が日本企業としては世間並みのトヨタだが、プレス氏は「渡辺社長とほぼ同等の処遇」(トヨタ幹部)だったという。外国人については人材の流出抑止や優秀な人を採用するため、特別の処遇を行うケースがあり、当然、プレス氏もその対象だった。
◆50年前は雲の上の存在だったが…
今後、クライスラー販売網の強化にプレス氏が力量を発揮することになろうが、販売を後方支援するのは開発力や品質・コスト競争力。トヨタ時代に比べ、明らかにハンディを背負ってのスタートとなる。一方で、プレス氏のノウハウは米国トヨタ自販に継承されており、にわかにトヨタの北米事業展開を揺るがすことはなかろう。
トヨタが『クラウン』によって1957年に米国販売を開始して以来、今年は50周年。半世紀前には雲の上の存在だったビッグ3の経営首脳に、米国人とはいえ生粋のトヨタマンが起用されることになった。この「スカウト事件」は、間もなく世界のフロントランナーになるトヨタの勢いを象徴するとともに、トップ企業には避け難い宿命があることも示している。